キミのヒカリ (3/3)
アパート全室を対象に、鍵やチェーン、ドアスコープの交換・補強、セキュリティシステムの導入、監視カメラを設置すること。提案直後、大家の承諾を得た。
初期費用負担ゼロで物件の付加価値が上がると話せば、検討の余地はあるだろうと豪は踏んでいた。
後々維持費用が発生することも含め、説明や契約の詳細は他者に任せて現場へ向かう。
夢子がホテルへ移動してから二日も経たないうち、犯人と思しき男の自宅が判明する。
ある夜、彼は夢子の部屋を訪れ、インターホンを何度も鳴らし、ドアノブに〈何か〉下げて、コンビニに立ち寄り帰路についた。その後姿を尾行した。
アパートから1kmと離れていない、ごく一般的な建売住宅に入っていく。実家だろうか。外から見る限り、電気は点いていない。
電柱の住居表示、表札の苗字、建物の外観を写真に収める。幸い、尾行には気付いていないようだった。
男が玄関から入って数分もしないうち、二階の角部屋に灯りが点いた。男の部屋と思っていいだろう。
今のオレには情報が必要だ。正確で、新鮮な情報が。どんな道にもプロフェッショナルは存在する。アンダーグラウンドな世界なら、尚更。
黄昏時、飲み屋がずらりと並ぶ繁華街。裏通りに豪のNSXが停まっている。周辺が賑わうにはまだ早い時間帯ということもあり、人通りは多くない。
約束の時間。助手席の窓が軽く二度叩かれ、直後にドアが開けられる。閉め切っていた車内に外気が流れ込み、生花を思わせる香りが漂う。
鮮やかな紫色、ワンショルダーのロングドレスを翻した〈彼女〉が助手席に腰を落とすと同時。豪が「マエは」と問うた。
「ぜーんぜん。家族含めて超キレーなのよ。交通違反も税金滞納もナシ、優良市民ね」
分厚い〈報告書〉を運転席へ手渡し、眉をしかめて腕を組む。
「職歴ゼロ。専門学校辞めてから5年は自宅にこもってる。外出は週数回、決まって深夜。徒歩圏内のコンビニ数軒をローテ。買物っていうより立ち読み目的ね。食品なんかの買物は家族に頼むこともあるけど、ゲームとか漫画はほとんどネット通販。しかも父親名義のカードでお支払い。まったく羨ましいご身分ですこと」
男は深夜の外出ついでに、家族に支払わせた〈プレゼント〉を持って夢子のアパートを訪れていたということか。
経歴、住民票、登記簿、カード使用明細、購入履歴、行動パターン、写真等々。短期間でよくここまで揃えたものだと感嘆し、思わず溜息が零れた。
鬼のような形相で書類を読み進める豪の横顔を見遣り、彼女が問う。
「ていうか、アタシに連絡くれるなんてびっくりしちゃった。コネ使うのイヤがってたじゃない。どーしたの」
「なりふり構っていられないんだ。使えるモノは何でも使うさ」
「なぁに、それアタシも入ってんの?」
「おまえをモノ扱いしたつもりはない」
「頼ってくれてるんでしょ、嬉しいわよ。……それにしても、ストーカーなんて女の敵よ、敵。死なない程度にボコってやりたいわ」
鼻息荒く右拳を左手へ打ち付ける彼女へ「手は出すなと言っただろ」と念を押す。
「ハイハイ、わかってるって。大事な〈夢子ちゃん〉を守るのが一番の目的だもんね豪は。で、夢子ちゃん今どーしてんの。豪の家?」
「いや、ホテル取った。うちは両親と……アニキがいるからな」
「ふーん?豪んち、部屋なんてアホほど余ってんのに。気ぃつかってんのかしら」
違う。オレは理由を知っている。夢子は言わなかったけれど。知りたくないけど、解ってしまう。
軽い溜息と共に彼女が「そろそろ戻るわ」と呟いた。ダッシュボードに置いていた封筒を助手席へ差し出すが、彼女ははっきりと拒絶の意思を持ち「受け取れない」と掌で押し返す。
「報酬はパパさんから充分すぎるくらい貰ってんだから。どーしてもって言うなら、今度夢子ちゃんや凛連れて飲みにいらっしゃいな」
「ああ、いや、あいつは――」
「お酒ダメなら、ノンアルカクテル作ってあげる。それとも、こーんなナイスバディのおねーさんに会うなんて夢子ちゃんには刺激が強すぎるかしら♪」
「……おねえさん……」
「失礼ね、今はカラダも女なんだってば」
明るく笑った彼女は豪の左肩をポンと叩き、助手席のドアを開ける。
「それじゃ、またね。しっかりやんなよ、王子様」
ひらり、優雅に手を振る彼女へ「おう。サンキュ」と応えた。裏口から店内へ戻る後姿を見送り、豪は再び書類へ目を落とす。
〈王子様〉なんてガラじゃないだろう――思い出したように苦笑が漏れ、自分が久しぶりに〈笑った〉ことに気付く。
いつものパターンなら、男は明日の夜外出する筈だ。明日、全てを終わらせる。
想定していた時刻から数分後、男が自宅を出た。今日は手ぶらで、ヘッドホンやイヤホンを使っていないようだ。こちらにとっては好都合といえる。
コンビニ近くのコインパーキングに差し掛かった辺りで、豪が男のフルネームを呼び――振り返った彼を「話があるんだ。すぐ済む」と手招いた。彼は怪訝そうに豪を見つめるが、大人しく従いついて来た。
『満車』の表示が点灯するコインパーキングで、豪と男は真正面から向き合った。
顔色を青白く感じる程、日焼けとは無縁のようだ。まるで高校生のような幼い顔つきは、報告書の実年齢よりだいぶ若く感じられる。
「田中夢子を知ってるよな。深夜、あいつのアパートに行ってるだろう」
監視カメラの映像を引き伸ばした〈写真〉を、男の眼前へ突き付けた。インターホンを押す彼の顔がはっきり写っている。言い逃れは出来ない。
「これ、あんただろ」
「……彼女は……僕が、落とした鍵を……拾ってくれたんだ……」
些細な厚意。それ以上でもそれ以下でもなく、ただそれだけ。夢子は拾ったことすら覚えていないかも知れない。彼女にとっては〈あたりまえ〉のことだから。
男は俯き、両手指を絡ませながらぼそぼそと喋り始める。
「僕に、笑いかけてくれる女の人なんて……初めてだったから……。すごく、嬉しくて……」
ただ不器用なだけだ。やり方を間違っただけだ。彼はきっと、人との関わり方を知らないだけなんだ。
「あんたの行動で、あいつを怖がらせたってことはわかるか」
「そ、そんな!僕、そんなつもりじゃ……。ただ……彼女に、僕の気持ちを伝えたかっただけで……」
「ドアノブに掛けていたのは」
「僕からのプレゼント。彼女、喜んでくれたかな。女の子が好きなアクセサリーのブランド、ネットで調べたんだ。彼女に似合いそうなものを選んだつもり。恥ずかしがり屋さんなのかな。何回か訪ねてみたんだけど、出てきてくれないんだ。電気ついてメーター回ってて、部屋にいるのはわかってるのに。照れてるんだ、きっと」
顔を上げた彼は嬉しそうに笑みを浮かべて〈好きな人〉の話をする――どこにでも居るような、いたって普通の青年に見えた。
豪の神経はささくれ立っている。差出人不明の贈り物を喜ぶ人間が、この世に何人居るだろう。夢子は指輪も、ピアスも、ネックレスも、ブレスレットも。およそアクセサリーの類は一切つけない。
もし、違った出会い方をしていたら。二人は真っ当な恋に落ちたのだろうか。
「あんたに危害を加えるつもりはない。ただ、これ以上同じ事を続けるなら。オレはどんな手段を使ってでもあんたを止めるぜ」
笑顔を浮かべていた男の表情が張り詰めた。畳み掛けるように豪が繰り返す。
「どんな手段を使っても、だ。あんただって、家族や警察に迷惑かけたくないだろ」
豪の口から『家族』という単語が出た途端。彼は膝から地面に崩れ落ち、やがて声を絞り出すように疑念を口にした。
「……一体……彼女とどういう関係なんだ……。何の権利があって、こんな……」
「恋人だ」
けして叶うことのない願望を口にした。夢子の想い人は他に……オレの身近に居るからだ。
嘘を真に受け、逆上されるかも知れない。相手が凶器を所持している可能性もある。自爆に近い捨て身の行動力は、常識の枠を軽く飛び越えてしまう。
――――構うもんか。オレは今、こんな場所で死ぬつもりなんか毛頭ないんだ。
上体を屈め、男の耳元へ囁いた。彼の首筋にはじっとりと汗が滲んでいる。
「なあ、忘れないでくれよ。オレがいつでも、あんたを見てるってこと。今度会う時は容赦しないぜ」
青ざめた男は呆けたように口を開け、豪を見上げたまま幾度か頷く。彼の心は折れたのだと感じられた。追ってくることも、襲ってくることもないだろう。
停めてある車には全部、オレの悪友が乗っていて。いざという時には加勢しようと待機しているなんてこと。彼は知らなくていいんだ。
愛車を停めているパーキングへ到着したところで、携帯へ報告が入る。
『豪さん。マル被、帰宅しました』
「了解。そっちも撤収してくれ。お疲れさん」
『お疲れした。なんつーか、自警団みたいでかっこよかったっす』
「……そんなに善良なものじゃないけどな」
『見張りはこれからも続けますけど、また何かあったら呼んでください。おれら豪さんのためならマジなんでもしますから、エンリョなく使ってくださいね』
「ありがとう。助かるよ」
空世辞などではなく、彼等はきっと〈なんでも〉する。どれだけ危険で非合法な〈頼み〉だとしても。
とりあえず、近いうちにあいつらを飲みにでも連れてってやるか。夢子の部屋に設置した機材類は午前中に片付けるとして……。気付けばすっかり深い時間だ。夢子はもう寝ているだろうから、メールだけ入れておこう。
今夜の経緯をざっと説明するメールを送信し終えると、間も無く着信が――夢子からだ。
「……もしもし」
『豪くん、あの…………大丈夫?』
内緒話をするような囁きの心地良さに、豪がふと目を細めた。
「ああ。オレはなんともない」
『そっか……よかった……。ありがとう、豪くん』
その一言がただ嬉しかった。だけど悟られるのが嫌で、わざと素っ気無く言葉を紡ぐ。
「明日――いや、今日には戻れるぞ」
『ほんと?実は、落ち着かなくて……』
「そこ、気に入らなかったか」
『ちがくて……きれいだし広いし、すごくいいところだと思うんだけど……。広すぎて、私一人だけでいていいようなところじゃないというか……』
「かえって気を遣わせちまって悪かったな。講義が終わったら連絡してくれ。迎えに行く。バイトはなかったよな?」
『うん、休み。……あの、ほんとに、ありがとね。豪くんが友達でよかった』
「なんだよ、それ。……照れるだろ」
くすくす笑う夢子の吐息が耳孔をくすぐり、つられて唇に笑みが浮かぶ。
これでいいんだ。夢子の傍に居られるなら――顔見知りでも、知り合いでも、友達でも――なんだって。つまらない意地を張っているのはオレの方、なのかも知れない。
「……それじゃ、明日な」
『また明日ね、おやすみなさい。気をつけて帰ってね』
「ああ、サンキュ。おやすみ、夢子」
通話を終え、豪はゆっくり息を吐いた。どうか今夜は良い夢を。願わくばそこで、オレと会えたなら。
友達として接しているオレがこんなことを考えているなんて、きっと夢子は知らないのだろう。……今はまだ、それでいいんだ。
暗い空を見上げても、夜明けまではまだ遠い。それでも、夢子が放つ〈光〉のように温かく柔らかな優しさは、今もこれからも、この胸に在る。
[キミのヒカリ] END.
←キミのヒカリ (2/3) *
お題:意地っ張り
2013/08/06 up.
続編.五月の詩 # ※オリキャラ有(友人 他).p2
神奈川|夢|0:top