MAGENTA STORY (2/2)
「夢子が言ってたとこ出たね!」
「ホント助かったー!あそこしか勉強しなかったもん」
試験は思ったよりも手応えを感じた。ヤマを賭けた箇所が丸々出題されていて、試験時間中に小さくガッツポーズをした程嬉しかった。
「このあとどっか寄ってく?」
「あ、あたし明日も試験あるから」
「うん、ありがとー。明日頑張ってね夢子」
友達数人と別れ、夢子は図書館へ足を運ぶ。暫く各階を物色して、レポートの資料と息抜き用の小説を数冊借りる。
ふと気付くと閉館時間間際。夢子が図書館を出るのと同時に、最終スクールバスが発車するのが見えた。
「……うわ、歩いて帰んなきゃ」
少々気落ちしながらも、哲学の重たいテキストをロッカーに置いていこうと部室へ向かう。
(慎吾、は……もう帰ったよね)
部室の窓を見上げた。明かりが点いている。試験期間だし、誰かが残って勉強しているのだろう。
2号館の階段を3階まで上る。足取りは軽い。ドアを開けると軋んだ高い音が鳴った。
「よぅ夢子。遅かったな」
「……慎吾……」
「何だよ。オレがいたらまずいのかよ」
「別に……」
俯いてドアを閉めた。エアコンで暖まった空気がゆるりと循環する。
「ん」
慎吾が右手を差し出した。掌を上に向けて、左手はパーカーのポケットに突っ込んだまま。
「何?」
「ナニじゃねェだろ。チョコだよ。寄越せ」
「……作ってきたけど、今持ってない」
「あ?約束したろ」
今朝、後輩に会ったので彼に渡したことを伝えると、明らかに苛立った表情の慎吾が「意味わかンねぇ」と夢子を睨んだ。
こいつ、彼女いるのにあたしからチョコたかろうとしてる――夢子も負けじと睨み返す。
「彼女いるんだから、あたしのチョコなんかいらないでしょ」
「あ?誰の彼女だよ」
「チア部の一年に告られてたじゃん」
それは夢子の精一杯の切り札だった。慎吾は呆気に取られたようにぽかんと口を開けている。
「お前……何で知ってンだよ」
夢子はロッカーにテキストを放り込むと乱暴にドアを閉めた。スチールが甲高い悲鳴を上げる。
「前、慎吾が可愛いって言ってたコだよね。良かったね向こうから告ってきてくれて」
慎吾に視線を向けられないまま早口でまくし立てる。
「じゃ、お疲れ。彼女と仲良くね」
明るくそう言い残して部室を出ようとした。これ以上ここにいたら、あたしはきっと泣いてしまうから。
「――待てよ」
すれ違う瞬間、慎吾に左腕を掴まれた。思いのほか力は強く、振り解くことができない。か細い声で抵抗するのが精一杯だった。
「はなして」
「お前勘違いしてんぞ」
「うるさい、も、はなしてよ……っ」
「夢子」
強い口調で名前を呼ばれ、びくりと体が震える。
「オレの話、聞けよ」
恐る恐る顔を上げると、慎吾が真剣な面持ちで夢子を見つめていた。
「座れ」
有無を言わせない、でもどこか優しい口調で慎吾が促す。夢子はそれに大人しく従って腰を下ろした。スチール製の机の端に慎吾が腰掛ける。
「お前が言ってるチア部の一年に……今日の昼、告られた」
言葉を選ぶように慎吾が話し始める。
「付き合ってくれ、って言われた」
「OKしたんでしょ?」
「……いや、断った」
「嘘……。どうして?」
「オレ、他に好きな奴いるから」
「……へぇ……」
「お前だよ、夢子」
「……へぇ…………え?」
今度は夢子が呆気に取られる番だった。ぽかんと慎吾を見つめると、頬が少し――赤い、ような気がする。
「え……や……嘘でしょ?」
「こんなことで嘘なんかつかねェよ」
「だって……え……?」
ぐるぐると混乱した様子の夢子を眺め慎吾は苦笑した。
「だからこの間、お前からのチョコが欲しいって言ったろ」
「な、だって作ってきたけど……慎吾彼女できたんだから、そしたらこれいらないじゃんて思って、ちょうど、朝……あいつ甘いモン好きだって言うから、捨てるよりだったら食べてもらおうって、」
言い訳を必死で並べ立てていた夢子の唇を慎吾が塞いだ。目を瞑る暇も与えられない、ほんの一瞬触れるだけののキス。
「うるせェ。また今度作ってこい」
「――な……っ何すんのよ!」
「旨そうだったから」
「ちょっともー信じらんない!」
「つーかお前チョコ持ってねェのかよ」
「……あ、M&M'sならあるよ」
ごそごそと鞄の中から小袋を取り出した。
「しょーがないからコレあげる」
「……しょっぼいな……」
慎吾は渋々受け取ると封を開け、カラフルな数粒を掌に転がした。口に放り込んでもしゃもしゃと咀嚼する。
「おいしい?」
「……硬い……。甘い……」
「そ。良かったね」
「ちっとも良くねェよ」
夢子の頬に手を伸ばし、先程よりもゆっくりと口付ける。今度は唇の感触も、温度も、微かな震えも伝わった。
歯列を割ってするりと侵入してきた慎吾の舌は、やけに甘かった。
「……甘っ」
「チョコ食ってんだから当たり前だろ」
「うわー喉渇く」
ベロ、と舌を出して夢子が眉を顰める。桜色の頬が可愛い。慎吾の視線に気付いたのか、掌を頬に当ててむくれてみせた。
「帰るっ」
「ちょっ……待てって。もうバスないんだろ?送ってく」
「ホント?やったぁ慎吾大好きー」
「……全く心がこもってないお礼の言葉ありがとよ」
EG6の鍵を手にして部室のドアを閉める。
「エアコン消した?パソコン電源切った?」
「うるせェな。大丈夫だよ多分」
「もー。最後に出る人が責任持って戸締りしないといけないんだからね」
夢子は一足先に、パタパタと階段を下りていく。
外は既に真っ暗。試験期間の為か、学生用駐車場にも殆ど車がない。真面目な学生達は早々に帰宅したのだろう。
「寒〜!」
「コート着てンだから寒くねェだろ!」
マフラーをぐるぐると口元まで巻いているのに震えている夢子を眺めて苦笑する。
「エアコンつけてやっから黙ってろ」
助手席でぷるぷると縮こまっているその姿も、ひどく愛しい。
「……あ、あったかくなってきた」
やっと微笑った夢子はマフラーを緩め、体を運転席の方に少し傾けて呟く。
「ねー慎吾」
「あ?」
「好きだよ」
くわえようとしていた煙草がポロリと落下する。
「…………は?」
「だから、好き。あたし、慎吾が好きだよ」
「…………」
「あれ?慎吾顔赤い?」
「るっせェな!暑ィんだよ!エアコン消すぞ!」
「やだぁ!消さないでよ!」
EG6は大きなスキール音を響かせて大学の駐車場を発進した。煙草はシートの下に転がったまま。
"愛"とかそんな大袈裟なモンじゃねぇ。少しだけ、オレの方が夢子を好きなだけだ。
「次はキスじゃ済まねェからな」
「えー何?聞こえないー」
「喋ると舌噛むぞ」
夢子はマフラーで口元をすっぽり覆ってそっぽを向いた。
本当はしっかり聞こえていたのだけど――それを少しだけ期待する自分を悟られるのが死ぬ程恥ずかしくて、聞こえないフリ。
慎吾に触れられた唇が、今頃になってじわりと熱を帯びた。
[MAGENTA STORY] END.
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2005/01/26 up.
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