MAGENTA STORY-0314-
「お疲れ様でしたぁ。お先しまーす」

田中さん上がり?お疲れー」

試験が終われば稼ぎ時。長期休暇=バイト漬け、という大学生の常識に漏れず、夢子も毎日バイトに励んでいた。

「……へ?」

[不在着信:28件]――サイレントモードにしていた携帯。

店外でサブディスプレイを目にした夢子の頭に大きな"?"が浮かぶ。着信履歴を表示すると、それは全て慎吾から。

何かあったのかと慌ててリダイヤル――呼び出し音が鳴るか鳴らないかの間に繋がった。

『もしもしッ!』

「……もしもし、慎吾?」

『おう夢子。バイト終わったか?』

「うん、さっき終わったとこ」

『じゃあ今から行くから待ってろ』

「待ってろって……慎吾どこにいるの?」

『峠』

「……峠……?あ、妙義山だ」

『ああ。店、市役所の近くだろ』

「えっと……自車校と市役所の間くらいかな」

『わかった、18号だよな。すぐ行く』

通話は唐突に切られた。微かに車の音が聞こえていたが、慎吾はかなり大きな声を出していたように思う。夢子は苦笑して携帯を閉じた。


慎吾と付き合い始めて、今日でちょうど一ヶ月。

バレンタインに――甘いとは言い難い――告白をされて。晴れて"恋人同士"になったものの、実際の関係は今までとそう変わらない。

変わったことといえば、2人で居ると気恥ずかしいようなくすぐったさを感じること。


夢子は鞄から、先程しまったばかりの携帯を取り出した。パチンと小気味良い音がして光が漏れる。

待受画面は「ンな恥ずかしいことできッかよ!」と嫌がる慎吾と無理矢理撮った写真。

眉を顰めてむくれた慎吾はそれでも真っ直ぐにこちらを向いている。緩む口元をマフラーで覆い、こっそりと微笑った。



「よぅ。待ったか?」

「んーん、全然。早かったね」

ハザードを点けた赤いEG6が目の前に停車する。

助手席に乗り込もうとすると、運転席から降りた慎吾がドアを開けてくれて。予想外の行動に夢子は目を丸くした。

「……何だよ」

「いつもこんなことしないのに。どしたの?」

「別に。乗んねーならイイぜ」

「ちょ、閉めないでよ。乗るって」

夢子は笑いながら慎吾のパーカーの裾を引く。慎吾もつられて苦笑し、再びドアを開けた。

「じゃあ乗れ」

「うん」

夢子の家まで、15分のドライブ。お互い実家に住んでいるため、ふたりきりになれるのはこの車内だけ。

バイトをしている時は長く感じる時間も、2人で居るとあっという間に過ぎていく。

「着いちゃった……」

閑静な住宅街。EG6のエンジンを止めると途端に車内はシンと静まった。

「それじゃ、またね。送ってくれてありがと」

名残惜しげに夢子がシートベルトを外す。

夢子

助手席のドアを開けようとしていた夢子の膝に、重みのある紙袋が無造作に置かれた。

「やるよ」

「え?何?」

「今日アレだろ。ホワイトデー」

「……あ、そっか。慎吾からプレゼントなんかもらえないと思ってた」

「どーいう意味だよ」

「釣った魚にエサはやらない、みたいな――」

袋の中の箱を開けた夢子の言葉が止まる。

「ちょ、これ……すごい高いやつじゃん」

「お前それ欲しいって言ってたろ」

「言ったけど……」



今年の初め。講義が始まる前、友達とめくっていた雑誌。

「この辺夢子に似合いそーじゃない?」

「うわ、高っ。でも一生モノの時計欲しいなぁ。これとか」

「うんうん、いいね。可愛い〜」

夢子が指差したのは赤い文字盤の時計。シビックのボディカラーと同じ、目を見張る赤色。



「こんな高いもの受け取れないよ。バレンタイン、ちゃんとプレゼントしてないのに……」

「オレがやるっつってンだから受け取れ」

「……だって……」

「毎日つけろよ」

「……うん。ありがと。一生大切にする」

「オレも」

運転席から身を乗り出してきた慎吾が、そっと夢子の左頬を撫でた。冷たい掌と、指先の感触。

夢子のこと……一生大切にするからな」

慎吾が囁いて、唇に触れるだけの小さなキスをひとつ。目を閉じて、その感触に身をまかせていたら。

「だからそろそろヤラせろよ」

「…………は?」

「マジで限界なんだけど」

「――そんなの知らないよっ」

雰囲気ぶち壊し。慎吾の尖った顎を押し退けて助手席のドアを開けた途端、頬が熱を帯びる。

冷えたアスファルトに降りた夢子は、コートを抱えて振り返った。


「慎吾」

「あ?」

「今週の土日――バイト、休みもらったから」

「あぁ。そっか」

「どっか出かけたり、してもいいよ」

「……夢子……それ、誘ってンのか?」

「べっ――別にそーいうわけじゃないけど!嫌ならシフト変えるし!」

「おい、誰が嫌っつったよ。大歓迎だぜ?」

顔を赤くした夢子を見遣り、慎吾は心底嬉しそうに笑った。……意地悪。

「……じゃあねっ」

「ああ。覚悟しとけよ」

夢子の背中にエンジンの咆哮が響き、振り返るとEG6の赤色は既に見えなくなっていた。

「……慎吾のバカ。あたしがどんだけ勇気出したと思ってんのよ……」

唇を噛んで左手の紙袋を見つめると肩の力は抜け、かわりに苦笑が零れる。



「覚悟なんかとっくに決めてるんだから……」



そして信号待ちのEG6車内では――

「……泣かすかもしんねェ……。どーすっかな……」

慎吾がステアリングを人差し指で叩きながら、真剣な面持ちで呟いていた。





[MAGENTA STORY-0314-] END.

2005/03/10 up.


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