儚く優しく冷えた月 (p.1/4)
夢子、毅ともうヤったか?」
「?何を?」
土曜の夕方。夢子は従兄の慎吾とファミレスに居た。


午前中。弓道場に顔を出して何本か射ち、後輩の指導に当たる。
3年生は引退という形になっているが、夢子は道場の凛とした空気が好きでよく顔を出している。
元・副主将として自分に出来ることはこのくらいだから。


夢子先輩!初めての彼氏の話聞かせてくださいよぉ』
群がってくる後輩達から逃げるように道場を後にすると、クラクションを鳴らされた。
他に通行人など見当たらず、振り返るとEG6から慎吾が顔を出していて。
彼は大体、何の前触れもなくやって来る。

「慎兄……」
とことこと駆け寄ると、慎吾は短く「乗れよ」と言った。連れて来られたのが、このファミレス。


そして冒頭の言葉の意味が解らず、夢子はフォークを持ったまま問い直した。
「毅と私が、何をしたって?」
「おいおい夢子……察しろよ。真っ昼間だぞ?」
「?」
それでも尚、頭の上に大きな?を浮かべた夢子を見つめ慎吾は苦笑した。

ちょっと顔寄越せ、とテーブルの上で顔を近付けて小声で言う。




「もうセックスしたのか?」




夢子はものすごい勢いで体を引き、椅子の背もたれにしこたま背中をぶつけ悶絶した。俯く頬は見事な桜色だ。

「なンだ。まだヤってねーのかよ」
つまんねーの、と漏らした慎吾がコーヒーを啜る。

「もう一ヶ月だろ?とっくにヤってると思ったぜ。……つーか夢子、何すンのか知ってっか?」
「……保体の授業で、……習ったけど……」
「へー。ゴム配られたか?」
「……うん」
「マジかよ、オレらン時なかったぜそんな配給。いいよなァ」


ふーん、と慎吾が呟いた。
「じゃあ、いーモンやるよ」
「何?」
「ちょっと待ってろ」


慎吾は駐車場のEG6から〈何か〉を手にして戻ってきた。
「ホレ、開けてみ」
テーブルに置くとカシャン、と音がした。
くたびれたスタバの紙袋に入っていたのは、一本のビデオテープ。 『ダイハード』と殴り書きのラベルが貼ってある。

「映画?」
「まァ……見てのお楽しみ、ってな。夢子の部屋にデッキあったよな」
「うん」
「じゃ、夜中にイヤホンして見ろ」
「何で?怖いの?怖いのはヤだよぅ……」
「いーから言うとおりにしろって」
「……はぁい」
よくわかんない、といった顔の夢子は大人しく紙袋を鞄にしまう。


「毅は週末仕事なんだろ。遊ぼーぜ」
「うん!」
ファミレスからゲーセンへ。カラオケで歌いまくる。毅と付き合って一ヶ月、慎吾との2人きりは久し振りだった。

カラオケを出て妙義山へドライブがてらEG6を走らせる。
〈ドリフト〉も何となくわかったし、ナイトキッズのメンバーとも大分親しくなった。

夢子が近付いていくとメンバーの皆がお菓子をくれる。おかげで新商品には随分詳しくなった。
お礼を言いつつ「いつもお菓子持ってるの?」と聞くと、皆から返ってくる答えは「夢子ちゃんが懐いてくれるから」。
なんだか一人ハロウィンみたい、と夢子は笑った。



夢子、帰るぞ」
「あ、はーい」
時刻は午後9時を少し回ったところ。土曜の夜ということもあってか、駐車場には〈それっぽい〉車が沢山集まってきている。
そんな中、制服姿の夢子は矢張り目立っていた。
じろじろと不躾な視線に晒されているが本人は全く気にしていないようだ。


「慎吾、もう帰んのか?」
夢子送ったら戻って来るわ」
そう言うと夢子の肩を抱き寄せる。牽制の意味も込めて。

「それまで適当に走ってろ」
「また来まーす。おやすみなさーい」
夢子が手を振ると、メンバーの皆がニコニコと大きく手を振り返す。満足気な顔で慎吾を見上げると、頭をわしわしと掻き回された。
「やだ慎兄!髪もちゃもちゃー!」
「うるせぇ。どーせ帰ったらすぐ風呂入るんだろが」
慎吾はチッ、と舌打ちして夢子をEG6の助手席へ放り込んだ。
乱暴に発進させると、EG6は妙義の峠を駆け降りて行く。


「あ〜今日も可愛かったなぁ夢子ちゃん」
「皆の妹ってキャラだよな」
「ナイトキッズのマスコットだろー」
「でも毅さんの彼女だろ?手出したら殺されるよな」
「……確かに」
「うわ怖えー。ぜってー谷底だよ」


「慎吾は?」


「え?」
「あいつ、マジで夢子ちゃんのこと狙ってるように見えんだけど」
「まさか。イトコなんだろ?」
「あー、でも慎吾なら考えられるよな」
「まぁ……オレらは夢子ちゃんが懐いてくれればそれでイイしな」
「……だな。オレ、頭撫でちゃった〜」
「マジかよ、いいなぁ」
メンバーがのほほんと語らっている頃、EG6の中では夢子が小さく欠伸を噛み殺していた。


部活の後を連れ回したのだ。顔には出さないが、大分疲れているのだろう。
「――夢子、眠いか?」
「ん……だいじょーぶ」
「寝てていいぞ。まだかかるだろーし。夢子んち着いたら起こしてやるよ」
「うー……なんか心配だから起きてるもん」
「何だよ心配って」
「……むー……」
夢子は渋滞する道路を見つめ唇を尖らせた。


「……こんな混むとは思わなかったなー」
慎吾はチッ、と舌打ちすると煙草を取り出す。


ふと隣の夢子を見ると、運転席の慎吾の方へ少し顔を傾けてすやすやと寝息を立てている。
あどけないその寝顔に思わず見とれていると、後ろからクラクションを鳴らされた。
慌てて咥えかけた煙草をしまい、ほんの少しだけ進んだテールランプに近付く。

「……ん……」
(やべ、起こしたか?)
「も……食べらんな……」
「……っ(夢の中で何食ってんだよ……)」
慎吾は笑いを堪え、肩を震わせた。





「おい夢子、着いたぞ」
「……んー」
「ったく……」
慎吾はシートベルトを外し、すっかり眠り込んでしまった夢子へ顔を寄せる。
ハザードランプを点けたEG6は小さく揺れた。


「ちったァ警戒するってコトを覚えた方がいいんじゃねぇのか……?」


あともう少し――ほんの少しだけ近付けば触れることができる。触れてはいけない、禁断の果実に。


伏せられた睫毛は思いの他、長い。
化粧気のない素肌にそっと触れようと右手を伸ばしたその時。 薄っすらと夢子が目を開ける。



「ん……慎兄……?」


オレはこいつの〈イトコの兄貴〉で。こいつはオレのこと、ただの〈親戚〉だとしか思っていなくて。


夢子のカレシは、オレじゃなくて――毅。



「……やっと起きたのかよ。もうとっくに家着いてんだぞ」
「うー……起こしてくれても、良かったのに……」
夢子の寝顔見るの久し振りだったからな」
「え?あー……一緒に寝たの、すごい前だもんね」
くすくすと笑った夢子は軽く目蓋をこする。そんな仕草さえ――愛しくて仕方ない。

「慎兄、送ってくれてありがとー」
「ああ。ちゃんとアレ、見ろよ」
「?……あ、ビデオ。……怖いの?」
「怖くはねェよ。いーから見てみろって。感想聞かせろよ?」
「……うん」
夢子は鞄を手にEG6を降りる。


「慎兄はまた走りに行くんでしょ?」
「ああ。重たい荷物降ろしたからな」
「ひっどーい!慎兄よりは絶対重たくないもん!」
「ハイハイ」
「もー……。事故とか、気をつけてね」
「わぁってるよ」
「皆によろしくね。おやすみー」
「おう。またな」
EG6は今来た道を戻って行った。
夢子はテールランプが見えなくなるまで手を振り「ただいま」と玄関のドアを開けた。