真夜中は純潔 (page.4/5)
『あ、毅?僕、
夢子だけど……今仕事中?』
「いや、今は昼休み。どうした?」
『あのね、今夜暇ある?』
「……行くのか?」
『うん、水曜だし仕事早く片付きそうだから』
「そうか……。俺も行く。時間わかったらメール入れるよ」
『わかったー。先に妙義行ってるね』
「ああ」
夢子の口調に、特に気負った感じはなかった。リベンジを賭けたビジターバトルが遂に今夜、白根で幕を開ける。
駐車場の中央に停められた純白のR32。ウィークデーの夜、交通量は少ない。
段々冷えていくエンジンの音を聞いている
夢子の手には、ルーツ リアルブレンド。温かい缶を弄ぶように掌で包み込む。
時折目を伏せて「音」を探している。
夢子と同じ、RB26DETTの咆哮を──
ぴくり、と
夢子の体が反応する。もうすぐ会える。闇色のR32を駆る毅に。
まだ少し濡れている髪が風になびいた。
2台のR32は白根山へ向かっていた。長野県との県境に近い、志賀草津高原ルートを走る。
毅はバックミラーに視線を移す。離れてはいるが、ついて来ている
夢子に少しほっとしていた。
何の前触れもなく
夢子が消えてしまいそうな──正体のない漠然とした不安が付きまとう。
手に入れた途端、それを失うことが怖くなる。
「なァ、あれってナイトキッズの32じゃないか?」
「ホントだ。黒の32は確か中里……だったよな」
「もう一台いる。後ろの白いのも32だぞ」
「白の32?誰だ?」
「見たことないよな。今日って何かあんのか?」
「ぅわ、さぶっ」
R32を降りた
夢子が首をすくめる。
駐車場に停められた車は2シーターのものが殆どだった。
カプチーノ、S2000、MR-S、AZ-1、スープラ、ロードスター、そして──緑色のFD3S。
「ヨソ者が来た」という露骨な視線が、2台のR32とそのドライバーへ向けられる。
「あいつ、居るみたいだな」
「うん、やっぱ目立つねあの色」
夢子は躊躇うことなくFDのドライバーの元へ歩を進める。
「こんばんは、東さん」
「──誰かと思ったら、妙義の姫君じゃないか。わざわざ白根に来るなんてどうしたんだ」
「僕の32と、ここでバトルしてほしい」
何の迷いもなく真っ直ぐ言い放った
夢子に駐車場がざわついた。
「成程、リベンジってわけか。血の気が多いのはEG6だけじゃなかったんだな」
「受けてくれる?」
「ココはオレ達の地元だ。勝って当たり前だから本音を言うと遠慮したい。……まァあんたの頼みなら受けるさ」
「ありがと。じゃあ、上り1本、よーいドンのスタートでどう?」
「いいだろう。……タカ、今走ってる奴らに連絡入れろ。すぐ始める」
「わかった」
タカと呼ばれたのはロードスターのドライバー。にわかに騒がしくなる駐車場の中、
夢子は毅を見上げた。
「ね、毅も慎吾達と箱根行ったときってこんな感じだった?」
「……ん?」
「すごくドキドキしてるんだけど、でも怖いんじゃなくて、なんか……ジェットコースター乗る前みたいな、スリル?うーん、うまく言えないや」
「ああ、俺もそうだった。……この状況を楽しむ余裕があるんだろうな。……でも今は
夢子より俺の方が緊張してるぜ」
「ホント?」
「ほら、心臓すげえ早いだろ」
黒いコートの上からもはっきりとわかる程、毅の心臓は高鳴っている。
「……うん、すごい早い。ドキドキしてるね」
夢子の笑顔に、毅もようやく少しだけ笑った。
「カウントいくぞ!」
ロードスターのドライバー、タカが声を上げた。スタートの合図で振り下ろされた腕。
「32が後ろについたぞ」
「リュウの奴かなり飛ばしてんな」
「……あ、中里も出た」
バトルの結末を見届けようとして、2台の後ろを毅が追う。
以前秋名で毅とハチロクがバトルしたときの涼介と同じ、第三者の立場に立つつもりだ。
不安と期待の入り混じった表情で黒いR32がコーナーを抜ける。助手席に置いた
夢子のダウンジャケットが視界の端を掠めた。
コースを走り慣れた地元のドライバーと、初めて走るビジターとでは勝負にならない。
「常識」から考えるなら、それは火を見るより明らかだ。
「うわ速ーい……やっぱロータリーはコーナリングマシンだな……」
自分でも気付かないうちに、
夢子はFDのラインをコピーするように走っていた。
そしてそれが先行する東にプレッシャーを与えていることに、勿論
夢子は気付いていない。
(クソ、振り切れねぇ……!)
FDのバックミラーに映る白いR32は遠ざかるどころか近付いている。
そして隙あらば抜かんとするサイドバイサイドの攻防。東の掌に冷や汗が滲んだ。
(妙義でやったときと全然違う……一体この短期間に何があったんだ……?)
彼は頻繁にバックミラーに視線を向ける。集中力が乱れてきている。それに合わせFDの挙動が僅かに乱れた。
夢子はFDのアンダーステアを見逃さずするりと追い抜く。
「な……っバカな!オレが地元で抜かれるなんて──」
ゴールまでコーナーは幾つもない。
追う立場から追われる立場になった
夢子は、側溝の上をショートカットしながらゴールを目指す。
バックミラーへ目を向けるようなことはしない。白根のリズムを体に叩き込んだ
夢子にはもう判っていたのだ。
このコースを速く走る為のラインが何処に在るかが。
「──来るぞ!」
「どっちが前だ!?」
堕天メンバーがゴールで待ち構えている中、先に姿を現したのは
夢子の白いR32。
最後のコーナーを立ち上がりストレートに差し掛かった。
夢子はアクセルを目一杯踏み込む。
ストップウォッチを止めるカチ、という音が聞こえたような気がした。
「リュウ……。ここでお前が負けるなんてどうしたんだよ」
「悪い。あの32、すげぇ速くなってる。妙義でやったときと桁違いだ」
「マジかよ……」
「ああ。何秒差だった?」
「12秒。……でもリュウもコースレコード更新したんだぜ」
「参ったな。──オレの完敗だ」
東は苦笑しながら
夢子に目を遣った。彼女は毅にわしわしと頭を撫でられている。
「やったな、
夢子!」
「僕、勝ったの?」
「ああ。誰が見ても
夢子の勝ちだ」
「そっか……」
「どうした?」
「なんか実感湧かないや」
「今はそれでいい。……帰ろう」
「あ、ちょっと待って」
ダウンを羽織った
夢子が東の元へ駆け寄る。
「東さん、ありがとう」
にこりと笑った
夢子は右手を差し出した。
「また遊びに来てもいい?」
「ああ、勿論。またやろう」
思ったよりもしっかりと、
夢子は彼の手を握り締めた。
「それから──」
彼は
夢子の耳元に唇を寄せてたった一言囁く。
夢子は微笑って頷いた。
≪
prev (3) [真夜中は純潔] (5)
next≫
request.RAY様(12370HIT)
title.椎名林檎
up date.2005/01/14