真夜中は純潔 (page.5/5)


「東に何て言われたんだ?」
毅のマンション、リビングのソファに腰を下ろすと毅が訊いてきた。
夢子はくすくすと微笑いながら首を振る。
「ナイショ」
ダイニングからコーヒーの香りが漂う。
甘いコーヒーが好きな夢子の為に、ミルクをたっぷり入れてくれる。
毅から手渡されたマグカップを掌で包み、こくりと一口飲んで小さな欠伸を零した。

夢子、明日仕事は?」
「んー。有休取っちゃった」
「……泊まってくか?」
「わ、やったぁ。──ねぇ毅、ご褒美ちょうだい?」
「ああ……何がいい?」


「うでまくらっ!」


「……?」
「ちっちゃい頃お昼寝したときみたいに、うでまくらしてほしいな」
ソファの背もたれにあごをのせてニコニコと毅を見上げている。
「……わかった」
毅は夢子の頭を撫でて苦笑した。



見るともなしに並んでテレビを眺めていたが、隣の夢子が段々毅の方にもたれかかってきていた。
「むー……」
眠いのか、ふにふにと目蓋をこすっている。
「風呂入るか?」
「……一緒に?」
何気ないその言葉に毅はカップを落としそうになった。慌てて立ち上がる。
「?毅なんか顔赤いよ?」
「……本気、か?」
「うん。あ、でも僕帰ってからお風呂入ったからいーや。サボっちゃう」
「……そうか」
「背中流してあげよっか」
「……いや……いい……」
毅は赤面したまま背中でリビングのドアを閉めた。




夢子……?」
濡れた黒髪を乱雑に拭きながらリビングのドアノブに手をかける。テレビの音が微かに漏れている。
ソファを覗き込むと、毅のTシャツをパジャマ代わりにした夢子が丸くなって寝息をたてていた。
毅は苦笑しながらテレビを消し、夢子をそっと抱き上げる。

寝室のベッドに夢子を横たえると隣に腰を下ろした。規則正しい呼吸とあどけない寝顔に毅の頬が緩む。
暫くの間眺めていたが、ヘッドボードに置いていた小さな包みを取り上げる。
整えられたカシス色の爪、左手の薬指にそっとはめたのはシルバーリング。


「誕生日おめでとう」


小さく呟いて額にキスを落とすと、心なしか夢子が笑んだような気がした。
「俺も有休取ろうかな……」
無遅刻無欠勤の毅はこの日、初めて仮病を使って会社をサボった。




「結局何を言われたんだ?」
「んー?」
「白根で……東に」
「あぁ、あれ?」
飽きずに薬指のリングを眺めていた夢子はふわりと微笑った。
ブラインドから漏れる朝の光は暖かい。平日の朝、好きなひととひとつのベッドでゴロゴロする贅沢。
「お幸せに、って。いい人だね東さん」
「……いい人、か……」
ベッドの中、殆ど感覚のない右腕で夢子を抱き寄せる。ご褒美にねだられた腕枕の約束はしっかり果たした。


「ねぇ毅。僕は充分幸せだよ」
毅の鎖骨に吐息が触れる。

「毅が居るならそれだけで幸せだもん」
「俺も夢子が居ればいい。──何処にも行くな。俺の傍に居ろ」
夢子がこくりと頷いて、髪が擦れるサラサラという音がシーツに沈んだ。



[真夜中は純潔]END.
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title.椎名林檎
up date.2005/01/14