ロゼ (2/2)
カップを片付け終えタオルで手を拭いているところを背後から抱きすくめられ、悲鳴が喉奥からせり上がる。
「俺だ、夢子」
「龍也くん、」
どきどきと暴れる心臓をなだめるように、夢子はゆっくりと呼吸を繰り返す。
「……はなして、って言ったら、はなしてくれる?」
小声で問うも腕に力が入ったように感じ、それが彼の返答なのだと夢子は理解した。
「真里くんが、」
「寝てる」
身体を捩ろうとするが、きつく抱き締められ全く動けない。
「今だけ、俺に愛されてくれ」
夢子の耳元で低く囁き、返答など待たずにスカートをたくし上げた。下着をずらし指を滑り込ませると、柔らかな肉と潤んだ蜜に迎えられ僅かばかり吃驚する。
「オマエいつも濡れてんのか」
「し、らない……」
「“知らない”ワケねーだろ、こんな濡らして」
下着を剥ぎ取られ、太い指が出し入れされるたび、夢子の唇からは甘い吐息が零れる。
冷たいシンクの淵を掴んでいると、ピリピリと“音”が耳元で聞こえた。首を捻ると、歯で包装を噛み切ったようだ。そのまま片手で避妊具を装着する様を眺めていた夢子が感心したように「器用だね」と呟けば「余裕」ニヤリと龍也が笑んでみせる。
身体の向きを変えた夢子が龍也を床へ突き倒し、濡れそぼつ自身の中心部を屹立へ擦り付ける。脚を広げると、あてがった先端で襞を掻き分け、ゆっくり“奥”へと誘うように腰を落としていく。やがて龍也の全てを飲み込んだ。
窮屈な収まりを味わう間も無く乱暴にスカートごと尻を突き上げられ、髪が揺れて顎が上向いた。零れそうになる嬌声を噛み締める。
「龍也くんの“愛”ってやつ、ぜんぶ私の“中”に出して」
独り言のように囁いた夢子の指先が、龍也の左頬へ羽毛のような軽やかさで触れた。
「……男の傷にさわんじゃねェ」
咎められたことなど気にも留めず、夢子は薄く笑いながら上体を屈め彼の頬へ唇を寄せる。控え目な口づけに、龍也がフンと鼻を鳴らした。彼は――龍也は“最後”まで、夢子の唇に触れようとはしなかった。
龍也を見送り、シャワーを浴びた夢子が薄暗い部屋を覗く。寝ているのなら、起こさないで行こう。電気を点けないままベッドへ近付くと、うつ伏せの真里が居る。毛布を引き上げる手が掴まれた。驚く間もなく「リューヤと、したの?」くぐもった真里の声が飛んでくる。答えられずに黙り込むが、彼はそれを肯定と捉えた。
「……ヤだ。夢子ちゃん、オレ以外のヤツと、したらヤだよ……」
腕を引かれ、ベッドに倒れ込んだ身体をきつく抱き締められて胸が痛んだ。勝手なものだ。自分のせいで二人ともこんなにも傷ついてしまうなんて、自傷行為と変わらない。
一文字に結ばれた真里の唇へ、おずおずと唇を重ねる。そこは強張るように一度震えたかと思えば「ぜんぜん足りねー。もっと」掠れた声で真里がねだる。乞われるまま再度口づけると唇を噛まれ、怯んでいるうちに舌を捩じ込まれた。温かく濡れた舌が絡み、夢子は確信する。この部屋からはまだ帰れない。
玄関のインターホンが連打され、ドアも繰り返しノックされている。世間的には入学式だが、夢子にとってはまだ春休みの最中だ。セールスや勧誘の類でないことを祈りながらベッドから這い出し寝ぼけ眼でドアを開けると、学ラン姿の真里が「夢子ちゃん、オハヨ!」と爽やかな笑顔を咲かせていた。
「寝てたァ?」
「……おはよ、真里くん。今日、入学式じゃなかったっけ?」
「そんなんいーから、コレ!」
玄関に飛び込んできた真里が、手にしていたビニール袋を夢子へ突き付けた。中身を覗くと『ブリーチ剤』のようだ。
「一人でうまくできっか不安でー」
「これ……髪、脱色するってこと……?」
「だってオレ、きょーから“高校生”だよ!」
真里は得意気に胸を張るが、理由になっているかどうか夢子には判らない。返答に迷っているらしい夢子を見つめ、真里は「夢子ちゃんは今日ガッコ行くん?」と問うた。
「ううん。うちも入学式だけど、今日行くのは自治会とか……サークル勧誘の人たちくらいじゃないかな」
「じゃあ休みでしょ?お願いしてもいーい?」
「いいけど……私がダメだったら、どうするつもりだったの」
「そんとき考える!」
あっけらかんと笑う真里につられ、夢子もようやく笑んだ。
パッチテストに問題は無いようだ。真里を椅子に座らせ、カバー代わりのゴミ袋を被せる。箱に同梱されていた説明書を読み返しながら夢子が溜息を吐いた。
「脱色して金髪ってことかあ……ずいぶん思い切ったねえ……」
「夢子ちゃんて地毛?」
ガサガサとゴミ袋が擦れる音と共に飛んできた問いに短く頷く。
「そっかぁ。髪の色、夢子ちゃんに似合っててカワイーと思うよ。オレ好き♪」
「ありがとう。でも真里くん、金髪にしたらもっと可愛くなるね」
「もー。オレに“カワイイ”なんて言っていーの、夢子ちゃんだけだかんネ!」
「そうなの……?」
「そーなの!」
両手にビニール手袋を装着し、髪へ薬剤を塗っていく。ハケを持つ手が緊張でじわりと汗ばむ。
「“聖蘭高校”ってさ」
「んー?」
「龍也くんと同じとこだよね」
「……ん」
「じゃあ真里くん、後輩になるんだ」
真里は視線を合わせるべく顔をこちらへ向け「リューヤの話すんなよォ」と、ひどく不満気な声を上げた。
「こら、動かないの。危ないでしょ」
「……夢子ちゃん、リューヤのことスキなん?」
「え?なに、いきなり……」
正面へ向き直って俯き、唇を尖らせた真里は理由を答えようとしない。思いがけず訪れた沈黙を振り払うように「それは、」と夢子が口を開く。
「好き、だよ。でも真里くんを“好き“っていうのとは、なんかこう、違うと言うか……」
「じゃあさ、またリューヤに迫られたら夢子ちゃんどーすんの」
「龍也くんは、そんなことしないと思うよ」
「なんでえ?」
「……わかんないけど、たぶん」
曖昧な言葉を受けた真里は一度短く息を吐き、なにかを“理解”したように夢子には思えた。
ドライヤーを停止させ「乾いたよ」と髪を払う。不器用な自分にしては、仕上がりは上々だと言えるだろう。
「思ったより時間かかっちゃったね、早く行かなきゃ」
学ラン片手に玄関へ向かう真里が背中で「ヘーキ」と答えた。
「これからアッちゃんちー」
「秋生くんと一緒に行くの?」
「フォア、直すんだ」
振り向き様返ってきた言葉に、夢子がぴたりと足を止める。あの日、事故に遭った“誠さん”の愛機・CB400FOUR。真紅のフォアを愛した彼は、もう、“居ない”。息を飲む夢子の硬く張り詰めた表情、途惑う指先に気付いた真里が柔らかな微笑を浮かべてみせた。
「だいじょーぶ。夢子ちゃんは、なんも心配いらねーよ?……オレが“爆音”の“七代目”だから……」
哀しみを色濃く滲ませた笑顔のまま――恐らく彼自身それに気付かないまま――真里は夢子を抱き寄せる。熱い身体。背中に回された腕。唇に馴染んだ、いつものキス。
「ありがと。またネ、夢子ちゃん」
眼前でドアが閉じ、溶剤の僅かな臭気と熱を帯びた身体だけが部屋に残される。かくんと膝が落ち、冷たい床へ座り込んだ。項垂れたまま瞼を閉じると遠くに紅が視えた。
[ロゼ] END.
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2015/02/19 up.
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