IRIS (1/2)
夏色の夕空。国道16号線には二台の〈音〉が響く。真紅のCB400FOURと黒のFZR400RR。先行していた真里のフォアへ車体を寄せ、一成が声を張り上げた。
「マー坊くん、ジュンジが腹イテェっつってんだけど!」
「じゃあコンビニ寄ってこーか」
進行方向左手のコンビニを顎で示し、真里がフォアを加速させた。一成もそれに続く。
「便所行ってきなよ、オレら待ってんからぁ」
「デェジョブか」
「おう、ワリィな」
ダブルアールから飛び降りたジュンジが店内へ駆け込むと同時、駐車場へ一台の車が入ってきた。いすゞ・ピアッツァ。ボディカラーは、盛夏の木葉を思わせる濃厚な緑色。
運転席からスーツ姿の女性が降り立つ。年齢は20代半ばといった頃だろうか。束ねた髪が前へ下ろされ、肩の辺りで柔らかく揺れるのを、何とは無しに一成が眼で追う。
その目線を僅かに落とし――彼は目を見張った。彼女の〈胸〉が大きいことが、ジャケットの上からでもはっきりと判ったからだ。
店内へ向かう彼女を〈凝視〉しているとしか言い様が無い一成の熱視線に、真里が小首を傾げる。
「どしたん?じーっと見ちゃって」
「あ、いや。わりかしタイプだなーと思ってよ……」
真里には小声でそう言ったものの――実は彼女、一成の『好みのタイプ』ストライクど真ん中だ(特に胸部のサイズが)。
彼女の背中を見送った真里が「声かけてきたら?仲良くなれっかもよ」と一成を突く。
「初対面の女になんて声かけんだよ。ムリムリ」
「でもあのヒト、もぉ会えねーかもしんねーじゃん?けっこー広いよ、横浜ってぇ」
だらだらと実の無い会話を交わしていると、店舗出入口の自動ドアが開き先程の女性がビニール袋を提げて出てきた。
「ホラぁ、行ってきなよ」
「いや、いいって……」
ぐずぐずと言葉を濁す一成の曖昧な態度に、真里は業を煮やしたように「もう!」と一声発して駆け出す。
「オレが行く!」
「ちょっ、マー坊くん!」
真里に遅れること数瞬、一成が慌てて背中を追う。
車へ戻ろうとする彼女の前に立ち塞がった真里が「オレ、マサト。おねーさん名前なんてゆーの?」とストレートな質問を投げ掛けた。
突然の襲撃に警戒心を剥き出しにしていた彼女は、自分を見つめる少年・真里の笑顔をまじまじと見つめ返し、毒気を少量削がれたように答える。
「……田中夢子」
真里は「アリガト!」と夢子へ笑い掛け、一成を振り向く。
「夢子ちゃんだって。よかったね♪」
「お、おう」
「用はそれだけ?」
彼女の声から不信感は消えていない。突然声をかけて〈仲良くなる〉なんて、どう考えてもやっぱりムリだ。
「えーとね、」
「あの、」
真里と一成が同時に声を上げるが、ここから先のことなんて何も考えていなかったことに気付いた。互いに『どうしようか?』とでも言うように顔を見合わせる。
「鮎川と今川じゃないか。どうした」
聞き覚えのある声に、二人が振り返った。山下警察署・少年課の上村刑事。真里が不思議そうに首を傾げた。
「オレら、なんも悪いコトしてねーよ?」
「ああ、“今”はな。田中、補導か」
「声をかけられただけです。問題ありません」
先程よりも僅かに緊張感を含んだ声で彼女が答える。夢子と上村を交互に指差しながら、真里が「知り合い?」と上村へ尋ねた。
「知り合いも何も、田中は少年課の“期待の新人”だ」
「えぇー!夢子ちゃん、マジ警察官?こんなカワイイのに?」
目を丸くして驚く真里を見遣り、上村が愉快そうに笑う。
「見た目に騙されないことだな。田中の逮捕術は一見の価値があるぞ」
「上村さん、本気にされたらどうするんですか」
「いやいや。田中は同期の中じゃあ一、二を争う優秀な警察官だ。“隠れファン”とかいう連中も多いようだし、すぐ嫁にいっちまうかもしれんな」
「夢子ちゃん、結婚すんの?ダレと?」
「……そんな予定は無い」
苦虫を噛み潰したような険しい表情で夢子が言い捨てる。
「なんだ、よかったぁ」
ほっと胸を撫でおろした真里へ、上村が「何が良かったんだ」と問う。
「カズちゃんが、夢子ちゃんにヒトメボレしたみてー。一回デートしてくんねーかなぁ」
唐突に傍らの一成を指差し、真里があっけらかんと夢子へ笑った。
「マー坊くん!」
悲愴感漂う叫び声が上がり、真里はきょとんと一成へ目を向ける。一体何がいけないのか、そう問われたら一成も言い返せない。
真里は決して〈嘘〉を言っているわけではないが――オブラートに包む、ということを知らないのだろうか。
苦笑混じりの上村の隣で、夢子が呆れたように息を吐く。居た堪れない一成はただ唇を結び、早く時間が過ぎ去ることを望んでいた。
「田中、週末の祭りに行ってやったらどうだ。あの神社なら、寮から歩いて行けるだろう。たまには息抜きも必要だぞ」
「……はあ……、上村さんがそう言うなら……。……これ、私のベル番。ええと……」
鞄から取り出した手帳にペンを走らせ、ページを破いた。それを一成へ手向け、夢子はじっと彼の瞳を見つめる。
「い、今川一成っす!」
「今川くん。詳しいことは後で決めようか。連絡ちょうだい」
「あざっす!」
「今川。ブン投げられたくなかったら、ヘンな気は起こすなよ」
「もう……上村さんは私のこと何だと思ってるんですか」
「冗談だ。じゃあな、悪ガキ共」
ピアッツァを見送った一成は真里の手をしっかりと握り「マー坊くん、ありがとう!」と感激したような声で礼を述べた。
「やったネ!がんばんなよぉー」
そこへようやく戻ってきたジュンジが二人を見遣り「ナニよ、手ェつないで。……“ソッチ”に目覚めたんか?」と疑問を呈した。
「あんね、カズちゃんが、」
真里は今の出来事を、洗いざらい喋ろうとしているに違いない。一成が慌てて真里の肩を掴み「ナイショにしてくれよ」と耳元へ囁く。
「ええ?なんでぇ?」
「……なんでも!」
「わかった。ナイショにすっから、アイス買ってね?」
「おう」
肩を寄せ合い〈内緒話〉を続ける二人から距離を置くように、ジュンジが後ずさる。
「……おまえら……マジなん……?」
「気色悪ぃこと言うんじゃねェ、ジュンジィ!オレぁ今ッからマー坊くんにアイス買うんだからよ!」
「カプチーノとハニー、よろしくぅ♪」
「どっちか一個にしてくれって!ハゲぁたっけーだろ!」
どたどたと店内へ駆け込む二人の背中を見遣り、ジュンジが首を捻った。
→IRIS (2/2) #
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