キミのヒカリ (1/3)
『もしもし田中!急で悪いんだけど、今夜のシフト交代してくれないか?0時までには店出れるようにするからさ』

混雑する学食で遅めの昼食をかっ込む最中にかかってきた電話は、ゼミの先輩からだった。夢子は携帯片手に咀嚼を急ぐ。



深夜勤はやったことないけど、やることはいつもとそんなに変わらないだろうし……。もともと居酒屋でのバイトを紹介してくれたのも先輩だし、べつに断る理由もないかな。頼みとご飯を一気に飲み込んだ。

「明日は講義午後からなんで、大丈夫ですよ」

『ホント、田中様に感謝するわ。まかないスペシャル奢るからな』

「やった。先輩料理上手だから期待してます」

『まかせとけ。じゃ、あとで』

通話を終えると、丸テーブルの向かいから「夢子、今日ラストまで入るの?始発帰り?」と疑問が飛ぶ。

「や、0時までには終わらせてくれるって。終電余裕」

「駅前の居酒屋だっけ。あそこチェーン店じゃないし、行ったことないんだよね。個室あるー?」

「あるある。女子会プラン充実してるし、打ち上げとか合コンでも使ってよ」

鞄から取り出したチラシ入りポケットティッシュを、友人二人へ手渡す。

夢子ってマメだよね。店のティッシュ、いっつも持ち歩いてるし」

「でもティッシュってけっこー使うし、もらえるとラッキー。ありがとー夢子

「いやいや。ティッシュ欲しかったらいつでも声かけて。何個でもあげるから」

「そんなにたくさんいらないー」

「かさばるからね。ほら夢子、早く食べないと生協寄る時間なくなるよ」

慌てて食事を再開する夢子を横目に、友人達はパンフレットを広げた。行先も日程も未定の、立ち上げたばかりの旅行計画。

どこに行こう、楽しみだなあ、なんてのんきに考えていると飯粒が気管に入り、思いっきりむせて咳き込んだ。



初めての深夜勤は週末のように混むこともなく、ほどほどの忙しさだったと思う。先輩が言うように日付が変わる前には退店できた。

駅前のレンタルショップへ立ち寄り、自宅の最寄駅に着くと既に1時を過ぎている。通りを行き交う人も少ない。人目をはばかることなく、大きなあくびをひとつ。

こんな遅い時間に帰るのは初めてだけど、自宅までは駅から歩いて5分くらいだし……なにか甘いものでも買っていこう、とコンビニを目指す。

入店とほぼ同時に「いらっしゃいませー」が二つ上がった。今日発売の雑誌はもう並んでるかな。日付が変わった頃に入荷されるんだったっけ。雑誌コーナーへ足を向ける。

男性とすれ違った直後、金属音がチャリンと後方で鳴った。振り返ると鍵らしきものが床に落ちている。しゃがんで拾い上げると、可愛らしい女性キャラクターがデザインされたキーホルダーに鍵が二つ付けられていた。

「すみません、落としましたよ」

つい先程すれ違った〈落とし主〉と思しき男性へ声を掛けるが、ヘッドホンをしているせいか聞こえていないようだ。

出入口へ向かう男性へ駆け足で近寄り、背中をポンと叩く。彼は驚いたように振り向き、ぎこちなくヘッドホンを外して夢子を凝視した。

「どうぞ」

落し物を手渡すと彼は「……どうも」と小声で礼を言いながら受け取り、足早に店外へ出ていった。



週刊誌をパラパラと立ち読みし、お菓子や飲料の新商品をチェックし、厳選した一点のカップスイーツを購入。明るいコンビニを後にし鞄から携帯を取り出すと、友達からメールが届いている。

『起きてたら電話ちょーだい』

受信時刻は数分前。電話をかけるとすぐに繋がった。通話しながら歩くと心細さが少しマシになる気がした。この場所は駅から遠くないのに、時間帯のせいか誰も通らない。

自宅アパートに到着した夢子は「おやすみ」で通話を終了し、集合ポストをチェックする。宅配のピザ・寿司・中華、新築物件情報、新聞お試し一週間無料……チラシばっかり。

数枚のチラシを手に、階段を上がる。小さいアパートだから、エレベーターなんてついてない。まあ二階まではすぐだし、特に不便でもないかな。

いつも重たい水とかお米とか玄関まで運んでくれる、配送業者さんには感謝してるけど。

「ただいまー」

誰も居ない部屋に挨拶をするのは、一人暮らしに慣れた今でも少し寂しい。玄関の鍵は、シャチハタ印と一緒に靴箱の上が定位置。

施錠とチェーンを確認し靴を脱ぐと、つい「はあ、つかれた。お風呂入ろ」と独り言が零れる。コンビニで買った甘いものを冷蔵庫へしまい、浴室の掃除に取り掛かる。

お風呂から上がったらもう寝るだけだし、食べるのは明日の朝にしよう。おいしそうだから楽しみだな。

バススポンジを絞りながら「ほんとは今食べたいけど!」と声を上げると、浴室内に響いて気持ちよかった。




〈それ〉が生起したのは、初めての深夜勤の翌週。いってきます、と一人呟き、ドアを閉めようとした手が止まる。

ドアノブの根本に掛けられている、小さな紙袋に気付いたからだ。手に取り開けてみると、中身は高価そうなアクセサリー。

誕生日や特別な日ではないし、サプライズでプレゼントされる心当たりはない。カードやメモの類もなく、一体誰からの贈り物なのか判らなかった。

「あ、時間」

そろそろ出なければ、いつもの電車に間に合わない。元通り戻して袋ごと靴箱に置き、ドアを閉める。鍵をかけて施錠を確かめ、駅へと急ぐ。

構内で会った友達や先輩達に聞いてみても、誰も知らないようだ。「いらないならちょーだい」とか「使わないなら売っちゃえば?」とか、みんな特に気にしないようだった。

自宅からなにか盗まれたならともかく、贈られたからと警察へ届けるのはおかしい気がして、クローゼットにしまい込む。

どこかの誰かからのプレゼントは、その後も続いた。

ブランドのロゴが入ったものだったり、白色無地だったり、ドアノブに掛けられている袋の種類や大きさはその時々で異なっていた。

中身を確かめることもなく段ボールに放り込み、僅かな不安と共に蓋を閉める。

深夜、インターホンが鳴ることもあった。どこかのヤンチャ坊主の仕業、いたずらピンポンダッシュだろうと気にしない振りを続けた。



キミのヒカリ (2/3) #

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