青い車と6月の花嫁 (1/2)
ジューン・ブライド。

6月に結婚した花嫁は幸せになれる――由来は諸説あれど、女性の憧れであることには変わりない。

例え四季のある日本では、6月が梅雨の最中だとしても。


年度始めのスケジュール調整に頭を悩ませ、自宅へ着いたのは23時。

宅配ボックスの荷物を取り出した後、覗いたポストには真白な封筒。華々しい"寿"シールで中身が分かる。差出人は高校時代の同級生。

エレベーターに乗り込んでボタンを押した時、夢子は気付いた。連絡を取り合う"女友達"の中、独身で居るのは自分だけになったことに。

がむしゃらに仕事をこなしてきた夢子がふと立ち止まり、振り返る。

これまで、自分にとってベストな選択をしてきたつもりだ。後悔はない。……恐らく。多分。きっと。


丁寧に封を切った夢子は、招待状に記された文字を目でなぞる。凝った肩を揉みながら溜息と共に呟いた。

「6月、ね」

海の向こうの神様は、箱根の花嫁も祝福してくれるだろうか。




無敵の晴れ女だった"花嫁"のお陰だろう。とうに梅雨のはずが、今日は朝から快晴。昨日の天気予報は、大きく外れたことになる。

芦ノ湖上を風が滑り、夢子のシフォンワンピースを揺らして通り過ぎていった。

ウエディングソングが流れ始め、司会が高らかに二人の入場を告げる。

間も無く姿を現したのは、深い青色をまとったロードスター。ぱっちりと目を開けたNA6CE。

運転は、モーニングコート姿の新郎。柔和な笑みを浮かべている。助手席で微笑む花嫁は純白のドレスに身を包み、優雅に手を振っていた。

オープンカーの利点を活かした演出に、夢子は素直に拍手を送る。


式は滞りなく進行した。しかし終盤、にこやかな司会が発した言葉に、夢子は少しだけ途惑いを覚える。


『ブーケ・トスを行います。未婚女性の方は前へどうぞ』


「ほら夢子、行ってきなって」

「そうそう。もぎ取っておいでよ」

「え〜、いいよ恥ずかしい。若い子いっぱいいるし、あの子達で……」

「何言ってんの。せっかくのチャンスなんだから」

「ほら、行った行った」

既婚の友人達に背中を押され、重たい足で歩を進める。

ブーケ・トスに意欲を燃やすことは、「私は独身です。結婚したいです」と公言するのと同じだ。

最後列に突っ立っていた夢子は、ふと花婿へ視線を移す。花嫁の歴代彼氏からは随分掛け離れている。人畜無害の優男、といった印象。

恋愛と結婚は違う?もし同じだとしたら、それは幸せなことだろうか。


『それでは、お願いします』


司会の合図を受け、未婚女性達から大きな歓声が上がる。

花嫁が背を向けて高く放り投げた小さな花束は、まるで最初から決まっていたように綺麗な弧を描き――夢子の手中に収まった。

どよめきと拍手が起こり、夢子は手元に痛い程の視線を感じる。


困惑気味に微笑を浮かべていると、花嫁が夢子へ駆け寄った。

彼女と視線を合わせた夢子は、"幸せ"とはこういうものだと、ほんの少しだけ理解した。

「結婚、おめでとう」

「ありがと、夢子。次は夢子の番だよ」

「だといいね。入場、良かったよ。ロードスター、ダンナさんの?」

「そう。趣味用の車みたいだけど、私はよくわかんない」

「素敵なダンナ様を捕獲したようで、なによりです」

「当然。今度うちに遊びに来てよ」

「本気でお邪魔しに行くね」

旧友は突然、右手の人差し指を夢子の鼻先へ突き付ける。繊細なレース細工が施されたグローブの美しさに見惚れている夢子を諭すように、花嫁がそっと呟いた。

「あんたも早く結婚しちゃいなさい」

夢子は苦笑して「はいはい」と肩をすくめた。



駐車場で待っている"相棒"を目にし、夢子はほっと息を吐く。

引き出物、ビンゴの景品、どれも壊れ物ではないようなのでカーゴへ積む。受け取ったブーケは、そっと助手席へ。

普段は絶対に履かない高さのヒールを脱ぎ捨て、くたびれたシューズへ履き替えた。運転席に腰を下ろすと、シートへ背中を預けて目を閉じる。


30秒程経った時、夢子はゆっくりと目を開けてシートベルトを装着した。


左足をクラッチペダルへ置き、右手の指先をエンジンスイッチへ伸ばす。彩られた爪先に視線が移る。無駄に長いネイルチップは外した方が良いだろうか。

でも、見せたい人が居る。都合良く"そこ"に居るかどうかは分からないけれど。


夢子は一度深呼吸をし、小さく頷いてエンジンを始動させる。相棒・インプレッサ――GRBは直ぐに目を覚まし、全身を歓喜に震わせた。



青い車と6月の花嫁 (2/2) #

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