裏切りなんてたやすい
ここで夢子を初めて抱いたのは、いつになるだろう。随分前のような気がする。

夢子の部屋。トオルは落ち着き始めた鼓動を認識しながら白い天井を見上げている。

彼女に触れるときはいつも、遠慮など忘れてきつく抱き締めてしまう。それでも、一切抗うことなく腕の中に居て――


「なに考えてるの?」


隣から小さく柔らかな声がした。波間をたゆたうような気怠さを噛み締めるベッドの上、左半身に温かな重み。

夢子のこと」

呟いて髪を撫でると、ふ、と夢子が笑んだのが――薄暗い室内、空気の動きで分かった。

「……おかしいかな」

「うぅん。嬉しいな、って」

夢子は上体を起こしてじっと、トオルを見下ろした。艶やかな髪が流れて肌をくすぐる。

「私はここにいるよ」

彼女の視線は柔らかく心を刺す。

「わかってる」

伸ばした指先に、まだ熱の引かない頬が触れる。昂ぶる気持ちを抑えきれず夢子を抱き寄せた。

しっとり汗ばんだ首筋。背中へ回された腕。シーツへ零れ落ちていく彼女の吐息すら甘く、軽い眩暈に襲われる。



カラダの相性がいいことに気付いてから、夢子の部屋ですることといえば食事とセックスくらい。学生時代から一人暮らしをしているという彼女の料理の腕前は確かだ。

0時前には部屋を出る。泊まることはない。寝付いたらきっと、昼までぐっすり眠ってしまうから。

いつも笑顔で出迎えてくれる夢子へ、つい「ただいま」と言いそうになる。

今まで漠然と思い描いてきたけれど、結婚ってこういうものだろうか。……いや、違うよな。家に居るときに帰る時間なんて気にしないだろう。



そうだ――オレは最初から知っていたんだ。誰かを〈裏切る〉なんて、こんなにも容易だということを。

白日の下に晒されたなら咎や罰を受ける。理解した上で自分から夢子に堕ちた。悔い改める必要など、何処に在るというのだろう。



玄関に立つトオルへ、バスローブを羽織っただけの夢子が白い封筒を差し出す。困り顔のトオルへ「あのね」と切り出した。

「前にも、言ったけど……私、トオルさんの時間を買ってるの。私の勝手な線引きみたいなものだから、気にしないで受け取って」

一度決めたことは貫き通す。引き下がらない。夢子が意外と頑固だって、オレは知ってる。

受け取った封筒を鞄に突っ込むと、空いた片手で夢子を抱き寄せ唇を啄む。熱く柔らかい彼女の唇は魅惑的に熟れ、この先の快感を滲ませているようだ。一歩、奥へ踏み込みたい思いを断ち切るように身体を離す。

「またな、夢子

「……ん。おやすみ」

笑顔で手を振る仕草を愛しく思い、手を振り返す。

静かに閉めたドアの向こう。今まで笑んでいた夢子が涙を滲ませていることをトオルは知らない。





06.[裏切りなんてたやすい] end.

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2013/08/27 up.


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