いろはもみじ (1/2)
群馬県沼田市。女性数人の弾んだ声が響く椎坂峠展望台に、春の訪れを感じさせる穏やかな風が吹いた。

夢子ー、写真撮ろーよ。カメラ持ってるんでしょ?」

「ん、いいよ。そこ並んでー」

「でもせっかくだし、みんなで写りたいよね」

「誰かに撮ってもらえないかなぁ」

高校の〈卒業旅行〉というほど大それたものではない、普段の散歩みたいなドライブの途中。

推薦で県内の大学を決めた夢子は、既に免許と車を持っている。しっかりと初心者マークを貼った〈愛車〉へちらりと視線を遣った。

入学した頃からの仲良し4人組は、それぞれ異なる進路を選んだ。都内の専門学校へ進学、地元企業へ就職、幼馴染と結婚。

こうしてみんなで集まるのは、今日が最後になるかもしれない。そう思うと、やっぱり寂しい。

「ちょっと頼んでくる」

デジカメを手にした夢子が目を向けたのは、やや離れた場所に居る長身の男性達。数人で車の脇に立ち、何事か話し込んでいる。今この場所を見渡す限り、夢子達の他には彼らしか居ないようだ。

「えー……なんか……結構、怖くない?」

「大丈夫だって。あの白い車、たぶんエボ4だし。あっちは5かな」

「えぼ?なにそれ、車の名前?」

「ん、まぁ仲間みたいなもんだよ。ランエボ乗りに悪い人はいないって」

友人達は根拠の無い自信を持つ夢子を心配し顔を見合わせるが、当の本人は躊躇うことなく彼らの元へ近付いていく。


「あのっ、すみません」

「――あ?」

「写真、撮ってもらってもいいですか?」

彼は差し出された小さなカメラを手に取ると、迷うことなく〈彼女〉を写すためにシャッターを押した。

「……えと……私じゃなくて、みんなの写真なんですけど……」

友人達を指差す彼女の少し困ったような笑顔に、彼が息を飲む。

「あ……あぁ、わりィ」

「何やってんだよ清次ー」

「すみません、お願いします」

にこりと笑った夢子は身体を翻すように友人達の元へ戻り「この辺から撮ってもらえますか」と小さな手を挙げる。

清次が何枚かシャッターを切ると、彼女は小走りで駆け寄ってきて深々と頭を下げる。――たいしたことはしていないのに、大袈裟な。

「ありがとうございます、助かりました」

「いや。それより……あの赤い車、エボだよな。あんたの?」

「はい、そうです。そちらも、ランエボですよね」

「ああ。どっかチームには入ってんのか?」

「……チーム、って何ですか?」

聞き慣れない言葉に首を傾げ、夢子がそのまま言葉を返す。じっと彼を見つめると、どう答えようか悩んでいるようだ。

「清次、こんな女の子が走り屋なわけないだろ」

「うるせえな。……なあ、興味ないか?」

「少しだけ、ありますけど……私、全然初心者で……ホントに何も知らなくて……」

「今度いろは坂に来てみろよ。ランエボ乗ってる奴らが集まってんだ」

「いろは坂って、中禅寺湖の方の道路ですよね」

「ああ。歓迎するぜ」

柔らかな口調でそう言うと、清次は一枚の紙片を寄越した。走り書きの携帯番号、彼の名前。

「オレ、清次ってんだ。岩城清次。あんたは?」

「あ――はい、田中夢子です」

夢子か。気が向いたら電話しろよ。じゃあな」

数台のランエボは派手な音を響かせて椎坂峠を後にした。国道120号を走れば、彼らの言う『いろは坂』にたどり着くのだろうか。


「ちょっと、あれホントに夢子のと同じ車?超うるさいんだけど〜」

「かなり怖くなかった?」

「そーそー、よく行ったよね、夢子ってば」

遠ざかる車のテールを見送り、遠巻きに眺めていた友人達が恐る恐る近付いていく。夢子は紙片とカメラを手に立ち尽くしていた。

「どしたの?夢子。ぼーっとして」

「……なんか、好き、に、なったかも……」

「うっそ、あんたジャニ系の可愛い年下がタイプなんでしょ?全然違うじゃん」

「ていうか、あの人らマジ怖かったよね!いかちィし!絶対ヤリ捨てられるって!」

「いや、それはさすがに言い過ぎでしょ……」

周りの声は夢子に届かなかった。これ、もしかして〈恋〉――?



数日後。夢子は自室のベッドに寝転がり、登録したメモリを眺めていた。画面に表示されているのは、すっかり暗記してしまった11桁の番号。

電話に出てくれたら、思い切って名前で呼んでみよう。あくまでさりげなく、なんでもないことみたいに。

身体を起こして何度も親指で躊躇い、決意と共に通話ボタンを押す。呼び出し音は妙に長く感じられた。

『もしもし』

「あ……あの、清次さんですか?私、椎坂峠で会った、田中ですけど……覚えてますか?」

恐る恐る、といった口調になってしまっただろうか。それでも、彼の名前を呼ぶことには成功した。

『もちろん覚えてるさ。来る気になったか、夢子

「はい。よろしくお願いします」

『あ、敬語やめろよ。オレが苦手なんだ』

微かな苦笑が耳をくすぐる。この人、笑うんだ。至極当たり前のことなのに夢子には可笑しく感じられ、微笑が浮かぶ唇へ手を遣った。呼び捨て・タメ口の約束を取り付けられ、たどたどしい会話が続く。

『今夜、時間あるならメシでも食おうぜ』

よし、やった!と空いている手を握り締める。時間と場所を決めて「それじゃ、後で」なんて平静を装い、通話を切った。

何を着ていこう。何を話そう。こんなに嬉しい悩み事って、あんまりない。


待ち合わせは午後8時。暴走族と走り屋の区別がつかないであろう親には『友達とごはん食べて遊んでくる』と適当に言っておいた。大学が決まってからはわりと放任、されているように思う。

春も間近の3月とはいえ、山の方は冷えるだろう。バッグと厚手のパーカーを助手席に置き、夢子はそろそろとガレージを抜け出す。


『駐車場にいるから見つけてくれよ』

約束の時間にはまだ余裕がある。ファミレスの看板が見えたところで電話をかけると、彼はそれだけ言って通話を切った。

ランエボならすぐに見つけられるだろう。好きな人が乗っている車なら、尚更。

思った通り、彼の車はすぐ目に留まった。駐車場のいちばん奥に停められた白い車の傍ら、清次は煙草を吹かしているようだ。

夢子はスペースを一つ空け、慎重に駐車した。もっと早く、上手く駐車できるようにならないといけないな。

反省しながら愛車を降りた夢子は、清次の元へ駆け寄った。彼の足元には吸殻が数本散らばっている。

「すみませ……遅れて、ごめん」

「おう」

夢子はどちらかといえば背が低い方だが、彼は背が高い方だろう。向かい合って視線を合わせようとすると、夢子は彼を思い切り見上げるような格好になる。

清次は夢子を見下ろして「首痛めるなよ」と軽い苦笑を浮かべた。

「あの……けっこう、待った?」

「オレが早く着いただけだから気にすんな。メシ食おうぜ、腹へった」

足早に店内へ向かう彼の後ろについていく。その際、夢子のためにドアを開けておいてくれた。レディーファーストとかはよく分からないけど、素直に嬉しいと夢子は思う。

「いらっしゃいませ、二名様ですね。お煙草は吸われますか?」

清次は後ろの夢子を振り返り「どうする?」と問うた。気を遣ってくれているのだろう。夢子は束の間逡巡して「どっちでも、大丈夫」と小さく答える。

「そっか。じゃ、喫煙席で」

「かしこまりました。喫煙席、二名様ご案内です」

「いらっしゃいませー」

店内は混んでいるようで賑わっている。ガラスで囲われた喫煙席は、薄っすら白く霞がかっているように見えた。いつもは禁煙席派の夢子だが、彼が煙草を吸う姿は好きだった。

「なぁ、夢子は何でランエボ乗ってんだ?」

案内された席へ腰を下ろすなり煙草を取り出して清次が訊いた。夢子は広げたメニューから視線を上げ、彼の手元を見つめる。

「えーと……カッコイイから、かな」

「ハハ。わかりやすいな」

「清次……は、なんで?」

名前を呼び捨てにするだけで、心臓が口から飛び出しそうになる。メニューを置き、水の入ったグラスを掌で包んだ。

顔が火照っているように思えた。意識しないようにすればするほど落ち着かなくなる気がして、水を一口こくりと飲み込む。

「たしかにカッコイイよな。それに、キレイだろ」

「うん。何て言うか、無駄がなくて……戦うために生まれた車って感じがする」

「そうそう。わかってんじゃん夢子

嬉しそうに煙草を吹かす彼に誉められたような気がしてくすぐったかった。

友達が言うように清次は背が高くて体が大きいから一見怖いかも知れないが、実際に話してみるとそんなことはなく、意外と人懐こい印象を受けた。


「いろは坂って、たしか一方通行なんだよね」

ドリンクバーから戻ってきた夢子がソファへ浅く腰掛ける。味見程度にグラスへ注いだドリンクに浮かぶ氷を、ストローで突きながら清次へ訊いた。

「ああ、上りと下りがそれぞれ一方通行。行ったことないか?」

「んー……自分で運転して行ったことはない、かなぁ」

「そういや夢子は免許取り立てか」

「今月やっと高校卒業したんだから。まだぜんぜん若葉マークです」

「免許取って初めて乗る車がランエボかよ。度胸あるな、お前。……ま、しばらくはノーマルのままがいいよな」

向い合せに座る窓際の席からは、駐車場に停めた二台の車が見える。今日、スペースを一台分空けたその距離は――いつか、縮められるだろうか。できれば、彼のすぐ隣へ。

「あれ、やっぱり改造してるんだよね。チューニング、っていうんだっけ。どんなふうにやってるの?」

「そうだな……言葉で説明するのは難しいから、今度隣に乗れよ。その方が、自分の車との違いもわかるだろ」

突然の〈約束〉に頷く。清次にしてみれば取るに足らない些細な提案かも知れないが、夢子はとても嬉しかった。ストローをくわえながら自然と頬が緩む。

夢子、何ニヤニヤしてんだ?」

「――べ、べつに、なんでもないけどっ」

指摘されて急に恥ずかしくなった夢子は、ほとんど空になったグラスを掴んで立ち上がる。鼓動と同じ速さで、指先が微かに震えた。



混み始めたファミレスの駐車場、二台の前に立った清次が「離れないでついて来いよな」と夢子へ投げ掛けた。

「ふつーに走ってくれるよね……?」

「初心者相手なんだ、当たり前だろ」

フロントガラスの隅に申し訳なさそうに貼られた初心者マークを指し、清次が苦笑を漏らす。

車に乗り込んだ清次を見遣り、夢子も愛車のシートへ身体を埋めると――間も無く彼の猛ったエンジン音が夢子へ届く。何かを決意するように一度深呼吸をして、夢子もエンジンを始動させた。


「あれ『ドリフト』ってやつ?」

明智平駐車場へ着いた途端、愛車から飛び出した夢子が清次に駆け寄っていく。

「何だ、知ってんのか」

「ドリフトくらい知ってるよー!」

やり方とか原理とかはよくわかんないけど、と夢子が唇を尖らせる。

「練習すれば、夢子にもできるようになるぜ」

「ホント?やってみたい!教えてね」

「ああ」

ニコニコ笑う夢子とそれにつられて笑顔になる清次の元へ、エンペラーのメンバーがやって来た。

「清次が女連れなんて、珍しいこともあるもんだな」

「キレーに乗ってんだなあ。見た感じノーマルだけど、結構イジってんの?」

自分より数段背の高い男性達に囲まれた夢子は――はしゃいだことを反省しながら――おどおどと清次の背中へ身を隠す。

「あれ、隠れちゃった」

「アメあげるからコッチおいでー」

「何やってんだよお前ら。夢子ビビっちまったじゃねぇか」

しっしっと清次が追い払うも、彼らは夜更けの明智平には珍しい〈女性客〉に興味津々のようだ。覗き込み、しつこく声を掛けている。

夢子ちゃんていうんだ。こんばんわ。学生?」

「おい清次、この子どこで拾ったんだ」

「バカ言うな。この前椎坂峠で会ったんだよ」


夢子はパーカーの袖を指先で弄りながら様子を伺っていたが、背後から突然聞こえた大きな音に首をすくめる。

「……なに、今なんか、爆発……?」

「ああ、京一だろ。もう近いぜ」

清次の言葉通り、すぐに黒いエボ3が姿を現した。駐車場の中央に停められた車の運転席から降り立つ人は、清次と同じか――それ以上にガタイのいい男性。

彼はまるで異質なモノを見るような眼で夢子を一瞥した。射るような視線を逸らせずに立ち尽くしていた夢子は、泣きそうな顔で清次の腕を引く。

「ヤバイよあの人……絶対何人か沈めてるよぉ」

清次は吹き出し散々咳込んだ後、京一に声を掛ける。

「こいつ、夢子ってんだけど。ウチに入れてもいいよな」

「ほう。その赤いのがお前の車か」

質問は自分に向けられたものだと夢子は解っていたが、言葉が出てこなかった。辛うじて一度頷き、清次の背中から決意を込めて答えた。

「……まだ初心者ですけど、私の、車です」

「そうか。速くなりたいか」

「……はい」

夢子といったな。俺は須藤京一。歓迎するぞ」

差し出された右手を恐る恐る握ると、力強く握り締められた。痛くはないけれど、〈捕らえられた〉ような感覚が身体を貫く。

「そんなところに隠れていないで出て来たらどうだ。取って食うつもりはない」

言葉を反芻している間に、夢子は京一の腕の中に居た。夢子が自分の置かれた状況を理解し、金魚のように口をぱくぱくさせているうち、京一はメンバーに何やら指示を出してしまっていた。

それぞれが車に乗り、ホームコースを走り込む為に駆け出していく。その結果、夢子はいろは坂の〈皇帝〉と二人きり。


「あ……あの、須藤さん、」

「京一でいい。コーヒーと紅茶、どっちが好みだ、夢子

「……コーヒーです……。って京一さん、あの、私――」

「清次に惚れてるのか」

寒いのに、顔だけがぐんぐん熱くなっていくのがわかる。これではいくら否定しても無駄だろう――観念した夢子は小さく頷いた。

「何で清次なんだ。夢子なら、もっといい男を捕まえられるだろう」

目の前に差し出されたのは温かいカフェオレの缶。夢子はぺこりと頭を下げて受け取る。

「えと、あの……私にも、よくわからないんですけど……」

どうして清次が好きなのか、という問いへの答えはまだ見つからない。夢子自身が自分の気持ちに途惑っているからだ。

「背が高いとか、こんな仕事してるとか、なんていうか……そういう、条件みたいなので好きになったわけじゃない、んだと思います」

自販機の隣にあるベンチに腰掛けた夢子は、ぽそぽそと呟いて手中の缶に視線を落とす。

「気付いたらもう、……好きに、なってました」

そう宣言した後で恥ずかしくなったのか、パーカーのフードをすっぽりと被ってしまった。

「あいつは鈍いから、待っているだけでは気付かれないぞ」

「……そう、なんですかねぇ……」

「あまり女に縁がない奴だからな」

「……はぁ……」

遠くから咆哮のようなスキール音が聞こえてくる。気温は随分下がってきたようだ。吐く息の白の濃度がそれを物語っている。

隣に座った京一の大きな手へ視線を遣った夢子が「京一さんて、モテそうですね」と呟いた。

「そう見えるか」

「はい。今なんとなくハーレムが浮かびました」

夢子の勝手な想像に苦笑を漏らした京一は「俺は惚れた女一筋だぞ」と言い切り、コーヒーをぐいと呷る。

「私だって、好きになったらその人一筋ですよ?」

温かい缶を握り締め、夢子はくすくすと笑う。可愛らしい笑顔が咲き、京一はひとつ息を吐いた。

「今すぐ夢子をさらって行くことも出来るが――」

「え……なんですか?」

夢子に惚れたということさ」

夢子が被っているフードに京一の手が触れる。それを外し、少し乱れた髪を梳くと――夢子がようやく言葉の〈意味〉を理解したようだ。

思案顔からみるみるうちに頬が染まっていく。季節外れの紅葉に、京一が目を細めた。

「……や、あの、私が好きなのは、清次ですから……」

途惑いがちの口調、焦るように目が泳いでいる。再び俯いてしまった夢子を、心底面白そうに眺め京一は笑った。

「解ってるさ。恋路の邪魔をするつもりはない。残念だが諦めることにする」

夢子の頭を軽く撫でて京一が呟いた。どこまでが本当なのだろう。京一の真意は、先程会ったばかりの夢子にはさっぱり読めない。


「時間は大丈夫か」

京一の問い掛けに慌てて携帯を見ると、日付が変わろうとしている。家族に帰宅時間も行先も告げていないことを思い出した。

いくら〈春休み〉とはいえ、連絡もせずに遅くなっては心配するだろう。夢子は「そろそろ帰りますね」と携帯を握り締める。

「ああ」

「……でも……戻ってくるまで待ってたいな……」

「清次には俺から言っておく。いつでもここへ来ればいい」

「それじゃあ、私……また来てもいいんですか?」

「勿論。お前もメンバーなんだ」

ちょっと待ってろ、と愛車に向かった京一が、戻ってくるなり夢子に差し出したのはチーム名のステッカー。

夢子一人で走るには心配だからな。こいつが魔除け代わりになる筈だ」

「ありがとうございます、京一さん」

「何かあったらすぐ連絡しろよ」

そう言って京一が差し出した携帯のディスプレイには、オーナー情報として11桁の番号が表示されていた。夢子はそれを自分の携帯へ登録し、一度だけコールする。

「ステッカー、貼っていきます」

歪まないように、捩れないように。慎重に貼ったその場所は、リアガラスの左上部。

「清次と同じ場所か」

照れ笑いを浮かべて夢子が頷く。染まった頬に、改めて彼女の気持ちを知らされた。

名残惜し気に運転席から手を振る夢子へ、京一も苦笑しながら手を振り返す。最後に「ありがとーございましたー!」と残し、夢子が乗る緋色の愛車は明智平を後にした。



「……なあ京一。夢子、もう帰ったのか?」

「ああ、ついさっきな。途中で見なかったか」

「会ってねぇ。横に乗っけてやろうと思ってたのによ……」

眉間にシワを寄せてぶつぶつと呟く清次を、京一が愉しげに見遣る。こいつ、本気で夢子に惚れてるな。

「ぼやぼやしてると俺が貰うぞ」

「――なっ、何言ってんだよ京一」

悪びれもせず「冗談だ」と笑った京一は、清次に背を向け愛車へ乗り込む。嘘とも本気とも取れる口振りだと清次には感じられた。明智平駐車場の真ん中で、清次は頭を抱えて大きな溜息を吐いた。


夢子から『今日はありがとう』というタイトルの(妙に長い)メールが携帯に届いたのは、午前2時半を回った頃。ベンチで煙草を吹かしていた清次は、それを目にして表情を緩める。

『またいろは坂に行くね!京一さんがいいって言ってくれたんだ♪』

ちくり、心に小さな棘が刺さった。夢子が綴る文章から京一の名前が出るたび、醜く淀んだ気持ちが澱となり――身体の奥底へ溜まっていくようだ。

『おやすみなさい』で締められたメールを読み終えた清次は、何かを吹っ切るように勢い良く携帯を閉じる。澄んだ夜空に高い音が響いた。



いろはもみじ (2/2) #

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