Midship Runabout 2personS (2/2)
平日の深夜。明智平駐車場に向かったカイは、そこに数人が居るのを確認した。
数台在る車は全てランエボ。エンペラーのメンバーに間違いないだろう。
彼等と仲違いをしているわけではないが特別親しいわけではなく、これといって話すこともない。
MR2を駐車場の入口近くに停車させ、運転席から降りるとカイは静かにドアを閉める。
明日の講義は午後から。今日はとりあえず6時くらいまで粘ってみようか――
「小柏」
不意に後ろから呼ばれてカイが振り向いた。
「須藤――さん」
「最近赤いMR-Sにご執心のようだな」
「……知ってるのか」
「まあな。それで、もう済んだのか?」
「――何が」
「決まってるだろう。バトルだ」
「……いや」
「そうか」
京一はカイの答えに、興味を失くしたとでも言うように背中を向ける。縋り付くような気持ちでカイが問い掛けた。
「どうして、そんなこと聞くんだ。知り合いなのか?」
「何度か見掛けたが、手合わせは一度だけだ」
「……彼女と、ここでバトルを?」
肯定とも否定とも取れる溜息が、京一の唇から零れた。それは薄っすらと白く上る。
振り返った京一は束の間カイを見遣り、すぐに視線を外した。
「何だよ。教えてくれ」
「俺からはこれ以上言えないな。後は本人に聞くといい」
嘲笑うように口角を上げた京一が、レザーブーツの踵を鳴らしてカイから離れた。
須藤は、オレが知らない夢子を知っている。
須藤は、夢子とバトルを――
きつく唇を結ぶと、口中が砂を噛んだようにざらついた。
カイは苛立つ気持ちをどうにか抑え、MR2に飛び乗ると乱暴にドアを閉めた。車内の静寂に耳が痛くなる。堪らずステアに突っ伏した。
オレは会いたいんだ、夢子に。夢子が、好きなんだ。
夢子がバトルを拒否するならそれでも構わない。今度会えたら理由を聞いて――きっぱりと、諦めよう。夢子のこと。
夢子と初めて会った場所は、哀しい思い出の場所になりそうだ。
黒髪平駐車場。時刻は午前4時半になろうとしている。
大きなあくびが漏れ、吐いた息が白く上った。冷え切った空気に鼻腔がツンと冷える。
「帰るかな……」
ぽつりと零れた自分の言葉、我ながらひどく頼り無く感じて苦笑した。
また明日、講義が終わったらここに来よう。夢子に会えるまで何度でも。
遠慮がちにクラクションが鳴らされてカイは我に返った。
振り向いたカイを、MR-Sのヘッドライトが照らす。一瞬目が眩み、何度か瞬きをしているうちにMR-Sのエンジン音が止んだ。
「カイくん、何してるの?」
運転席から降りた夢子が、特別驚いた様子もなく問うた。
ずっと、会いたいと思っていた。それなのに、夢子を目の前にしたカイは途惑いを隠せないで居る。
「オレとはバトルしたくないっていう、理由を聞かせてほしい」
切羽詰ったようなカイの口調に、夢子は少し怒ったような、困ったような表情を浮かべている。
夢子を責めているような気がしたが、そんなことに構っていられなかった。余裕なんて、夢子と初めて出会ったあの時から失くしてる。
「バトル自体が嫌なわけじゃないだろ?須藤と、したって……本人から、聞いたんだ」
「そう。あの人、意外とお喋りなんだね」
「夢子、どうしてオレとは、」
「――もう!そんなの集中できないからに決まってるでしょッ!」
痺れを切らしたように夢子が言い捨てた。理解出来ないといった表情のカイに向けて、夢子が言葉を続ける。
「……だから!カイくんとバトルしても、私が集中できないから!」
「それは、オレがMR2に乗ってるから?」
「……間違ってないけど……」
「オレが、小柏健の息子だから?」
「……なんで健さんが、」
「夢子は、オレのおやじのこと、――好きだから?」
「へ?」
呆気に取られたように、夢子は目を丸くしてぽかんと口を開けた。
「――え、ああ、健さんのことは勿論好きだけど」
「やっぱり――」
「……カイくん誤解してる。健さんが好きってのは、尊敬してるって意味で――」
「尊敬……」
「あのね、カイくんとバトルしたら集中出来ないって言うのは、その」
夢子は唇を結んで、カイが思っていたよりもはっきりと。
「私――カイくんのこと好きだから」
今度はカイが呆気に取られた。
「は……?」
混乱して、次から次へ感情が溢れ出しそうになる。
「カイくんが好きだから……追っても追われても、バトルに集中できない。そんなの相手に失礼だと思ってる。それに――もし私が事故なんか起こしたら、色んな人に迷惑掛けるでしょ?だから、私はカイくんとはバトルできないの」
慎重に言葉を選ぶように、夢子がゆっくりと想いを紡ぐ。カイは自分に向けられている強い眼差しを、ただ純粋に美しいと思った。
「ごめんね。でも、誘ってくれて嬉しかった。さよなら」
カイから視線を外して俯き、やけに明るく夢子が言った。夢子の声は微かに震えていた。まるで、泣き出す直前のように。
背を向けようとした夢子の手首を掴み、思い切り引き寄せる。夢子は足をもつれさせ、自然とカイに身体を預けることになった。
きつく抱き締められた夢子はカイの黒いジャケットに触れた後、心底驚いたように息を飲んだ。
「行くな、夢子」
「……カイくん?」
「さよならなんて、言うなよ。もう会えないみたいじゃないか」
「――ごめん」
「ずっと夢子に会いたかった。探してたんだ」
夢子の耳元で、少し掠れたカイの声。抑えきれない心臓の鼓動。熱を持つ頬。
「カイくん――苦し、」
「あ、悪い……」
思っていたよりも腕に力が入っていたことに気付く。力を緩めてみたものの、そのまま夢子を離してしまうのはあまりに――惜しい。
「ごめん、夢子。もう少しだけ……こうさせて」
そっと顔を上げた夢子を、カイは再び腕の中へ閉じ込めた。
明智平駐車場。
自販機横のベンチに腰を下ろした京一が、ジャケットから煙草とオイルライターを取り出した。
開封したばかりのパッケージから一本取り出し、ライターを右手にフリント・ホイールを回転させる。
着火した炎をゆっくりと煙草に点しながら、随分前のことのように感じる"あの"出来事を思い返す。彼女との接触はたった一度だけ。
今と同じように、空が表情を変えつつあった。時刻は午前5時頃だっただろうか。
いろは坂の"皇帝"からライトパッシングを受けても、全く動じないMR-S。
比較的安定した挙動を後ろから眺めているうち、京一の口元に笑みが浮かんだ。何故か、追い抜いてやろうとは思わなかった。
前方のMR-Sは避けるわけでもなく逃げるわけでもなく、一定のペースを保ちながらステアを切っていた。
双方にバトルの意思がないのなら、それはただのドライブと変わらない。勝負でないのなら、勝敗など決められない筈だ。
ここ――明智平駐車場で顔を合わせた時、京一にはピンときた。彼女が誰かを探していること。その相手は残念ながら、自分ではないこと。
「誰を探している?」
「青の、MR2」
「目的はバトルか」
「違う。ただ会いたいだけ」
それを聞いた京一はすぐに、彼女――夢子の想いを理解した。
「俺は、お前に協力するべきか?」
京一の問いに対し、夢子は静かに首を振る。会話はそれで充分だった。
俺は結局――小柏カイと田中夢子――2人を煽ったことになるのだろうか。
ライターのリッドを閉めて静かにベンチに置き、京一は大袈裟な溜息を吐いた。吐息は細い紫煙を揺らすと白く濃く立ち上ってすぐに消えた。
「夢子が、いつか気が向いたらオレとバトルするって約束しないか」
名残惜し気に身体を離すと、カイが右手の小指を掲げた。それをしばし見つめ、夢子は苦笑するように肩をすくめる。
「すごく曖昧な約束だと思うけど。カイくんが、それでいいなら」
夢子の冷えた小指が、カイの小指にそっと絡められた。
「サンキュ」
照れるように笑ったカイは、そのまま夢子の掌を包む。
「夢子がオレより先におやじに会ってるってことが、なんか悔しいけど」
「でも……健さんと会ってなかったらきっと、カイくんにも会えなかったよ」
「そうかもしれないけどさ。あと、須藤も」
「あー。あの人に張り付かれたときは結構怖かった。襲われるかと思ったもん」
「襲われ……」
真顔で考え込んでしまったカイを見遣り、夢子は自分の言葉を反芻した後こっそりと微笑った。
「オレ、須藤のこと嫌いになりそう」
ぽつりと呟いたカイに、夢子が俯いて肩を震わせた。笑いを堪えているようだ。
「何?夢子、オレなんか変なこと言った?」
「ごめん。カイくん可愛いこと言うなぁと思って」
夢子が顔を上げ、意地悪くニンマリと笑う。
「……オレが年下だからってバカにすんなよな、夢子」
「してないよ〜」
「嘘つけ。絶対してる」
「ほら、そーいうのが可愛いんだってば」
繋いだ手に軽く力が込められ、カイの心臓が鳴った。
「……そうだ。夢子、いつもこの時間に走ってるのか?」
「うん。仕事から帰って寝て、それから走りに行くから……大体4時くらい」
「それじゃ、豆腐屋と同じか」
「お豆腐屋さん?」
「そう、走り屋で豆腐屋。秋名にハチロクで配達する豆腐屋が居るんだ。早朝豆腐積んで山上って、帰りは全開ダウンヒル」
「見てみたいなぁ。カイくん、そのお豆腐屋さんとバトルしたことあるの?」
「この間、ここで一度。見事に負けたよ」
「そっか」
「でも、あいつとは――またどこかで会える気がするんだ」
夢子が細い溜息を吐く。
「……どうかした?」
「ちょっと、いいなぁって」
「何が?」
「お豆腐屋さん、カイくんに思われてるって感じ。羨ましい」
「思うって……そういう意味じゃないけど」
「青春だねぇ」
しみじみと噛み締めるように夢子が呟いた。困ったように頬を掻くカイを見遣り、夢子は指先でそっとカイの唇に触れた。
「今は私のことだけ思ってて」
悪戯っぽく夢子が笑う。この笑顔を離したくない――カイは切にそう思い、夢子の腰を抱き寄せた。
澄み切った空気の中、朝陽がふたりと2台を照らしている。
[Midship Runabout 2personS] END.
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※タイトル
・MR2 (Midship Runabout 2seater)
・MR-S (Midship Runabout Sportsopencar)
お題:好きな人
2007/11/30 up.
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