KISS OF LIFE (3/3)
「よぅ」

「あ、トモさん!」

「久し振りだな大輝」

「はい。この間のレース、お疲れ様でした」

「まァ何とか勝てたけどな。これ、差し入れ」

「やった!いっただきまーす!」

「コーヒー淹れますね」

「悪いな酒井。夢子来てるか?」

夢子ちゃんなら事務所にいると思いますけど……」

「トモさん夢子ちゃんのこと知ってんすか?うわ、うまそー!」

いそいそとケーキの箱を開けた大輝が歓声を上げた。


「まァ、ちょっとな。大輝、モンブランは夢子のだから手付けるなよ」

「はーい」

給湯室でコーヒーの用意をしながら酒井は思案に暮れた。智幸と夢子は一体どういう関係なのだろう。



「トモ兄!」

トレイに乗せたコーヒーカップを運んでいくと、夢子の弾んだ声が聞こえた。

「トモさん、キャバクラじゃないんですからー」

智幸の腿の上に夢子がちょこんと座っている。危うくトレイを落としかけた。


「ツナギ似合ってるな。なかなかサマになってるぞ」

「でもちょっと大っきいんだよ……」

「可愛いじゃないか。コレは、夢子への土産」

「え?いいの?」

夢子、コーヒーあんまり好きじゃないだろ?」

「あ、このお茶すごい好き!」

「葉っぱと迷ったんだが……ココにティーポットがあるとは思えなくてな」

「嬉しい。ありがと、トモ兄」

酒井は居た堪れなくなり、トレイを乱暴に置くとガレージへ逃げた。作業に集中しようとしたが出来なかった。

夢子が智幸に向ける人懐こい笑顔が目蓋の裏に浮かんでは消えて。無邪気な笑顔は、社長に向けるそれと同じようなものだったから。



だから。智幸に嫉妬した。



「みっともねぇ……」

立ち尽くして呟くと唇を噛み締める。口中に錆びた鉄の味が広がった。



「酒井」

「――あ、はい」

振り向くとガレージの入口に智幸が立っていた。

「お前、夢子のこと好きだろ」


投げ掛けられた言葉は突然で、予想もしないものだった。一瞬呆気に取られたが、向けられた視線を外して少し苦笑する。


「何、言ってるんですかトモさん」

「お前は――感情を表に出さない奴だと思ってたけどな」

「…………」

「さっき俺のこと、ライバルだって目で見てた」

「っ、何――」

夢子を泣かしたらタダじゃ済まないぞ。あいつは俺の妹みたいなもんだからな」

「……わかりました」

「しっかりやれよ。じゃあな」

智幸は微笑って軽く手を振り、ガレージを後にした。



夢子ちゃんお願い、も一個ちょーだい」

「ダメですよ二宮さん、あとは酒井さんの分ですっ」

「酒井さん甘いモン嫌いだもん。ね、いいじゃん」

ショールームへ戻ると、大輝が夢子に何かねだっているところだった。甘い物好きの大輝のことだ。きっと余ったケーキをせがんでいるのだろう。

右手にフォークを持ち、今にも夢子ごと食べてしまいそうな勢い。

「……別に嫌いじゃないけど」

「あ、酒井さん!トモ兄帰っちゃいましたけど会いました?」

「うん、さっきガレージで」

「そっか。良かったです」

次の瞬間、社長の怒鳴り声がショップ中に響いた。

「こら大輝ー!ちょっと来いっ!」

「げ、もうバレたか……」

「?何かやらかしたのか大輝」

「大したコトじゃないっすよ。……伝票のケタ間違えただけですもん……」

「……たっぷり絞られて来い」

「うぅ……」

ベソをかいて社長の待つ事務所へ走って行った大輝を見送ると、夢子がおずおずとケーキの箱を差し出してきた。


「あの……ケーキ、食べませんか?トモ兄のお土産なんです」

残っているのはモンブランとチョコレート。

夢子ちゃんモンブラン好きなんだろ?トモさんが言ってたよ」

「あ、でも……どっちも好きですから。酒井さん好きな方どうぞ?」

暫し考え込んでしまった酒井を、大きな瞳で見上げてくる夢子



そんな顔で見つめられたら理性なんて簡単に飛んでしまう――



「良かったら半分こにしますか?」

「――ああ、そうだね」

辛うじて踏み止まって、ぎこちなく笑った。

「コーヒー淹れます。待っててくださいね」

休憩室として使用しているスタッフルームに行くと雑然としていた。急に"ふたりきり"を意識してしまい、体温が一気に上がったのを感じる。

「中学生じゃねぇっつの」

自嘲気味に呟いたところで上がった体温は下がらず、酒井は苦笑を漏らした。


「酒井さんはお砂糖入れないで、ミルクひとつですよね」

夢子の声に心臓が跳ねる。

「ああ。ありがとう」

好みを覚えてくれていた、ただそれだけのこと。"特別"なんかじゃない。

プラスチックのカップホルダーを受け取って、微かに触れ合う指先がジンと痺れた。


「半分こに切ってもらえますか?」

夢子から渡されたのは果物ナイフ。右隣に座り酒井の手元を見つめている。

「いただきまーす」

にこにことケーキを頬張る夢子。幸せそうだ。


ケーキって、しばらくぶりに食べたけど――こんなに甘かったっけ。


チラリと隣の夢子に目を向けると、唇の横にチョコレートクリームがついていた。

「クリームついてる」

微笑いながら指摘すると夢子は頬を染めて慌てふためいている。スイ、とクリームがついた唇に触れると夢子は硬直した。

「……ごめん」

「な、何がですか?」

夢子ちゃんは――トモさんが、好きなんだろ」

「え――」



シンと静まり返るスタッフルーム。空気が一瞬で重くなる。自分のせいなのに酒井はひどく哀しくなった。



「あたし、好きなひといますから」

暫く続いた沈黙の後、夢子が呟いた。

「ぶっきらぼうで口数少なくて、でもホントはすごく優しくて――インテRにターボ乗せちゃうようなひと、です」

また、静かになる。ガレージからEP3のシャシダイ計測の音が微かに聞こえた。夢子が組んだエンジンが、目を覚まそうとしている。



カップから立ち昇る湯気は大分減っていた。



「先を越されたか……」

酒井は苦笑しながら大きく息を吐く。

「俺から告白しようと思ってたんだけどな」

きょとんとしている夢子に体を向けて真っ直ぐに言った。



「俺も、夢子ちゃんが好きです」



俺の声は多分、震えていただろう。

「……ほんと、ですか?」

「うん。ホント」

「ほんとに、ほんとですか?」

「ホントにホント。好きだよ、夢子

堰を切ったようにポロポロと涙が零れた。彼女の頬を伝うそれを、親指でそっと拭う。

「俺と付き合ってくれないかな」

「……はい」

小さな声で夢子がこくりと頷く。俺の心臓は壊れそうな程激しく鳴っていて、正直なところ呼吸すらやっとだった。

「社長にブッ飛ばされそうだな……」

やっと夢子が笑う。

「あたしも一緒に殴られるから、大丈夫ですよ」

テーブルの下でこっそりと握り合った手に力が入る。そっと触れた夢子の唇は、甘い、甘い――チョコレートの味がした。





[KISS OF LIFE] END.

KISS OF LIFE (2/3) *

2004/12/04 up.


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