KISS OF LIFE (1/3)
「明日の午後から職場体験で高校生一人来るからな」

「は?」

栃木県某市。チューニングショップ東堂商会、閉店後のスタッフミーティング。社長の突然の言葉にスタッフ全員がぽかんと口を開けた。

「何すかそれ」

「急に言われても困りますよー」

「忘れてたんだよ。大したことするわけじゃねぇんだから気にすんな。男ばっかで殺伐としたこの空気を何とかしてくれると思うぜ」

「てことは女の子なんすか!」

大輝が目をキラキラと輝かせて社長に飛び付いた。

「ああ」

「やった!本物の女子高生っ!!」

「ちなみに俺の姪っ子だからそのつもりでな」

一瞬にして重い沈黙が満ちる。

「……そう、なんですか……」

先程のはしゃぎっぷりから一転、大輝はがっくりと肩を落とした。


「エンジン組むのが好きでな。これがまたいいセンスしてんだよ」

デレデレと話す社長。姪っ子が可愛くて仕方ないのだろう。

「そいつには雑用全般と接客、簡単な整備をやらせる。将来は東堂商会の看板を背負うことになる奴だ」

「もう決まってんすか?」

「いや、俺の希望。大学でやりたいこと見つけるかも知れないだろ。正直、お前らの給料の倍出しても他には渡したくない。ま、そんなわけだからよろしく頼むわ」

「はい」



ロッカールームは"社長の姪"の話題で持ち切りだった。

「社長の姪っ子だろー?なんかゴツイの想像しちゃうけどなー」

「意外と可愛かったりして」

「期待するとヘコみそうだよな」

「酒井さんはどう思います?」

「エンジンのセンスあるっていうのが気になるよな」

「え、そっちすか?」

「酒井らしいけど、確かに女子高生がエンジン組むの好きって変わってるよなー」

「さすが東堂社長の姪って感じですけどね」



「はじめまして。東堂夢子です。今日からしばらくお世話になります。ご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いします」

かっちりとしたブレザーに身を包んだ小柄な彼女はぺこりと頭を下げる。ストレートの黒髪がサラサラと揺れた。

「そんな堅苦しい挨拶いらねぇよ」

「組長、これも授業の一環ですから」

「……組長……?」


スタッフの苦笑が漏れる。東堂社長にぴったり――似合い過ぎ――の呼び名。


夢子、それ直せって言ったろ」

「ちっちゃい頃からの癖だもん。もう直んないよ」

ぷくりと頬を膨らませて夢子は笑った。仕方ないな、といった表情で社長が夢子に袋を渡す。

「これに着替えろ。スニーカー持って来たか?」

「もちろん持ってきました」

夢子はスカートを翻してロッカールームへ向かった。5分後、ロッカールームから出てきた夢子は赤いツナギを着ていた。裾や袖が少し余っている。

「組長、コレ大っきいです……」

「それが一番小さいサイズだ。Sだぞ?制服汚すよりいいだろ」

「絶対メンズサイズだ……」


伝票整理をしていた酒井は、夢子に向ける大輝の熱い視線に気付いた。

「どうしたんだ大輝」

「いやー、すっげ可愛いっすね夢子ちゃん」

「社長の姪だぞ?」

「カンケーないっす!」

なんだかやたらと燃えている。

「……まァ精々社長にブッ飛ばされないようにな」

苦笑して電卓を叩いていると、俯いた視界に赤い影が入る。

「あの、お手伝いしますから何でも言ってください」

黒髪を2つに結んだ夢子が、余り気味の袖を気にしながらおずおずと話し掛けてきた。

「ありがとう。これはもう終わるから――」

「もうすぐお客さん来るからコーヒー淹れてくれる?」

大輝が酒井の台詞を遮り、満面の笑みで夢子の肩を抱いた。

「あ、はい……」

「……大輝」

「何すか酒井さん」

無言で目元だけ動かした。大輝が酒井の視線をたどると――険しい顔の東堂社長。

「そうか大輝はボーナスいらないのか」

ボソッと呟く社長の後を大輝が慌てて追った。


「給湯室こっちだから」

苦笑しながら夢子を案内する。夢子は酒井の少し後ろからとことことついて来た。

(何だっけ、これ……。あ、刷り込みだ)

刷り込み――インプリンティング。生まれたばかりの鳥の雛などが、最初に見た大きな動くものを親だと認識する。その姿はどこか危なっかしく、守ってやりたいという感情を思い起こした。


「あの、お名前教えてください」

給湯室でコーヒーメーカーの操作法を教えていると、夢子が見上げてきた。

「さっきのが二宮。俺は酒井」

「酒井さん。……二宮さんっていつもあんな感じなんですか?」

「女好きならあいつの右に出る奴居ないかな」

苦笑してミルクと砂糖の場所を示す。

「襲われそうになったら助けに行くから、いつでも呼んで」

「……はい」

眉根を寄せて俯いてしまった夢子を見て酒井は笑んだ。

「脅かしてごめん。あいつはそんなことしないよ」

随分低いところにある夢子の頭をぽんと撫でる。みるみる頬が赤くなっていくのを眺めていた。

「酒井さーん!勅使河原さん来ましたよー!」

大輝の大声が響いた。

「初仕事。コーヒーよろしく」

もう一度夢子の頭を撫でて給湯室を後にする。



酒井の鼓動はひどく高鳴っていた。



勅使河原氏は東堂商会のお得意様でスープラのオーナー。

栃木県内のサーキットをメインに、各地の走行会でかなりのタイムを叩き出している凄腕だ。来店以来、酒井を贔屓にしてくれている。

「こんにちは。調子どうですか?」

「いいよー、もてぎにもしのいにもハマる。踏めるしホント気持ちイイ。さすが酒井くん」

「ありがとうございます」



「し、失礼します。コーヒー、お持ちしました」

緊張気味の夢子がトレイを手にしてやって来た。

「あれ、女の子入ったの?」

「今日から職場体験なんですよ」

「よろしくお願いします。東堂夢子です」

「へぇ、なんか得したなー」

頬が緩むとはこのことだろう。

「ミルクとお砂糖はおひとつずつでよろしいですか?」

「うん、ありがと。そっかー夢子ちゃんかぁ。オレ通っちゃおうかなぁ」

彼はニコニコとコーヒーを啜った。


「勅使河原さん、ターボの件なんですが――」

「あ、うん。酒井くんに任せようと思うんだ」

「本当ですか?」

「正直言うと、さっきまで迷ってたんだけどね。夢子ちゃんが淹れてくれたコーヒーが美味しいから決めたよ」

「ありがとうございます。すぐに見積もり出しますね」

以前から打診していた大きな商談がまとまった。夢子のおかげ……かも知れない。



夢子が東堂商会に来てからというもの、曜日に関わらず客足が途絶えることはなかった。ボルトオンターボ、フルエアロ、ROMチューンなどの契約が次々に成立していく。

「招き猫みてぇなモンかな」

社長もご満悦だ。

夢子はそんなことを知らず、今日も赤いツナギでくるくると働いている。

「組長ー、セクシーハウス様からお電話ですー」

「あぁ?何だそりゃ」

「社長……。どこの店すか」

「知らねぇよ。夢子、先方はホントにそう名乗ったのか?」

「私にはそう聞こえましたけど……」

夢子は保留音の流れる受話器を社長へ手渡した。

「お電話代わりました、東堂です」

スタッフ一同が固唾を飲んで見守る中、社長は和やかに話し受話器を置く。そして大きく溜息を吐いた。


夢子。『積水ハウス』って言ってみろ」

「……セキスイハウス……」

「まぁ似てるっちゃ似てる、かもな……」

「ごめんなさぃ……」

呆れ顔の社長にぐりぐりと頭を小突かれて赤面する夢子

夢子ちゃんて天然?」

「マジ持って帰りてぇ」

スタッフからの評判も良く、一週間も経たないうちに夢子は東堂商会の看板娘になっていた。



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