NITRO GANG (2/2)
「ん……何だコレ」
リアウィングを眺めていた慎吾が、テールに貼られた小さなステッカーに気付く。
[ポコチーノ]
純白の文字で、それだけ書かれているシンプルなステッカー。
「……夢子、コレ何だ?」
「何ですか?」
少し面倒臭そうに夢子がやって来て、慎吾の指しているステッカーを目にして表情を強張らせた。
「……それはこのコの名前です……」
「おま、このセンス何だよ!カプチーノがポコチーノって!」
我慢出来ないといった様子で慎吾が吹き出し、腹を抱えて笑い出した。
「違、あたしが名付けたんじゃないし!」
「じゃあ誰だよ。あ〜ハラ痛ェ」
「……強いて言うなら某掲示板の住民……」
「車に名前つけるスレとかあンのか」
「全然……軽自動車の2シータースレ。あたし酔ってて……いきなり"安価で車に名前つける"とかレスしちゃって」
「ああ。そのレス数の奴を採用とか?」
「……そう。その時スレがもう900行ってて、次スレのこととか話してるのに">>1000頼む"とか……」
「ボロカス言われたろ」
「それが意外と沢山レスついちゃって、あっという間にスレ埋まっちゃった」
「で、1000がソレか」
「……そう」
「気に入ってンじゃねェの?手切りだろ、このステッカー」
「オフ会でもらったの。作ってくれた人に悪いから捨てらんなくて、とりあえず貼ってみたんだけど」
「愛着湧いた、ってか」
「うーん……貼ったはいいけど、剥がすと跡残りそうだからほったらかし」
「へェ」
慎吾が笑いながら携帯を取り出した。
「ちょ……写真撮るの!? ダメだよ!恥ずかし過ぎるって!」
「オレにも良心があるからな。ナンバーは写さねェ」
「そういう問題じゃ――」
夢子の必死の抵抗も空しく、慎吾の携帯から軽快なシャッター音が鳴る。
「ほら。キレーに撮れてンだろ」
満面の笑みで画面をこちらに向けた。……確かに、鮮明に写っている。
「……かなり画素数いいね……」
「この間機種変したばっかだからな。今ンとこ最新機種じゃねェか」
「くっ……羨ましい……あたしのパサパサ……」
夢子が携帯の待受画面――愛車のベストショット――を見せると、慎吾はそれを右手で受け取りしげしげと眺め呟いた。
「こりゃさすがに粗過ぎねーか」
「う、うるさい!返してっ」
携帯を取り返そうと手を伸ばすが、高々と掲げられて届かない。不意に抱き締められて、慎吾の腕の中で呆気に取られる夢子の額へ小さなキスを。
展開が飲み込めないのか、夢子はただきょとんとしている。
「オレの番号登録しとけよ〜夢子」
「……?」
無事に戻ってきた携帯を見ると、発信履歴一覧が表示されていた。いちばん上に、11桁の見知らぬ番号。
「ウソ。いつの間に……」
腕の中の驚いた表情を見遣り、慎吾が微笑う。素直にメモリ登録している夢子の鼻筋をつついて、さてこの後どうするか――と策を練り始める。
ポチポチと文字を打っていた携帯を閉じて、思い出したように夢子が声を上げる。
「今、ものすごく眠い」
「……は?」
「車貸してよ慎吾」
「貸すって……」
「仮眠。リアシートあるでしょ」
「そりゃ、あるけど……」
「あたしの車使っていいから――とりあえず、はなして?」
ねだるように見上げてくる夢子に、つい口元が緩み――腕の力も緩む。夢子は慎吾の腕を解き、愛車から鍵を抜くと慎吾の目の前に掲げた。
「はい、交換。ガソリン入れたばっかだから楽しんできて」
「……第一印象裏切りやがって……」
不満げな慎吾を見遣り、夢子は眠たげな目をこすって囁いた。
「一緒に寝る?」
「!」
「本気にしないでよ。狭いでしょ」
ニヤリと唇を上げて愛車の鍵を鳴らす。夢子から鍵を受け取った慎吾は、渋々ポケットからEG6の鍵を取り出し夢子に渡した。
花が咲くように微笑った夢子が、ふらついた足取りで慎吾の愛車へ向かう。その背中へ、慎吾の苛立った声が飛んだ。
「襲うぞ、夢子!!」
「別にいいけど……寝てる女とヤってもつまんないんじゃない?」
「いや起きろよ!!」
「あたし、寝たらなかなか起きないから」
「クソ……っざけンなよ」
悪態をつく慎吾に背を向け、夢子はEG6のドアを開ける。助手席のシートを倒して後部座席へ寝転がった。案外、寝心地は悪くない。
目をつぶった夢子に感じられるのは、煙草の匂いと、慎吾の匂いと、申し訳程度の芳香剤の匂い。あたしの車の中は、あたしの匂いがするのだろうか――
飲み込まれるように眠りへ落ちていく瞬間、愛車のエンジン音が耳に届いた。
太陽が昇って目が覚めたら、慎吾が運転するあたしの車に乗ってみよう。全部が大きくは変わらないかも知れないけれど、何かが少しは変わる気がする。
温かな夢子の指先が、とうに冷え切った缶に触れた。
[NITRO GANG] END.
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お題:夜
2007/05/18 up.
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