NITRO GANG (1/2)
神様どうして夜は長いの?あたしが眠れないから長いだけ?

何度目になるかわからない寝返りに、目が冴えて、頭の芯が冷えて。春の夜は暖かいのに、指先だけがひどく冷たい。

「今日もダメ、か……」

上半身を起こすと、夢子は枕元の携帯を手にした。


[02:28 am]


サブディスプレイに表示された時間を一瞥し、隣に置いていた照明のリモコンを掴むとスイッチを押した。

ベッドにもぐりこんでから3時間半。チカチカ、と一瞬戸惑うような素振りで、白い蛍光灯が点灯する。

シングルベッド。パソコン兼ダイニングテーブルに椅子が2脚。小さな冷蔵庫とその上のレンジ。

玄関を開けると全てが見渡せる、学生向けマンションの一室――8畳ワンルーム。深夜の住宅街は静まり返っている。



ここ最近、眠れない日が続いていた。眠ることに苦労するなんて思ってなかった。眠らなきゃ、と思うこと自体、眠りが遠ざかる原因だ。

眠くなったら眠ればいい――だけどその眠気が来ない。一睡も出来ない時はさすがにキツイ。

"睡眠欲"は人間の三大欲求だと言う。他の2つは食欲と性欲。確かに食べないと死ぬけど……眠れなくても死ぬのだろうか。

やりたいことはまだ沢山あるし、すぐは死にたくないなぁ。時々、つらいこともあって――いっそ死んじゃいたい、と思うこともあるけれど。死んだら何か変わるかな。


……止めておこう。ネガティブスパイラルにハマると暫く抜け出せない。夢子はベッドから降りると軽くストレッチをした。こうなったら"眠る"ことから離れて、眠くなったら寝よう。


テーブルの上に放られた、愛車の鍵を見遣る。ドライブなら気分転換には丁度いいだろう。頭も冴えているし。

少しだけ遠くへ行って、星とか見て、あったかいココアでも飲んで。そしたらぐっすり眠れるかも知れない。我ながら名案だと思った。

パジャマ代わりのスウェットを脱いで、床に脱ぎ捨てたトレーナーとジーンズに着替える。

誰かに会うわけではないのだから、着飾ったって仕方ない。運転するならラクな格好が一番だ。

財布と携帯電話をポケットに突っ込んでスニーカーを履いた。履き慣れたスニーカーは足に馴染んで心地良い。

玄関に鍵を掛け、そろりと階段を降りる。足音は意外と響くので、深夜はお静かに。



愛車は駐車場の隅で大人しく夢子を待っていた。通学や買物のお供。友達を乗せようにも助手席しかないので不評だけど。

メタリックに輝くディープブルーのカプチーノ・EA11R。大学から程近い中古車ショップで、たまたま見掛けた車。

走行距離が9万kmを超えているというその車は、ピカピカに磨き上げられて次のオーナーを待っていた。

ワンオーナーで禁煙車、ETCも付いてホントお買い得ですよ――とスタッフが営業スマイルでまくし立てる。

とりあえず、と軽い気持ちで試乗して――店に戻る頃にはすっかり虜になっていた。

「これ買います!」

手続きは面倒だったけど、自分の名前が記載された車検証を手にした時の喜びで帳消しになった。

そういえば、父が羨ましがっていたのが意外だった。車には特に興味がないと思っていたから。

「今度運転させてくれよ」なんて拗ねたように電話してきたのには驚いた。苦笑しながら「狭いと思うよ」と言ったっけ。

いつも自分で運転しているから、たまには助手席に乗ってみたいものだ。友達は免許を持っていないか、持っていてもAT限定だから無理な願いか。



国道17号、信号待ち。案内標識をチラと見遣り、妙義山にでも行くか――とウィンカーを点ける。

先月、友達に連れて来てもらった時は"走り屋"の車で賑わっていたことを思い出す。

「……こんな格好で誰かに会うのヤだなぁ」

思わず独り言が零れる。もし誰か居たらスルーして帰っちゃえばいいか――こうして運転すること自体、気分転換になっているし。


たどり着いた駐車場には誰も居ない。少し安心しつつ自販機の近くに愛車を停めると、夢子は運転席から降りた。

首を回して、ジーンズのポケットから携帯を取り出すとカメラを起動させる。"愛車と出掛けた時は写真を撮ること"が、自分なりのルールになっていた。

満天の星空の下、正面から、真横から、斜め後ろから、地面から舐めるようなアングルで――



「お前、何やってんだ?」



上から降ってきた声に、夢子はアスファルトに腹ばいになっている自分に気付いた。携帯から陽気なシャッター音が響く。きっとブレているだろう。

「あ、いや、えと、」

慌てて起き上がると、携帯をポケットに突っ込んでトレーナーをパタパタとはたく。ああ、些細なことですぐ赤面してしまうこの癖が憎い。

「あのですね、あたしは写真を撮っていただけで……」

スニーカーの爪先を見つめたままポソポソと答える。

「それは見りゃわかるけど。どんだけ夢中だよ」

「……すみません」

「別に謝ることじゃねェけど。ソレ、お前の車?」

「あ、はい」

「ちっと見てもイイか?」

「はい、どうぞ」

「……お前いい加減顔上げろよな」

乱暴に顎を掴まれ、急に視線が上がった。眉間にシワを寄せて夢子を見下ろしているのは、ガラの悪そうな男だった。今にも噛み付かんばかりの獰猛さが瞳に宿る。


「……黙ってないで何か言えよ」

「は、はなしてくださ……」

「おま、何で泣くンだよ!?」

みるみる間に大粒の涙を零し、夢子がしゃくり上げる。慌てたように彼が手を離し、夢子と距離を置いた。

「あのな、オレは女を泣かすならベッドの上って決めてンだよ!」

「……っ……キモいよぅ……」

「ンだとコラ!」

彼は茶髪をぐしゃぐしゃと掻き回し、大きな溜息を吐いて夢子に背を向ける。

夢子は崩れるようにしゃがみ込むと本格的に泣き出した。一度泣き出すとなかなか止められない――これって、治らないのかな。


「悪かったよ」


暫くして、また上から声が降り――恐る恐る顔を上げる。目の前に差し出されたのは缶ココア。

そういえば……家を出る前、飲もうと思ってたんだ――何で分かったんだろう。もしや、エスパー?

「何だよ、いらねェのか?ココア嫌いか?」

「……いえ……好き、です……。ありがとうございます」

少し掠れた声でお礼を言うと、素直に缶を受け取った。温かさに触れ、冷え切っていた指先が痺れる。のろのろと立ち上がると、トレーナーの袖で涙を拭って息を吐いた。

「お前寝起き?頭ボッサボサだぞ」

「……眠れなくて」

「気分転換にドライブってか」

「はい」

そんなに髪ひどいのか、と自分の頭に触れる。確かに普段より、うねっているような気がする。家を出る前に鏡を見ていないことに気付いた。女子としてどうよ。

だけど、それよりもっと気になることがある。

「……あの、ですね」

「あン?」

「お前って呼ぶの、止めてもらえませんか」

「何でだよ」

「その……初対面なのに……」

「まァいーけど。名前は?」

田中です」

「アホか。苗字じゃねェよ。名前だよ、名前!」

「……夢子

「ふぅん。夢子、ね。オレ慎吾」

「はぁ……」

「車見せろよ、夢子

初対面の人間(一応、女)を泣かせた挙句、名前を呼び捨て。この人は礼儀というものを知らないのか、神経が図太いのか、ただ単に俺様なのか――

彼――慎吾は、文字通り舐め回すようにカプチーノを観察している。夢子は温かい缶を弄ぶようにして、そんな彼を眺めていた。

「へェ……でっかいウィングにカナード付けて。意外と本気組か?」

「……?何がですか」

彼から質問が飛ぶが、夢子には意味が分からなかった。

「走り屋かって聞ーてンだよ。地元どこだ」

「ああ、違いますよ。車乗るのは学校とか買物とか」

「マジか?勿体ねェな。エンジン見せろ」

「……はい」

素直にボンネットを開けると、慎吾が待ってましたとばかりに覗き込んだ。自販機の明かりが届き、パーツが自己主張をするように光っている。

「へェ……エキマニもエアクリも、イイの着けてンじゃねェか」

「はァ、そうなんですか」

「自分の車なのに知ンねェのかよ」

「このコは買ったときからこんなんでしたよ」

「何も知らねェで買ったってのか?こいつ、かなり気合入ったチューンドカーだぞ」

「チューン、ド……?」

「ちゃんとメンテしてンだろーなァ、夢子?」

訝しげに夢子を見遣り、慎吾が問うた。

「オイルとか部品の交換は、お店に任せてます。えと、もうすぐオーバーホールとか」

「……まァ何もしないよりはマシだよな」

一人納得したように溜息を吐いた。



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