SOUL LOVE (2/2)
毅はマンションの地下駐車場へR32を停めると夢子のベルトを外し、助手席のドアを開ける。

「なんかお姫様みたい」

「慎吾はこういうことしないのか?」

「全然!荷物扱いだよ。しかも煙草吸うから車の中すごい煙たくなっちゃって」

「はは。あいつらしいな」

「毅さんも煙草吸うんでしょ?」

「あぁ」

「でも今日は吸ってないよね」

夢子ちゃん未成年だろ。副流煙もなるべく吸わせない方がいいと思って」

だからガスタでも禁煙席だったんだ。……慎兄は文句言ってたけど。


2人はエレベーターへ乗り込んだ。低く唸るモーターの音が響いている。

「……夢子ちゃん」

パネルの前に立っている毅がぽつりと呟く。

「なに?」

「名前……その、呼び捨てにしてもいいか?」

「え……?」

「すまん。嫌ならいいんだ」

夢子が少しドキドキしながら毅の横顔を見上げると、頬が少しだけ赤くなっているように見えた。


(……毅さんも、ドキドキしてるのかな?)


「いいよ。そのかわり、私も毅さんの呼び方変えたいな」

「あぁ、何て?」

「んー……"たけちん"はどう?」

「…………」

「気に入らない?…じゃあ"ゲロンパ"か"ビフィズス"のどっちかは?」

「……たけちんでお願いします……」

「了解」

毅はきゃらきゃらと笑う夢子を見つめ、敵わないな、と微笑いながら呟く。エレベーターは静かに5階へ到着した。

毅は鍵を取り出し、玄関のドアを開ける。

「散らかってるけど、どうぞ」

「お邪魔しまーす」

差し出されたスリッパに足を通して部屋の中へ歩を進める。シンプルなホテルのようなインテリアは無機質で機能的。どことなく毅らしい、と夢子は思った。


「CDこっちにあるから、適当に見てて。コーヒーでいいか?」

「あ、お構いなく〜」

毅に示されたそこは書斎のような部屋。パソコンやコンポ、そして沢山の本が詰まった本棚が置かれている。その棚の一角にCDが並んでいた。

「これ欲しかったんだっけ。……あ、これも聴きたいなぁ」

端から一枚ずつ見ていくが、全てが魅力的だった。ここまで趣味の合う人、初めてかもしれない。


夢子、コーヒー入ったぞ」

「あーい」

ダイニングに行くと、淹れたてのコーヒーの香ばしい匂いに満ちている。

「CD全部聴きたいかも。たけちんのセンス好きー」

夢子がにこにことダイニングチェアへ腰を下ろす。栗色の髪が少し揺れた。

「光栄だな」

ふ、と笑んだ毅がコーヒーカップを手渡す。指先が軽く触れ合って、お互いの鼓動がほんの少しだけ速くなる。

「……ありがと。たけちんはいつもブラック?」

「あぁ、そうだな」

「うわぁ大人〜。私、絶対無理だもん」

顔をしかめて夢子が首を振る。

夢子は砂糖いくつだ?」

角砂糖の小瓶を開けながら毅が言う。

「んと……1個。牛乳か豆乳ある?」

「あぁ、牛乳ならあるぞ」

メタリックシルバーの冷蔵庫から1Lの牛乳パックを取り出し、夢子に手渡す。

砂糖をかき混ぜていた夢子は、牛乳を勢い良くカップへ注いだ。褐色のコーヒーが、あっという間に白に侵されていく。

「カフェオレだな」

「えへへ。こうしないと苦くて飲めないんだもん。舌がまだお子様なのかも。お寿司だとイクラとかウニとか、高いネタ食べらんないんだよ」

大分温くなったそれをふぅふぅと吹きながら夢子が言う。

「あ、おいしー」

「それだけ牛乳入れたらコーヒーの味しないだろ」

「んーん。たけちんが淹れてくれたコーヒーがすごく美味しいから、牛乳いっぱい入れても美味しく飲めるんだよっ」

毅は苦笑しながら、お茶請けのマドレーヌを口に運んだ。


「ね、たけちんのちょっとちょーだい。ブラック飲んでみたい」

「あぁ。ホラ」

カップを交換して一口飲む。

「……苦……」

「……ぬる……」

お互いがそれだけ言うと、黙り込んでしまった。特に夢子のダメージは相当大きかったらしく、眉間に寄せられたシワがそれを物語っている。

「……やっぱりまだダメみたい……」

小さく咳き込む夢子を笑いながら見つめ、毅は「そのうち慣れるさ」と諭すように言った。


「ごちそーさまでしたぁ」

「あぁ。そのままでいいぜ」

夢子がカップをシンクに運ぼうとしたその時、スリッパにつまづいて盛大に転んでしまった。ゴツっという鈍い音が響く。

咄嗟に毅が支えたが、夢子のスカートがめくれ上がり下着が露になる。


「いたぁー……膝打ったぁ〜……」

「大丈夫か、夢子

「うん。良かった、割れなくて」

ほっと胸を撫で下ろす2人。カップは床に転がっているが、どうやら無事のようだ。


「……見えた?」

「な、何が――」

夢子の問いに毅は明らかに動揺し、赤くなっている。

「見えたんだ……」

「いや、何も見えてないって」

「何色だった?」

「……ピンク……」

ぼそっと呟く毅。それを聞いた夢子はみるみる涙目になっていく。

「どうしよう……」

「……どうした?」

床に座り込んでうつむいている夢子の正面で、毅は膝をついた。暫しの沈黙の後、夢子がぽつりと言う。

「……お嫁に行けない……」

毅は唖然とし、気付けば口が半分開いていた。


夢子は女子校純粋培養のアホだからなァ。扱いが難しいぜ――という慎吾の言葉が浮かんだ。だが、これほどとは。予想以上だ。

頭に手を乗せてサラサラと流れる栗色の髪を撫でていると、言葉が自然と口をついて出ていた。

「――俺が、責任取るよ」

夢子が顔を上げた。真っ赤になっている。

「俺じゃダメか?」

夢子はふるふると首を振って、再び視線を落とした。

「私すごく、たけちんのこと……好き、みたい……」

消え入りそうに小さな声。肩が小刻みに震えている。


その瞬間、毅は夢子を抱き締めていた。


「俺も、夢子が好きだ。今日……妙義で会ったときから」

おずおずと毅の広い背中に腕を回す夢子。そして――毅から夢子の唇へ、小さなキスをひとつ。顔を離すと目を丸くして硬直している夢子に言った。

「こういう時は目をつぶるもんだぞ」

「……うん」


覚悟を決めて、きゅっと目をつぶった夢子に今度はしっかりと口づける。少しずつ舌が絡んで、コーヒーの匂いが脳を直撃する。


「ふ、……ぁ……っ」

息継ぎで自分がこんな声を出すなんて――

夢子は知らなかった。それは次第に激しさを増し、ダイニングにキスの音だけが響く。


その時、夢子の携帯が低いバイブ音を鳴らして震えた。

「……電話……」

「出るか?」

そう言いながらも毅の手は、夢子の髪を撫で頬を撫で、首筋を撫でて胸元のリボンを掠める。

「うん……」

スカートのポケットに入れている携帯を取り出した。液晶画面には[ 庄司慎吾 ]と表示されている。

「……もしもし」

夢子?今どこだ』

「え……たけ……毅さんの、家だけど……」

『はァ!? ッざけんなよ!マジ毅ぶっ殺す!!』

あまりのボリュームに耳元から携帯を離すと、毅が夢子の頬にキスをしてそれを奪い取った。

「慎吾か」

『毅!! てめ何してンだよ!』

「何もしてないさ。夢子がCD貸してほしいって言うからウチに寄っただけだ」

『もう呼び捨てかよ!』

「……それで、何の用だ」

『あぁ。夢子んちから電話あって、まだ帰ってねぇっつーからよ』

「これから送っていくところだ。30分もあれば着くだろう」

きょとんと毅を見つめる夢子の頭を軽く撫でると、電話の向こうから慎吾の咆哮が聞こえた。

『てめ今度会ったら容赦しねーかんな!夢子に代われ!つか勝手に出てんじゃねーよアホが!』

夢子。ホラ」

苦笑しながら携帯を手渡すと、毅は床に転がっていたカップを拾いシンクへ運ぶ。


「もしもし、慎兄?」

夢子!無事か!?』

「……?何が?」

『処女だよ!処女膜!』

「な――何言ってんのっ!? 慎兄のバカ!」


思わず立ち上がり、ブチ、と会話を打ち切る。


「何だ、いいのか?」

シンクで洗い物をしている毅が背中で問うた。

「あんなこと言うなんて信じらんない。慎兄なんか大ッ嫌い」

「俺は?」

「……大好き。」

大きな毅の背中に、ぎゅっと抱きつく夢子

「俺も、夢子が好きだぜ」

毅は手を拭きながら振り向くと、夢子の額にキスをくれた。


「CD、どれでも持ってっていいからな」

「うん」

夢子はこくりと頷いた。

「それから」

「なに?」

「やっぱり"たけちん"は勘弁してくれ」

「えー……可愛いのにー」

「毅、がいいな」

ぷく、とむくれた夢子に軽くキスをしながら毅が微笑う。

「それがいちばん嬉しい」

「……うん。じゃあ頑張ってみる」

「あぁ。頼んだぞ」

わかった、と言うかわりに、夢子から背伸びをして口づけた。きつく抱き締められ、優しく口腔内を侵される。



「……すき……」

震える声でようやく紡いだ言葉は宙に浮かび――そして消えた。



ねぇ毅。変かな。

私ね、毅とは初めて会った気がしないの。ずーっと前から知ってるみたいな……なんか懐かしい感じ。

毅と会えるの、今までずっと待ってたのかも知れない。おかしいよね。そんなこと、あるわけないのに。どうしてだろう。



"運命"って自惚れてもいい?――あいしてる。





[SOUL LOVE] END.

SOUL LOVE (1/2) *

2004/09/14 up.

続編.儚く優しく冷えた月 (1/4) #


中里毅||0:top