SOUL LOVE (1/2)
心を奪われるコトなんて、一瞬あれば充分だ。



いつの間にか3年生だけど、部活には大体毎日顔を出してる。県内の女子大を早々と推薦で決めて、あとは卒業を待つだけ。

現状はまずまず充実。これといった不満はない。たまに、何かが足りないと思うことはある。……けど、自分からアクションを起こすのは苦手。

いつか運命的な出会いがあるかもしれない、なんて――ささやかな期待をしているのは事実。



友人達と数人で校門をくぐり抜けたとき、一台の車に目がいった。赤いシビック――EG6。どこかで見たことがある。夢子は思った。

女子校の前に停められたそれは、夕陽に照らされてオレンジ色に光っている。人待ち顔で紫煙を吐き出していたのは、いとこの庄司慎吾。

携帯を睨んでいたが、夢子の視線に気付き顔を上げた。

「よぅ、夢子。待たせやがって」

「……慎兄!どしたの?」

「休講で暇だったから迎えに来てやったんだよ。ありがたく思え」

煙草を揉み消すと、もたれ掛かっていた向かい側のガードレールからこちらへ向かってくる。

「そんなワケで夢子持ってくから」

呆気に取られる友人達を尻目に、慎吾は夢子の肩を抱いて強引に連れ去る。助手席に放り込むと、派手な音を立ててEG6を発進させた。


「誤解されたらどうしよう……。絶対に彼氏だと思われたよぅ」

「あぁ?ンなモンほっとけよ。何なら既成事実作るか?」

信号待ちの僅かな時間に運転席からキスを迫る。油断も隙も無い。

「やだっ!慎兄のバカ!」

「むくれんなよ。晩メシ奢ってやっからよ。お前まだ部活やってんだろ?弓道なんて何が楽しいんだか」

「……ケーキも。」

「ったく図々しいな夢子は。わぁったよ」


口調とは裏腹に、慎吾は愉しげにEG6を走らせる。しばらくすると、妙義山が見えてきた。峠道のコーナーを軽く滑らせるだけで、夢子はいちいち反応してくる。


「何、今の?滑ったの?」

「バカ。わざとだよ」

「なんでわざわざ滑らせるの?」

「うっせーな。もっと大きくなったら解るぜ。チチがな」

「……胸は関係ないじゃん」


むくれた夢子はプイとそっぽを向き、もう慎兄とは口きかない。と決意した。事実それは、妙義ナイトキッズメンバーが集まる駐車場に着くまで実行された。


「よぉ慎吾。可愛いコ連れてんじゃん。彼女?」

「バーカ。こんなガキ相手にすっかよ。ホラ夢子、自己紹介」

「……慎兄のいとこの夢子です。慎兄がいつもお世話になってます」

若干ムカつきつつ、ぺこりと会釈をする。

「へぇ、イトコなんだ。ヨロシク〜」

「全然似てないよな」

「イトコじゃ似なくて当然だろーが」

「ああ。慎吾に似なくて良かったよな」

「ンだとてめェ!」

くわえ煙草で笑いながらエルボーをキメる慎吾。じゃれ合う姿はまるで少年――なんて夢子思ってんだろーな。フフ。惚れんなよ。

と慎吾は思っていたが、当の夢子はメンバーに囲まれ、質問攻めにされていた。


その時、闇色のR32が駐車場へ入ってきた。車に詳しくない夢子でも、GT-Rは知っている。

「慎兄、あれってGT-Rだよね?」

「あぁ、毅の32だろ」

「さんにー?」

頭の上に大きな?を浮かべた夢子に、メンバーの高田が助け舟を出す。

「R32っていう型のGT-Rだよ」

「ふーん?」

そして運転席から降りたその人。夢子とそう遠くはない距離に立つ彼と視線が交錯し、瞬間――真っ直ぐに心臓を射抜かれた。

急にドキドキした夢子は思わず視線を外し、慎吾の背中に隠れる。


……何やってんだろ、私。ヤバい、変なヤツだと思われる……。


「よぅ。結構集まってるな」

「おい毅ぃ。てめェのせいで夢子が怯えちまったじゃねーか」

「……夢子?」

「慎吾のイトコっすよ。可愛いっすよ」

「へぇ……。夢子ちゃん、ビビらせてごめんな」


慎吾の背中でうつむく夢子。その頭にポンと手を乗せる。大きな手のぬくもりと、優しい感触に恐る恐る顔を上げた。


「てめ勝手に触ってんじゃねーよ!なァにが"夢子ちゃん"だ!」

視界を慎吾のパーカーに遮られた。背中と腰に、回された腕。いつの間にか、しっかりと抱き締められている。微かに、煙草と香水の匂い。

「……慎兄苦しいよぅ。離してぇ」

「ダメだ」

「"しんにぃ"だってよー」

「オレも呼ばれてーなぁ」

「慎吾、夢子ちゃん嫌がってんだろ。離せよ」

夢子に手出そうってんだろ。そうはいかねーぞ!」

毅の大きな溜息が後方から聞こえた。

「メシ奢ってくれんなら離す」

「何だよそれ」

「慎兄!迷惑だよそんな――もがっ」

全てを言い終わらないうちに口を塞がれる。もごもごと反対するが、夢子の声は届かない。

「給料出たばっかだろ?」

「まったく……そういうことは覚えてるんだな」

夢子がどーなってもいいのか!」

「わかったよ。俺もメシまだだし、行こうぜ」

「お、やりィ」

やっとのことで解放された。毅はメンバーと少し話した後、苦笑しながら愛車へ乗り込んだ。


「……慎兄!」

振り向くと、頬をぷっくり膨らませた夢子が慎吾を睨んでいる。

「何だよ夢子。怒んなよ。死ぬほどケーキ食ってイイぞ」

「もぅ……」



「結局ファミレスだもんな……。いくら近いからって他にもあるだろー」

「でも私好きだよガスタ」

文句を言う慎吾の隣で、夢子はワクワクとメニューを開く。あぁどうしよう、ケーキ久し振り。ティラミスにしようかな。でも新メニューも気になる……。

「好きなもの頼んでいいぜ。夢子ちゃんも遠慮しないで」

真剣に悩む夢子に、にこりと笑顔を向ける毅。夢子はハイ、と照れながら返す。

……なんか、コドモ扱いされてるんじゃないかな。ふとそう思った夢子は聞いてみることにした。

「あの、」

「ん?」

「私、いくつに見えますか?」

「いくつって――中学生じゃないのか?」

「……高校3年生です……」

「……そうなのか。悪い」

この制服がいけないのかな、と少し落ち込んだ。気に入ってるんだけどな。セーラー服。


「だからよォ、夢子には色気が足りないんだって。チビで貧乳だしな」

しょんぼりとうなだれる夢子の上半身を一瞥して慎吾が言った(確かに、身長は150cmしかないけど)。

「もー。そんなこと言わないでよっ」

「事実だろ。つーか、バレバレ」

「見てもないのに……」

「じゃあ見せろよ今ここで。ほれ」

「やだよぅ。慎兄のエッチ」

「どーせ背中と区別つかねーんだろ」

「ひっどーい!」

キャンキャンと慎吾に噛み付いていると、向かいの毅が吹き出した。

結局慎吾はいちばん高いメニューをオーダー。夢子は散々迷った挙句、きのこ雑炊とティラミスという妙な組み合わせに落ち着いた。



食事を済ませ、ドリンクバーでまったりと語らっていると、夢子の携帯が震えた。

「あ、おかんからだ。ちょっとごめんなさい」

慌てて席を立つと店の隅へ移動する。夢子の背中を追っていた慎吾は毅に視線を合わせ、ニヤリと笑った。

「どうだ。夢子、可愛いだろ。セーラーってのがまたソソるよな」

「……あぁ、確かに可愛いな」

「なンだよ。とぼけんなよ。狙ってんだろ?」

「何?」

「オレはごまかされねーぞ。毅が夢子を見る目、獲物見つけたハンターって感じだしな」

コーヒーを啜りながら慎吾が言う。



間違いない。オレも、同じ目で夢子を見ているから。



夢子のバージンはオレのだからな」

「……何言ってんだお前」

「本気だぜ?イトコってのは結婚できんだよ。ってことはセックスしてもイイってことだろ」


慎吾はぺろりと舌なめずりをして、カップをソーサーへ置く。陶器の触れ合う耳障りな音が大きく響いた。

店内は混んでいる筈なのに、二人の周りだけがやけに静かに感じられる。


「……悪いがそれは遠慮してくれ」

「なんだァ?本気か、毅」

「あぁ。本気だ」

2人が静かに火花を散らしているところへ、ぽてぽてと夢子が戻ってきた。

「そろそろ帰って来いって言われちゃったぁ。まだ9時半なのに……」

「じゃあ送るよ」

慎吾から視線を外すと、毅がスイと立ち上がる。

「あんまり遅くなると心配するだろう?」

「はい……。ていうか、もう既に心配されてるみたいです」


(毅のやつ――抜け駆けする気だな)


「毅、てめ夢子んち知ってんのかよ」

「教えてもらえばいいことだろう。県内の道なら大体わかるからな」

「そうなんですかぁ?すごーい」

呑気にはしゃぐ夢子が、とても無防備に見えた。こいつ、このままだと毅に食われちまう。オレの方が先に目つけてたのに。

「選べよ、夢子

「え?」

「オレか毅か、ここで選べ」

「……選ぶって……」

「慎吾と俺の、どっちに送ってもらいたい?」

2人に見つめられた夢子は、もじもじとスカートのプリーツをいじっていたが、やがて何かを決意したかのように「毅さん」とぽつりと呟いた。

テーブルに突っ伏した慎吾が視界に入ったが、気にしないようにする。

「私、GT-Rって乗ったことなくて……」

「そうか。じゃあ行こうか、夢子ちゃん」

毅はにこりと笑うと、伝票とキーを手にレジに向かう。その背中に慎吾の悲痛な声が飛んだ。

夢子に手出したら承知しねーかんな!」

「……わかってる」

「?慎兄またね。毅さん、ご馳走様です」

「あぁ。うまそうに食うとこ見れて嬉しいよ」

「……そんなにがっついてました……?」

楽しげに笑う2人を見送ると慎吾はチッ、と舌打ちをする。煙草を取り出したがここは禁煙席。ウェイトレスに咎められ、仕方なくポケットに仕舞った。

「くっそ、ムカつくぜ……」

イライラと髪を掻き回して大きく溜息をつく。

夢子……無事でいろよ……」


駐車場に停められているR32は、静かに主の帰りを待っていた。


「近くで見るとすごい迫力ありますね〜。カッコイィです」

「ありがとう。助手席のベルトも4点式だから俺が締めるよ。とりあえず座ってみて」

「ハイ」

助手席のドアを開けて毅が促す。夢子はバゲットシートにすっぽりと収まった。

夢子の鞄を後部座席に置いた毅はシートの横にしゃがみ、4点式シートベルトをまず腰の部分から締めてやる。

(うわ、なんか恥ずかしいかも……)

(?なんかイイ匂いするな)

お互いに何を言ったらいいのかわからず、金属の触れ合う音だけが聞こえる。

「……よし、出来た。苦しくないか?」

「はい、大丈夫です。すごいしっかりサポートですね」

「あぁ、サーキットなんかで使うようなベルトだからな」

毅はドアを閉めて運転席へ。セルを回すと振動がシートを通して伝わってくる。


(やっぱり慎兄のシビックとは違うんだぁ……)


「家はどの辺?」

「あ、**です」

「じゃあ17号で県道だな」

「えっと……多分そうです。道路、あんまりわかんないんですけど」

「近くまで行ったら教えてくれるか?」

「はい。わかりました」

「……それから」

「?はい」

「敬語、使わなくていいから。タメ口でいいぜ」

ゆっくりとR32を発進させると毅は言った。助手席の夢子からは毅の横顔しか見えない。

「でも……毅さんて、慎兄より年上みたいだし……」

「あいつのいとこなら、夢子ちゃんも仲間みたいなもんだから。気遣うことないって」

「……はい」

「ハイじゃないだろう?」

「あ、えと、……うん」

「よし」

くすりと笑うとラジオのスイッチを入れる。抑え気味のボリュームでDJのトークが流れてきた。



毅の運転は多分すごく上手いんだ、と夢子は思った。

変にスピードを出すこともないし(滑らないし)、割り込みも、無茶な車線変更も、感情任せのパッシングもしない。

慎吾とは反対の丁寧なドライビングに夢子は驚いた。車には弱く、よく酔ってしまうのだが毅の運転では全く平気。

それどころか、車に乗ることってすごく楽しいんだ、と初めて思ったのだった。


(免許取りたくなっちゃったなー……)


と、ラジオから流れる曲が気になった。

「……あ、この曲」

「ん?これ好きなのか?」

ボリュームを上げる毅。

「今日慎兄の車乗ったときもかかってたんだけど、タイトルも誰の曲かもわかんなくて。気になる〜」

「これなら俺、CD持ってるぜ。結構古いけど」

「ホント?いいな。聴きたぁい」

「ウチにあるけど……持ってくか?」

「え、いいの?」

「あぁ。少し遠回りになるけど」

「いいよ、貸して貸してっ」

「じゃあちょっと寄り道な」

R32はウィンカーを点滅させて交差点を左折した。



SOUL LOVE (2/2) #

中里毅||0:top