coLor of colorS (2/3)
夢子との初めての〈デート〉が決まったのは、四月に入ってすぐのこと。左手の痛みはとうに消えていた。出会った翌日に来店して以来、夢子がスタンドに来ることはなかった。そのかわり――と言えるかはわからないが、毎日のように電話やメールのやり取りをしていた。
『男女が前もって時間や場所を打ち合わせて会うこと』をデートって言うって、聞いたことがある。だから付き合ってるかどうかは関係ない。誰が何と言おうと、これは立派なデート。そんなことを自分に言い聞かせているうち、約束の時間になる。一箇所にじっとして居られずウロウロと歩き回っていると、夢子の声が聞こえた。
「イツキくん!」
渋川駅バス停のすぐ傍、ハザードを点けて停まっているLS400。開け放たれた運転席の窓から、夢子が手を振っている。込み上げる嬉しさを抑えて樹が駆け寄ると、夢子は笑って助手席を指した。彩られた爪はシャンパンゴールド――いや、それよりも濃厚な――R34の限定色に近いだろうか。
「乗って乗って〜」
「し、失礼しますっ」
助手席側へ回り込むとドアをそっと開け、樹はシートに腰を下ろした。夢子がアクセルをゆっくりと踏み、それに応えるようにLS400がゆっくりと動き出す。シートベルトを締めて行儀良く助手席に収まる樹を視界に捉え、夢子が小さく吹き出した。
「やだなー、そんな緊張しなくていいのに。イツキくんてマジメだよね」
「すっ、すいません」
「そーやって謝るトコとか」
「あ、えっと……」
困惑する樹を見遣り、苦笑するような吐息を漏らした。
「イツキくんのいいトコじゃないかなーと思うんだけど」
「……ありがとうございます」
「アタシ、イツキくんのことまだあんまり知らないのに……こんなこと言うの、変かな」
「そんなことないっすよ」
「ま、これからお互いに知ってけばいーよね」
「……はい」
かあっと頬が熱くなり、思わず俯いた樹が問う。
「田中さんて、あの、何してる人なんですか?」
「んー、何もしてない」
「……?」
「簡単に言うと無職〜」
「はあ……」
「イツキくんは、あのスタンドでバイトしてるの?」
「えっと……高校のときからバイトしてて、今月から正社員になったんですよ」
「そーなんだ。エライなー」
「いや、そんな。……そのツメ、ネイルアートってやつですか?」
「そーだよ。今日はけっこー地味だけど」
「地味、ですか……」
「うん。地味です」
運転席から右手をひらりと舞わせ、夢子が笑う。彼女の笑顔は人を惹き付ける――池谷先輩も言ってたっけ。不意に視界を侵す極彩色に目が眩むように、樹はしぱしぱと瞬きを繰り返した。
平日の昼下がり、暖かな陽射し。桜の開花も早まりそうだ。ファミレスで向かい合うと、夢子がメニューをめくりながら樹へ問う。
「イツキくんていつも何して遊んでるの?」
「えっと……やっぱり車ですかね」
「あ、峠とか走ったり?」
「はい。田中さんは――」
「夢子でいーよ」
「……夢子さん、は、何してるんですか?」
「アタシはねーどっちかっつーとインドア派。だから家にいることが多いかなぁ」
「そうなんですか」
「でもドライブしたり出かけたりするのも好きだよ」
「カッコイイですよね、LS」
樹は傍の窓から、駐車場に停めてあるLS400を見下ろした。黒は他の色を混ぜたとしても、決して自らの色を変えない。
「アレは兄からのお下がり」
「へえ……夢子さん、お兄さんがいるんですか」
「うん、年離れてるけど」
「オレ一人っ子だから、兄弟いるの羨ましいですよ」
「そう?あ、エアロとか全部、アタシじゃなくて兄のセンスだからね」
兄の、という箇所を夢子は強調した。つまり、車もそれに付随するパーツも、自分で選んだものではないということを。
「はぁ」
「ハデだしゴツいから嫌だったんだけど。……乗ってると愛着わくみたい」
「あ、わかります。自分の車って、なんか特別ですよね」
「ねー」
傍からは二人の会話に特別な意味などないように見えるだろう。互いに視線を合わせて会話をすること、それ自体に意味があるのだと樹は知った。
食事を済ませた後、ドリンクバーで粘ること数時間。すっかり日も落ち、窓の外は紺青の空。夢子が店内の時計を見遣り呟いた。
「あ――ごめん、アタシそろそろ帰んなきゃ」
「え、あ、もう……ですか?」
「ウチ、門限があるの」
「ああ……それじゃしかたないですね……」
「いまどき古いよねー門限なんて。しかもちゃんと守るアタシとか」
「そんなことないですよ。しっかりしてるって言うか……」
門限のある家。それを守る娘。もしかして、夢子は良家のお嬢様……だったりして。もしそうだとしたら、今まで自分が持っていた"お嬢様"のイメージを根底から覆さねばならない。樹が考え込んでいる間に夢子は伝票へ手を伸ばす。それに気付いた樹が慌てて制止した。
「あ、オレ出しますよ」
「ダメだよー。お詫びもしてないんだからアタシが払う」
「オレ一応社会人ですよ?それに、女性に払わせるなんて――」
「お金に性別は関係ないでしょ」
「オレにとっては十分関係あります」
「うーん……じゃあ自分で食べた分払う。それでどう?」
「……えぇと……」
「はい決まり」
改めて伝票を手に取り、顔の横へ掲げて夢子が笑う。今度は強引に伝票を奪ってしまおう、と樹は決意した。
「今日はどうもありがとうございました。送ってもらっちゃってすみません」
「いえいえコチラこそ。楽しかったよ。ありがとイツキくん」
「あの……今度は、オレが夢子さんを迎えに行ってもいいですか?」
「え、」
瞬きを幾度か繰り返した夢子が、やがて嬉しそうに頷いた。
「――うん、また遊ぼ。帰ったらメールするね」
ひらひらと手を振って、夢子とLS400が遠ざかる。
次に会う〈約束〉。それはまるで、生きる希望に似ている。大袈裟だって、笑われるかも知れないけれど――オレにとっての〈本当〉だから。自然と口元が緩む――景色も気持ちも、何もかもが春色に染まるようだ。陽射しは日毎、暖かさを増していく。
念入りに洗車したAE85で、約束の場所へ向かった。渋川駅が見える頃、沈んでいく太陽は燃えるような橙色。彼女と会うのは数週間ぶりになる――信号が青に変わり、樹は深呼吸を何度か繰り返してステアリングを握り直した。以前樹が居た場所で、夢子が手を振っているのが見えた。すぐ傍へゆっくりと停車して助手席側のドアを開け、夢子へ声を掛ける。
「お待たせしました。どうぞ、乗ってください」
夢子はしげしげと85のボディを眺めて、助手席にすとんと腰を下ろす。
「ねえイツキくん、これ何ていうクルマ?」
「ハチゴーです」
「はちごー、ね。覚えた」
シートベルトに手を掛けた夢子がVサインで笑う。指先は、橙色よりもずっと鮮やかなオレンジ色だ。無邪気に笑う夢子に見惚れかけ、うろたえるように樹が問う。
「……どこ、行きましょうか」
「イツキくんが普段走ってる峠ってどこ?」
「秋名です」
「じゃあ、そこに行きたいな」
「でも今の時間だと、その……走る、っていうのは難しいと思いますよ」
「別に飛ばさなくていいよ。ちょっとね、見てみたいんだ」
「わかりました。それじゃ、秋名に行きましょう」
「出発ー」
バックミラーを見遣ると同時に、後方へ一台のセダンが停まる。銀色の――メルセデス・ベンツだろうか。動く気配はない。ウィンカーを点け、樹はAE85を発進させた。
「――あ、伊香保温泉近いんだ」
「はい。秋名は上りと下りがあって、ここが上りのスタートです」
「なるほどー」
温泉街を背にし、AE85は秋名を駆け上がっていく。交通量は思っていたより多くない。
「それで、ここがゴールですね」
「イツキくん、もう一回!」
手品をねだる子供のように、夢子が人差し指をびしっと立てた。喜色満面ってこういうことを言うんだろう――納得させられる。
「はぁ、それじゃ、もう一回……」
樹は今来た道を戻るべく、AE85の鼻先を温泉街へ向けた。
夢子にねだられるまま、もう一回を何度繰り返しただろう。コーナーを"攻める"わけでもなく、ただ走るだけ。飽きることなく樹の手元を眺めていた夢子は、助手席から感嘆したような細い溜息を漏らした。
「マニュアルって楽しそうだね。アタシもマニュアルで免許取ったけど、もうダメだろうなー」
「それなら、夢子さんも運転してみます?クツも大丈夫そうだし」
「えぇー絶対ムリだよ!クラッチなんて忘れちゃったもん」
「オレが隣で教えますから」
「でも……はちごー、壊しちゃうかも」
「平気ですよ」
「うー……」
給水塔が見下ろすスペースで即席教習が始まった。最低限の事項を簡単に教えてはみたものの、樹は自分のアドバイスに今ひとつ自信が持てずに首を捻る。
「頭で覚えるより、とりあえず動かしてみましょうか。わかんないことがあったら教えます」
あっさりと樹が言い、夢子は少なからず驚いたようではあったが――意外にも素直に「やってみる」と頷いた。
「クラッチ、つないで……あ、わ、動いた!」
まさに〈恐る恐る〉といった表現がぴったり当てはまる。じわりと前進を始めたAE85、運転席の夢子から歓喜の声が上がった。
「あ、ブレーキ――」
突如、前のめりになって動きを止めるAE85。静まり返る車内で、シートベルトの大切さを身をもって知った二人。
「エンストしちゃった……」
「気にしないでください!オレも最初はこんな感じでしたから」
「ごめん……。えっと……ブレーキ踏むときは、クラッチも一緒に踏むんだっけ」
真剣な表情で夢子が呟き、慎重に鍵を回す。セルがキュルキュルと鳴きエンジンが息を吹き返した。
「落ち着いてやれば大丈夫ですよ」
樹の言葉を受け、再度そろそろと動き出すAE85。
「うぁ、怖っ!」
夢子の大声と共に、先程よりも静かに停車するAE85。エンストは免れたようだ。一歩前進、と言えるだろう。慌ててサイドブレーキを引き上げた夢子が、ひどく気落ちしたようにぼそぼそと呟く。
「ごめんね、イツキくん。アタシやっぱムリみたい」
「……代わりますか?」
夢子はこくりと頷くとシートベルトを外し、運転席のドアを開けた。つい先程まで樹が座っていた助手席に腰を下ろし、夢子が長い溜息を吐く。
「イツキくんホントすごいよ〜」
「オレなんかまだまだです。慣れですよ、慣れ」
「そーいうもんかなぁ」
「そういうもんです」
「ね、下りってどこから?」
「ここからですよ」
下りのスタート地点を指した途端、樹の腹部から細長い音が鳴る。慌てて腹を押さえるが既に遅い。一瞬間を置いて夢子が吹き出し、くすくす笑いながら助手席でシートベルトを引いた。
「アタシもおなかすいたな」
「……何か食べたいものありますか?」
「あ、カップ麺!」
「……え?」
「コンビニで買ってさ、お湯入れてそこで食べるって夢だったの」
「あの、夢子さん……そんなんでいいんですか?」
「だって青春ってカンジしない?」
瞳をキラキラと輝かせた夢子が同意を求める。
「それくらいの夢なら今すぐオレが叶えますよ」
「ほんとに!」
「オレ奢りますから」
「う、それは……」
「コンビニの会計くらい、オレに払わせてくださいよ」
「あー……えっと、じゃあエンリョなく」
ぺこりと夢子が頭を下げ、樹はコンビニを目指すべくサイドブレーキを下ろした。
「いらっしゃいませこんばんはー」
レジ横に置いてある電動ポット、水量は満水に近い。樹は『再沸騰』ボタンを押し、カゴをひとつ手に取った。彼女はどこへ行った――店内を見渡すと、ある棚に熱い視線を送っている。ずらりと並ぶカップ麺、ざっと30種類以上はあるだろうか。夢子は商品をひとつ手に取り、物珍しそうにパッケージを眺めている。
「どれにしようかなー」
「これはコッテリ系でニンニク強いですね。あ、そっちはパッケージに騙されないように。チャーシュー小さすぎてびっくりしますよ」
「イツキくんよく知ってるね〜」
「まぁ……。夢子さんはこういうの、あんまり食べないんですか?」
「うん、食べたことない」
あっさりと夢子が言い、隣の商品に手を伸ばす。女性だから――カロリーとか、塩分とか、栄養バランスとか気にしてカップ麺を食べないんだろうか。
「ありがとーございましたー」
コンビニの前でカップ麺食べて喋るなんて、部活帰りの中高生みたいだな――樹は苦笑した。つい先月まで高校生だった自分が言うのも、なんだかおかしいかもしれないけど。
樹は割り箸を勢い良く割る。それはパキンと小気味良い音を鳴らし、かつてない程美しく真っ二つに割れた。なんかいいことあるかも、と漠然と思うのも、至極当然と言えるだろう。
明るいコンビニを背にして、二人の会話は途切れなかった。どんなにくだらない話でも、夢子は笑ってくれた。おもむろに樹が立ち上がり、夢子へ投げ掛ける。
「そろそろ秋名に戻りますか」
「うん、行こ」
愛車へ乗り込み何気なくインパネの時計を見遣ると、日付が変わって数時間経っていた。以前夢子が言っていた〈門限〉の時間も既に過ぎている。助手席へ乗り込んだ夢子へ、躊躇いがちに声を掛けた。
「夢子さん、もう……時間、過ぎてますけど……帰らなくていいんですか?」
「今日はヘーキなの」
「あ……ああ、そうなんですか」
一瞬、桃色の妄想が頭の片隅を過ぎたが――すぐに夢子のはしゃいだような声で打ち消される。
「はちごーで、運転の特訓してもらおっかな」
「……あ……はい、喜んで……」
「イツキくんは時間だいじょぶ?」
「平気ですよ。朝まで走りましょうか!」
「おー!がんばるから教えてね!」
「任せてください」
24時間営業のスタンドで給油をし、再び給水塔の下。発進、加速、減速、停止――以前よりも丁寧な〈指導〉を行い、夢子は真剣な面持ちで樹の動作を見つめている。お手本を見たい、と言う夢子のリクエストに応え、秋名を何度も往復した。助手席で無邪気に歓声を上げる夢子を、樹はただ純粋に可愛いと思った。
走り慣れた秋名を、今日で何往復しただろう。だけど、拓海には遠く及ばない筈だ。今日の配達はもう終わっただろうか。
「夢子さん、走ってみますか?」
「でもヘアピンとか怖いよー。もっとまっすぐな道ならなんとか……」
「それじゃ、秋名湖に行ってみましょう」
「まっすぐ?」
「そうですね、ほとんどストレートです。この時間ですし、他の車も通らないですよ」
「うん、がんばってみる。道案内頼んだ!」
「わかりました……って、迷ったりしないですよ」
温泉街を背にし、秋名湖へ直線が延びる。1速でゆっくりと動き始めたAE85は、順調にシフトアップを繰り返して4速へ落ち着いた。左手をシフトからステアリングへ戻し、そっと握り直して夢子がぽつりと呟く。
「アタシ、少しだけわかった気がする」
「わかったって……何がですか?」
「サーキットとか――兄についてったことあるんだけど、同じコース回ってばっかでしょ?なにが楽しいんだろう、って思ってたの」
夢子は運転席から真っ直ぐに進行方向を見たまま、唇の端から苦笑を漏らした。言葉の真意を掴み損ね、樹は困惑するように運転席へ問い掛ける。
「……同じ道を、上ったり下ったりはつまらないですか?」
「ううん。意外とおもしろいなーって思った」
「夢子さんが自分で運転したら、もっとおもしろくて楽しいと思います」
「そう……だよね。あ、でもイツキくんの横で運転見てるの、すごく楽しいよ」
あなたが好きだ、とでも言われたように、樹の心臓が揺れた。
オレの顔は今きっと、フェラーリレッドなんかメじゃないくらい真っ赤に違いない。まだ暗い時間帯で良かった。日が昇ってたらもう、恥ずかしすぎて助手席から飛び降りてる。
樹はゆっくりと後ろへ流れていく景色へ視線を向けた。ただ黒いだけの空が薄い光をまとい始めている。間も無く朝になるだろう。
夢子の慎重な運転で、二人は無事秋名湖へたどり着いた。駐車場にAE85を停めた夢子はエンジンを切ると、安堵したように大きく息を吐く。
「あ〜キンチョーしたぁ。イツキくん酔ってない?」
「全然平気です。夢子さんの運転、すごくスムーズでしたよ」
「……それじゃまた、はちごー運転させてくれる?」
「はい、いつでも」
「やったぁ」
車を降りると、さすがに気温は低い。澄んだ空気の中で樹は大きく伸びをした。夢子も樹を倣い、うんと背筋を伸ばして微笑う。紺色。群青色。蜜柑色。見上げた空のグラデーション。朝焼けは秋名富士を薄っすらと浮かび上がらせ、輪郭を明確にしていく。
「結局徹夜しちゃいましたね」
「うーん、帰ったら爆睡かな〜」
「オレもですよ」
二人並んで無言のまま、色を変えていく空を眺めていた。しばらくして夢子がぽつりと言葉を紡ぐ。
「キレイだね」
秋名山を見上げる横顔に見惚れていると、夢子がふとこちらを見遣り――ほんの数秒見つめ合う。夢子はゆっくりと瞬いて、樹が何故自分を見ているのかさっぱり分からないとでも言うように問うた。
「どしたの?」
「あ、えっと、あの……夢子さんの方が、きっ、きれいですよ!」
「やだなーイツキくん何言ってんの。テレるじゃん」
バシバシと樹の背中を叩いて夢子が苦笑する。
「いて……ほ、ホントですって」
「またまたぁー」
「……すげー頑張って言ったのに……」
肩を落とす樹を見遣り、はたと手を止めて夢子が呟いた。
「ありがと、イツキくん。すげー嬉しい」
朝陽に照らされて、やり場のない夢子の手が宙を彷徨う。「ええ」とか「ああ」とか――あまり意味を持たない言葉しか口に出来ない自分がもどかしくて、樹は頬を掻いた。
「……帰りましょうか。オレ、夢子さんちまで送りますよ」
夢子は一瞬考えるような素振りを見せたが、すぐに小さく頷いた。
「お言葉に甘えます」
そして夢子が樹へ告げたのは、県道沿いのコンビニ。樹は頭の中で地図を広げてルートを決め、「乗ってください」と愛車へ夢子を促した。
無人の駐車場へ停めて詳しい道を聞こうとすると、夢子は助手席で静かにシートベルトを外した。
「あれ――ここでいいんですか?」
「ありがと、ウチすぐそこだから。またね、イツキくん」
「……はい、また」
アスファルトへ降りた夢子が樹へ手を振り、細い路地を曲がっていく。後ろ姿を見送りながら、樹は運転席で大きなあくびを漏らす。街は朝を迎えて動き始めたばかり。信号を越えたとき、銀色の車とすれ違う。どこかで見たような気がしたが――思い出せない。
「眠くて頭まわんないなー」
目元をこすりながら、樹は自宅へ向かった。
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