Thanks for your WEB-CLAP. 小柏カイ【がんばるきみへ】
築浅アパートの階段を上る自分の足音はどこか浮かれているようで、リズミカルに聞こえる。
見下ろした駐車場、まず目に留まるのは青色のMR2。それから隣の、艶めいた黒色セリカ。
付近の木々はすっかり紅葉し、落ち葉が冷たい風に舞う。
インターホンの呼出音が室内にも響くが、出迎えに来る気配はない。今日の訪問は伝えてあるので、在宅はしている筈だ。
現在の時刻は正午を少し回ったところ。合鍵で玄関ドアを開錠したカイは「おじゃまします」と呟いて靴を脱いだ。
冷蔵庫内と乾ききったシンクを見る限り、まともに食事を摂っていないようだ。予想は的中したが嬉しくない。
水回りの掃除をざっと済ませ、居室を覗くとやけに暗い。カーテンが閉め切られているせいだと分かった。
炬燵の天板には書き溜められたレポート用紙。傍らには資料とデータが積まれ、載せきれない分は床に散らばっている。
足の踏み場は辛うじて確認出来た。まるで秘境の獣道である。
夢子は一体いつからそうしていたのか、座椅子に背中を預けて腕を組み、天井を見上げている。
寝ている――わけではなさそうだ。ただ回路がショートしてしまったようにじっと、動かないまま。

頑張って、頑張って、頑張りすぎて。自分の限界なんて簡単に飛び越えてしまうきみ。
手伝うことはできないけれど……なにか少しでも、役立てることはないだろうか。

「夢子」
彼女は名を呼ばれて初めて、カイの存在に気付いたようだ。充血した眼で視線を合わせ、細く息を漏らす。
資料を踏まないよう注意しながら側に膝を落とし、彼女の頭に触れ、雑にまとめられた髪を撫でさすった。
いつもなら無言で身体を寄せる筈が、厭世的に手を振り払われてしまう。カイが思っているよりもずっと、不機嫌らしい。
夢子はカイをじとりと睨み、唇を尖らせて抗議の意思を露骨に示す。
「子供扱いはお断り、って前言ったよね」
「ごめんな。でもオレが夢子にしてあげられるのは、このくらいだから」
固く結ばれた唇が僅かに動き、放ちかけた言葉は彼女の奥底へ沈んでいった。
「……ごめんなさい」
「全然。謝ることないって」
「もういっかい、してほしい」
再度頭を撫でてもらおうと目を伏せた夢子の頬で、ちゅ、と小さな音。
含み笑いのカイと視線を合わせ、頬に唇が触れたのだと解った夢子は、困ったように「ちがう」と呟いた。
「これは違う?」
抱き締めると伝わる、夢子の低めの体温。オレの体温も、夢子に伝わっているだろうか。
「…………ちがわない」
「良かった。少しは気分転換になったかな」
「ん、充電できた。……来てくれてありがとうね、カイ」
「どういたしまして。腹、減ってるだろ。買物してきたからメシ作るよ」
それが合図となったように、夢子の腹が鳴き始めた。
先にお風呂、と呟いて腕の中から抜け出そうとした夢子を、ぐっと引き留める。
「今沸かしてるから、それまでオレも充電させて」
返事がないので承諾とみなす。遠慮がちにカイの背中へ回された腕が愛しくて、愛しくて、たいせつで。
すきだよ、なんて何度言っても足りないけど。それでも、言わせて。きみが聞き飽きるまで何度でも。






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