甘楽PAにレッドサンズメンバーが集合し、ファミレスへ移動する。奥の大人数用席でワイワイとメニューを広げ、各自オーダーを済ませる。
賑やかな会話の中、隅にぽつんと座っていた夢子は小さく溜息を吐いた。
「夢子」
名前を呼ばれ、顔を上げると涼介が微笑っている。
「おいで」
彼はポンと自分の隣を叩いた。たったそれだけの仕草なのに、どうしてこうも優雅なのか。
「え、でも……」
夢子が躊躇っていると彼の美しい笑顔が曇る。
「俺の隣じゃ嫌か?」
「いえ、そんな!い、行かせていただきます!」
水の入ったグラスを手に、おずおずと涼介の隣へ腰を下ろす。
「元気ないな。どうした」
ああ、バレてるんだ。この人はあたしの隠し事なんて全部お見通しなんだろうな。
「高速乗って疲れたか?俺のナビに乗ってくれて良かったのに」
「大丈夫です。それに、涼介さんに迷惑かけちゃいますし……」
「迷惑だなんて思わないさ。俺は嬉しいが――ケンタに怒られるかな」
ドリンクバーにいる賢太に目を向ける。ソフトドリンクをこれでもかと賢太のグラスにミックスしている啓介に苦笑した。
「……賢太は、あたしより啓介さんの方が好きなんですよ」
「夢子と付き合うようになってから、あいつは格段に巧くなったんだ」
涼介の組んだ膝に視線を移す。長い脚。
「夢子にいいとこ見せたいんだろう」
「そうですかねえ……」
「恋のパワーは偉大だからな」
フ、と笑んで涼介は夢子の髪を優しく撫でた。
「ケンタは夢子が好きなんだ。何も心配することないさ」
「……はい。ありがとうございます」
涼介の穏やかな声はそれだけで安心できる。
「アニキ!夢子独り占めすんなよな」
ドリンクバーで散々遊んできた啓介は、結局ジンジャーエールに落ち着いたようだ。夢子の隣に勢い良く腰を下ろし、ソファが沈む。
〈高橋兄弟〉に挟まれて、思わず顔が赤くなる。
「夢子顔赤いぜ。熱でもあんのか?」
啓介の熱い掌が額に触れる。
(ま……まぶし過ぎる……!)
夢子は赤面したまま、賢太が持ってきてくれたコーヒーを一口啜った。
「あ、そーだアニキ。憲法のレポートあんだけど、後で教えてくんね?」
夢子の肩を抱いた啓介がストローを噛みながら言う。
「ほう。珍しいな、お前が自分から課題をやるなんて」
「あれ?啓介さん夢子の写すんじゃないんですか?」
賢太がきょとんと聞いた。
「バ……っケンタ何言ってんだよ!」
「……うぐぅ……」
啓介が慌てて賢太の首を絞めるが、涼介は聞き逃さなかった。
「――夢子、何が条件だ?」
「今日のバトルで啓介さんが32に勝つことと、あと――」
夢子はそこで言葉を切ってまた少し頬を染める。
「焼肉と、ケーキバイキングです」
涼介が大袈裟な溜息を零す。整った眉を顰めるその仕草さえ美しい。
「啓介。そんな安いモノで夢子のレポートを釣ろうなんて甘いぞ」
「ちぇー」
「ケンタも同じ講義取ってたよな?」
「あ、はい」
「2人とも、あとでウチに来るといい。ヒントならいくらでもあげよう」
「わかりましたぁ」
「ケンタのせいだぞー」
「イタイっすよー啓介さぁん」
半泣きの賢太と赤面したままの夢子を眺め、涼介は薄っすらと笑んだ。
「ひゃー、32カッコいー!」
妙義山、フリー走行タイム。無邪気にはしゃぐ夢子の頭を賢太がぽこりと叩いた。
「バカ夢子ー。Rなんかのどこがイイんだよ」
「何よぉ、賢太だって日産じゃない」
「そんなの関係ねぇよ」
「ケンター、お前も走るか?」
「ハイ!」
啓介の声に賢太はいそいそと駆け出していく。思い出したように振り向いて大声を上げた。
「……夢子!大人しくしてろよ!」
一人取り残された夢子がチラチラとナイトキッズのメンバーの方を見ていると、R32のドライバー・中里毅と視線がぶつかった。
かなり距離があるのに、ほんの数秒確かに見つめ合った――それはハッキリとわかった。
彼はすぐに夢子から目を逸らし、メンバーと何事か話し込んでいる。夢子は引き寄せられるようにR32に近付いていく。
(うわ、すごーい。さすがGT-R……。超シブーい)
しゃがみ込んで溜息を吐きながらリアを眺めていると、背後に人の気配を感じた。
「おい」
びくりとして振り向くと、右手に包帯を巻いた茶髪の男性が夢子を見下ろしている。
「お前レッドサンズのメンバーか?」
「えと、あの、」
「スパイか?あン?コラ」
どうやら夢子は彼に「敵」だと見なされたらしい。へっぴり腰のままどうにか立ち上がると、彼は尚も夢子を睨んでいる。
(こ、怖……っ)
「慎吾、何やってんだ」
「毅、コイツ――」
「すいません!カッコいいなぁって、あの、見とれてましたっ!」
素直に謝って頭を下げた。羽織ったパーカーのフードがぱさりと落ちてくる。
「あのZ33、あんたの?」
おずおずと顔を上げると、思ったよりも柔らかな表情で毅が聞いてきた。
「あ……は、はい」
フードと髪を直しながら夢子が呟く。
「いい車だ。赤城じゃ速いんだろう?」
「いえ、そんな……。ノーマルのまんまですし、あたし運転ヘタですから」
「チ、速いの車だけかよ」
「いじめんなよ慎吾」
「――右手、」
「あン?」
「利き手、使えないって色々と不便ですよね。デンジャラス慎吾サン」
「てめ……」
顔を赤らめて夢子に飛び掛ろうとする慎吾を、高田が苦笑しながら取り押さえた。
夢子はくすくすと微笑いながら毅へ向き直る。
「中里さんが負けると、あたし憲法のレポート3人分やらなきゃいけないんです。だから、頑張ってくださいね」
「?……ああ」
腑に落ちない、といった表情で毅が頷いた次の瞬間。
「てめェ!毅が勝ったら一発ヤラせろよ!」
静まり返った駐車場に慎吾の大声が響いた。
「あたしは構いませんよ?」
にこりと微笑って夢子が踵を返す。その背中に毅が投げ掛けた。
「あ、名前――」
「夢子っていいます。……雨、降ると思います。気をつけてくださいね」
短く言うと、唖然とするレッドサンズメンバーの元へとことこと戻っていく。
「……夢子ちゃん、今のマジ?」
「ヤバいんじゃねぇ?ケンタが知ったら……」
「だって啓介さんが負けるわけないじゃないですか」
あっけらかんと笑う夢子にメンバーが苦笑を漏らした。
湿った空気には大分前から気付いていた。
雨に匂いがあることなんて知らなかった。知ったのは賢太と付き合うようになってから。
空を見上げ、ひくひくと鼻を動かして夢子は周りを見回す。ヒルクライム開始まで――あと20分。