KISS OF LIFE (page.1/2)
「明日の午後から職場体験で高校生一人来るからな」
「は?」
栃木県某市。チューニングショップ東堂商会、閉店後のスタッフミーティング。社長の突然の言葉にスタッフ全員がぽかんと口を開けた。
「何すかそれ」
「急に言われても困りますよー」
「忘れてたんだよ。大したことするわけじゃねぇんだから気にすんな。男ばっかで殺伐としたこの空気を何とかしてくれると思うぜ」
「てことは女の子なんすか!」
大輝が目をキラキラと輝かせて社長に飛び付いた。
「ああ」
「やった!本物の女子高生っ!」
「ちなみに俺の姪っ子だからそのつもりでな」
一瞬にして重い沈黙が満ちる。
「……そう、なんですか……」
先程のはしゃぎっぷりから一転、大輝はがっくりと肩を落とした。
「エンジン組むのが好きでな。これがまたいいセンスしてんだよ」
デレデレと話す社長。姪っ子が可愛くて仕方ないのだろう。
「そいつには雑用全般と接客、簡単な整備をやらせる。将来は東堂商会の看板を背負うことになる奴だ」
「もう決まってんすか?」
「いや、俺の希望。大学でやりたいこと見つけるかも知れないだろ。正直、お前らの給料の倍出しても他には渡したくない。ま、そんなわけだからよろしく頼むわ」
「はい」
ロッカールームは「社長の姪」の話題で持ち切りだった。
「社長の姪っ子だろー?なんかゴツイの想像しちゃうけどなー」
「意外と可愛かったりして」
「期待するとヘコみそうだよな」
「酒井さんはどう思います?」
「エンジンのセンスあるっていうのが気になるよな」
「え、そっちすか?」
「酒井らしいけど、確かに女子高生がエンジン組むの好きって変わってるよなー」
「さすが東堂社長の姪って感じですけどね」
「はじめまして。東堂
夢子です。今日からしばらくお世話になります。ご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いします」
かっちりとしたブレザーに身を包んだ小柄な彼女はぺこりと頭を下げる。ストレートの黒髪がサラサラと揺れた。
「そんな堅苦しい挨拶いらねぇよ」
「組長、これも授業の一環ですから」
「……組長……?」
スタッフの苦笑が漏れる。東堂社長にぴったり──似合い過ぎ──の呼び名。
「
夢子、それ直せって言ったろ」
「ちっちゃい頃からの癖だもん。もう直んないよ」
ぷくりと頬を膨らませて
夢子は笑った。仕方ないな、といった表情で社長が
夢子に紙袋を渡す。
「これに着替えろ。スニーカー持って来たか?」
「もちろん持ってきました」
夢子はスカートを翻してロッカールームへ向かった。
5分後、ロッカールームから出てきた
夢子は赤いツナギを着ていた。裾や袖が少し余っている。
「組長、コレ大っきいです……」
「それが一番小さいサイズだ。Sだぞ?制服汚すよりいいだろ」
「絶対メンズサイズだ……」
伝票整理をしていた酒井は、
夢子に向ける大輝の熱い視線に気付いた。
「どうしたんだ大輝」
「いやー、すっげ可愛いっすね
夢子ちゃん」
「社長の姪だぞ?」
「カンケーないっす!」
なんだかやたらと燃えている。
「……まァ精々社長にブッ飛ばされないようにな」
苦笑して電卓を叩いていると、俯いた視界に赤い影が入る。
「あの、お手伝いしますから何でも言ってください」
黒髪を2つに結んだ
夢子が、余り気味の袖を気にしながらおずおずと話し掛けてきた。
「ありがとう。これはもう終わるから──」
「もうすぐお客さん来るからコーヒー淹れてくれる?」
大輝が酒井の台詞を遮り、満面の笑みで
夢子の肩を抱いた。
「あ、はい……」
「……大輝」
「何すか酒井さん」
無言で目元だけ動かした。大輝が酒井の視線をたどると──険しい顔の東堂社長。
「そうか大輝はボーナスいらないのか」
ボソッと呟く社長の後を大輝が慌てて追った。
「給湯室こっちだから」
苦笑しながら
夢子を案内する。
夢子は酒井の少し後ろからとことことついて来た。
(何だっけ、これ……。あ、刷り込みだ)
刷り込み──インプリンティング。生まれたばかりの鳥の雛などが、最初に見た「大きな動くもの」を親だと認識する。その姿はどこか危なっかしく、守ってやりたいという感情を思い起こした。
「あの、お名前教えてください」
給湯室でコーヒーメーカーの操作法を教えていると、
夢子が見上げてきた。
「さっきのが二宮。俺は酒井」
「酒井さん。……二宮さんっていつもあんな感じなんですか?」
「女好きならあいつの右に出る奴居ないかな」
苦笑してミルクと砂糖の場所を示す。
「襲われそうになったら助けに行くから、いつでも呼んで」
「……はい」
眉根を寄せて俯いてしまった
夢子を見て酒井は笑んだ。
「脅かしてごめん。あいつはそんなことしないよ」
随分低いところにある
夢子の頭をぽんと撫でる。みるみる頬が赤くなっていくのを眺めていた。
「酒井さーん!勅使河原さん来ましたよー!」
大輝の大声が響いた。
「初仕事。コーヒーよろしく」
もう一度
夢子の頭を撫でて給湯室を後にする。
酒井の鼓動はひどく高鳴っていた。
勅使河原氏は東堂商会のお得意様でスープラのオーナー。栃木県内のサーキットをメインに、各地の走行会でかなりのタイムを叩き出している凄腕だ。来店以来、酒井を贔屓にしてくれている。
「こんにちは。調子どうですか?」
「いいよー、もてぎにもしのいにもハマる。踏めるしホント気持ちイイ。さすが酒井くん」
「ありがとうございます」
「し、失礼します。コーヒー、お持ちしました」
緊張気味の
夢子がトレイを手にしてやって来た。
「あれ、女の子入ったの?」
「今日から職場体験なんですよ」
「よろしくお願いします。東堂
夢子です」
「へぇ、なんか得したなー」
頬が緩むとはこのことだろう。
「ミルクとお砂糖はおひとつずつでよろしいですか?」
「うん、ありがと。そっかー
夢子ちゃんかぁ。オレ通っちゃおうかなぁ」
彼はニコニコとコーヒーを啜った。
「勅使河原さん、ターボの件なんですが──」
「あ、うん。酒井くんに任せようと思うんだ」
「本当ですか?」
「正直言うと、さっきまで迷ってたんだけどね。
夢子ちゃんが淹れてくれたコーヒーが美味しいから、決めたよ」
「ありがとうございます。すぐに見積り出しますね」
以前から打診していた大きな商談がまとまった。
夢子のおかげ……かも知れない。
夢子が東堂商会に来てからというもの、曜日に関わらず客足が途絶えることはなかった。
ボルトオンターボ、フルエアロ、ROMチューンなどの契約が次々に成立していく。
「招き猫みてぇなモンかな」
社長もご満悦だ。
夢子はそんなことを知らず、今日も赤いツナギでくるくると働いている。
「組長ー、セクシーハウス様からお電話ですー」
「あぁ?何だそりゃ」
「社長……。どこの店すか」
「知らねぇよ。
夢子、先方はホントにそう名乗ったのか?」
「私にはそう聞こえましたけど……」
夢子は保留音の流れる受話器を社長へ手渡した。
「お電話代わりました、東堂です」
スタッフ一同が固唾を飲んで見守る中、社長は和やかに話し受話器を置く。そして大きく溜息を吐いた。
「
夢子。『積水ハウス』って言ってみろ」
「……セキスイハウス……」
「まぁ似てるっちゃ似てる、かもな……」
「ごめんなさぃ……」
呆れ顔の社長にぐりぐりと頭を小突かれて赤面する
夢子。
「
夢子ちゃんて天然?」
「マジ持って帰りてぇ」
スタッフからの評判も良く、一週間も経たないうちに
夢子は東堂商会の看板娘になっていた。
[KISS OF LIFE] (2)
next≫
title.平井堅