唯一無二
街中の喧騒に混じり、背後から馴れ馴れしい“男”の声が数度飛ぶ。自分に向けられたものかは判らないが、そうだとしてもナンパ野郎の相手をするほど女子大生は暇じゃない。

「ねえってば」

痺れを切らしたような男の声が間近で上がり、同時に腕を掴まれた。厭世的な速度で振り向いた先に居た人物は、友人の“弟”。「玲二君」ぽつり、唇から彼の名前が零れる。

「さっきから声かけてんのに。シカトされっぱなしで傷つくぜ」

手を放し、大袈裟に肩をすくめてみせた。どうしたの、と問う間にも「レーくん遊ぼー!」なんて女の子達からきゃあきゃあ声を掛けられている。

「うちまで送ってよ、クルマだろ?オレ今日アシねーんだ」

誘いへは「また今度」と行儀の良い笑顔を返し、ついでにひらひら手なんか振ってみせるサービス精神。彼の頼みを断る理由は無いけれど、二つ返事で引き受けるのもなんだかシャクだ。

「……買物、途中だから」

「ちょうどいいじゃん、オレ使ってよ。荷物持ちでもなんでもするぜ」

こうして彼は私の退路を断つのだ。私が頷くまで、素知らぬ顔で。



「運転、ウマくなったんじゃね?」

「……そうかな」

「最初ヒドかったって自覚ねーの?オレのがマシなんじゃねーかと思ったっけー。それと比べたら今は割とスムーズだし……ま、ココで寝んのはまだ怖えーけど」

「私も、起きててもらった方がいいと思うよ……」

「これノーマルのまんま?ドリ仕様で埠頭とか行ったらいーべ」

「うーん……そういうのは興味ないから」

「せっかくシルビアなのにつまんねーって」

「“折角”の意味がわかんないよ」

ふ、と笑みが零れる。私達はこれでいい。気の置けない友達みたいな関係を、これからも続けていけたら。誰も傷付けず、自分も傷付かずに済む。

「まだアニキのこと好きなん?」

ステアリングを握る手に思わず力が入った。彼は訊いて良い事と悪い事の区別もつかないようだ。

「…………玲二君には関係ない」

たっぷりと時間を置いて返答するが、こちらの心境を察するつもりなど端から無いように「オレじゃダメ?」あっけらかんと言い放つ。

「アニキの“かわり”にはなんねーけど……つーか、なる気ナイけど。オレがあんたの事幸せにすんぜ」

「からかわないで」

「どうしたら信じてくれる?こっから飛んでみよーか」

国道16号、信号待ちの交差点。きっと隣を睨み付けるが、彼は動じる事無く――それどころか心底嬉しそうに笑んでみせた。

「オレ、あんたのそーいうとこ大好き。気い強くてしっかり“芯”があって。へし折りたくなんの」

「意地悪」

「あんたをすっげえ好きってだけなのに、わかってもらえねーのな。残念」

目的地到着まで、彼を無視することに決めた。



「……着いたよ」

「ドライブ行かね?」

運転席で重い溜息を吐いた直後。右頬に指先が触れたと思えば視界は左へ振られる。助手席から身を乗り出す彼の髪がはらりと揺れた。

「覚えといて。オレはあんたとなら何だってできる。わかってもらえねーなら、わからせるまで諦めねー」

瞬いた刹那、鼻の頭に彼の唇が押し付けられた。抵抗の余地など与えられないまま視線を外し俯く。

「次はマジで“唇”狙うから。覚悟しなよ、夢子サン」

ずきりと胸を締め付ける。あいつに似た顔で、声で、私を惑わせるのはもう、やめて。このままじゃ、私はきっと。

「送ってくれてありがと。今度、ちゃんとデートしよーよ?オレの“後ろ”に乗ってさ」

またね。助手席が閉められ、独りになった車内。私は“彼”との繋がりの一切を絶たれたように思えた。帰らない兄を待つ弟の背中は間も無く門扉の向こうへ消える。運転を再開させる手が、脚が、僅かながらも確かに震えている事実から気を逸らすように強く唇を噛んだ。





[唯一無二] END.

2015/04/01 up.


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