横濱女王 (2/2)
「バッカじゃないのォ!どーゆー神経してんのよ!」
美央の絶叫が峠に響く。呆れ顔の亜紀道が「全然たいしたことねえよ」と言い放つ。
「普段もっと寝かせてるからな。今日は荷物乗せてっから遠慮したんだろ。ガチの夢子はマジで“迅”ェぞ」
「美央ちゃんスカートでしょ。怪我でもさせたら申し訳ないよ」
「ナニそれ」
「親からもらった大切な身体だから……大事にしなきゃ」
「はあ?ヤリまくりのクセによく言うよ、ったく」
美央が髪をかき上げ吐き捨てた途端、しんと沈黙が落ちる。言い過ぎに気付いた美央は慌てて手を振った。
「いや、夢子さんがヤリマンとかゆーんじゃなくて。つーかそんなん知らないし。兄貴とさぁ……とっくにヤってるよね?」
誰も、なにも、応えない。美央が恐る恐る問いを続ける。
「……付き合ってんだよね?アタシが知ってるだけでもけっこー長いよね?」
それでも、兄と恋人は無言を貫く。美央は顔を蒼くして「ウソでしょ」と呟いた。
「信じらんない……!兄貴よくガマンできるね?ヤレない女に価値あんの?」
「うるっせえな!おまえに関係ねえだろ!」
「やだー!プラトニックとか逆に気持ち悪っ!」
「夢子にそんなん聞かせんな!帰んぞ、夢子ッ!」
亜紀道から大声を向けられた夢子はじっと俯いている。その唇から「名前」とただ一言だけが零れた。
「「はぁ?」」
二つの声が兄妹から同時に上がる。
「美央ちゃん、私の名前、呼んでくれた……!」
「ちょっ――なんで泣くのよ、意味わかんないんだけど!」
「お、おぼえててくれて、うれしぃ……」
「もォ!兄貴、なんでこのヒト好きなワケ?」
「ガキのおめーにゃわかんねーよ」
妙にあったかーい目しちゃって、ますます意味わかんない。肩をすくめる美央が、こちらへ向かってくる“音”に気付く。聴いたことのある音だ。
「亜紀道!」
兄へ声を掛けた男は美央の予想通り――椚政友、その人だった。愛機“K0”から飛び降りた彼は、夢子へ頭を下げてみせた。当の夢子は「ありがとね、椚君」とニコニコ笑っている。
「椚君が知らせてくれたの」
傍らの美央へ耳打ちするように、そっと夢子が囁いた。美央が目を丸くし、慌てて頭を下げる。
「どうも、ありがとうございました」
「怪我なくてよかったな。あんまり兄貴に心配かけんなよ」
頷いた美央を見遣り、政友は亜紀道へ向き直る。二人を眺めていた夢子が、小首を傾げるように「コーヒー好き?」と美央へ問うた。
「うん。どして?」
「亜紀道君と椚君、時間かかるかもしれないから。あったかいの飲んで待ってようか」
自販機へ促された美央は、大人しく彼女に従い後ろをついていく。
「はい、どうぞ」
「いただきまぁす」
差し出された温かい缶コーヒーを受け取りプルタブを起こすと、微かに香りが立つ。縁石に二人並んで腰掛け、美央は夢子が纏う特攻服をぼんやりと眺めている。
レディースの“族”が、横浜市内に幾つか存在していることは美央も知っている。その頂点に立つ『麗戯雫』は結成当初から走りと喧嘩がピカイチで、県内でも指折りの超有名な“族”。『麗戯雫』の総長は即ち、“横浜を統べる唯一無二の女王”であることも。
「まさか夢子さんが“総長”だったなんて。特攻服とか、意外すぎて逆に笑えるんだけど」
「もう引退してるから……。これね、亜紀道君と走るときだけ着るんだ」
愛しいものに触れるような手付きで襟元に触れる。はにかむような表情が可愛らしい。
「今日、化粧濃いよね」
「……似合わないかな」
「そーじゃなくて。こーいう一面もあるんだなって思ってさ」
こくり、夢子が頷く。
「ねえねえ、ホントに兄貴とは“まだ”なの?今までカレシとか全然いなかった?“こっち”の夢子さんは、モテない方じゃァなさそーだけど」
「付き合うひとは、亜紀道君が最初で最後だよ」
一切の途惑いを感じさせず、夢子が言い切った。言葉に詰まった美央が、ぐいと缶を呷る。熱いコーヒーは、やけに苦く喉を潤した。
自分は今までこんなふうに“本気”で、人を好きになったことがなかったから。……ただ単純に、隣に居る彼女を羨ましく思っているみたいだ。
「美央ちゃん、高校どこ行くの?」
「ん、兄貴と同じ。愛慎」
「……そっか。じゃあ、もうすぐ“運命の出会い”があるかもね」
「アタシ、ボーソー族には興味ナイって。愛慎てソッチ系多いらしーし……」
「まぁまぁ、そう言わずに。美央ちゃん好みのコが居るかもしれないよ」
「ナニよ?夢子さんてばヘンなのォ」
どこか楽しそうに笑う彼女の隣に居ることはとても心地良い。……ああ、そっか。アタシ、この人のことまだ全然知らないんだ。
「今度、いっしょに走ろーよ」
「もちろん。サーキット行こうか、どこがいいかな。亜紀道君も一緒?」
「……兄貴は、アタシがバイク乗るのに反対だし……」
「心配してるんだよ。美央ちゃんは、亜紀道君の大事な妹だもん」
「ええー……?そーかなぁ……?」
「そうだよ」
「……うん。夢子さんがそう言うなら、そうなのかも、ね」
驚いたように見つめてくる夢子の視線はくすぐったくて、じっとして居られない。すっくと立ち上がり、空缶を二つゴミ箱へ放り投げた後、兄へ声を放る。
「兄貴!アタシら先帰っからァ!ホラ行こ、夢子さん」
「え、でも」
「いーからいーから。ハイ」
美央が右手を差し出すと夢子はそれに応えるように立ち上がり、どちらからともなく一度、強い握手を交わす。
夢子の愛機――青色と銀色を纏うGPz750Rの佇まいは、ただただ美しい。オーナーから愛されていることが、手に取るように伝わってくる。
「今度は飛ばさないでよね、夢子さん」
「えっ」
「……フツーに、ゆっくり、ウチまで安全運転してくれればいーから。兄貴が“心配”するんでしょ」
二人はまるで旧知の友達のように、視線と微笑を交わす。
タンデムは苦手だと思っていた。運転も同乗も疲れるし、二人の息が合わないとうまく走れないから。
彼女の後ろに居ることは楽しくて、やっぱりバイクっていいな、なんて再確認した。ブレーキングも、コーナリングも、気を配ってくれていることがちゃんとわかる。
柔らかく温かな彼女の身体が、美央のすぐ前に在る。腕の中に居る“女王”に、自らの命を預けているのだと実感が湧いた。
不意に前から「ごめん、美央ちゃん」と申し訳なさそうな声。
「やっぱりちょっとだけ、飛ばしてもいい?」
ワガママな女王サマだ。美央の唇に笑みが浮かぶ。
「しょーがないなァ!ちょっとだけだかんね!」
車速と向かい風に負けじと怒鳴るように声を上げた途端。全身に感じる風の“種類”が変わったように感じられた。だけど全然、怖くなんかなかった。このままどこまでも走っていきたいような、生まれて初めての感覚。
きっと、この人とならどこまでも走っていける。根拠なんかなんにも無いけど、そう思う。知らないうちにまた、笑みが込み上げる。美央が両腕に力を込めた。たいせつなものをしっかりと、心の中へ抱きしめるように。
[横濱女王] END.
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2014/12/07 up.
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