100年初恋
ある日、突然。肩と肩が軽くぶつかって、二人のあいだで恋が始まる。そんな、素敵なハプニング。こっそり隠した期待ほどには実現しないからこそ、そうした〈お話〉がたくさん作られるのかもしれない。



「おうコラ、人にぶつかっといて謝罪もナシか」

放課後。体育館へと向かう途中だった夢子は、気付けばダサいサングラスをかけた長身の男に睨まれている。

「……ぶつかってきたの、そっちでしょ」

「なんだと?お前一年だろ」

「それがなにか」

「こっちは先輩だって言ってんだよ。口のきき方がなってねーなぁ、一年坊。年上への態度ってモンがあるだろうが」

視線を外し、髪をかき上げる彼女の溜息と表情には、あからさまに『めんどくさい』が込められていた。それが〈先輩〉の怒りを倍増させる。夢子へにじり寄り「あんまナメてっと痛い目見んぞ」と凄んでみせた。



バイク置場へ差し掛かった洋平の視界を掠めた、一人の女生徒。後姿だけでも、〈彼女〉を他の誰かと間違える筈がない。何気無く立ち止まり「なあ、あれ。男と居るの、夢子じゃねえ?」と指差した。傍らの花道も足を止め、洋平の言う方向へ顔を向ける。

「おお、ほんとだ。あんなとこで何してんだ」

「告白されてたりして」

「なにィ!そんな面白いこと見逃せるか!おーい、夢子っ!」

花道の大声に二人が振り向いた直後。そこに漂う、決して甘くない雰囲気を察した花道と洋平が顔を見合わせる。経緯は分からないとしても、現在の状況は二人とも把握できた。花道が愉し気に近付き「オレが相手してやろーか」と胸を張る。

「そこまでバカだと思わなかった」

「あぁ?」

「誰の喧嘩か、分かんないの」

夢子から冷たい目を向けられ、花道が「スマン」と項垂れる。

「オレが悪かった。手は出さねえよ」

「ああ、オレも。ジャマして悪かったな」

フイと洋平が右手を上げた。二人は夢子達からある程度の距離を保ったまま、それ以上近寄ろうとはしない。並んで傍観することに決めたようだ。闖入者に毒気を削がれたように「なんだ、あいつら」と先輩が呟いた直後。

「よそ見してっと危ないですよ」

地面を蹴った夢子のスカートが揺れた。見事下腹部へ命中したバックスピンキックに、花道と洋平から驚嘆の声が上がる。

「うーむ、相変わらず身軽だな夢子のやつ」

「ウェイト軽いとはいえ、喰らうとキツそうだよなあ。あいつ、的確に急所狙うんだぜ」

まるで穏やかな湖でも眺めているような、呑気な声が二人分。倒れ込んだ〈先輩〉は自分に何が起きたのか理解出来ないように口を開けていたが、後輩から見下ろされる自分の体勢に気付き慌てて立ち上がる。

「て、てめぇ……チクってやっかんな……!」

「一緒に職員室行きますか。『一年坊にやられました、こいつ停学にしてください』って訴えたらどうです」

サングラスを直しながら「覚えてろ!」の捨て台詞と共に去っていった――立場も威厳も失くした――先輩を見送り、洋平が息を吐く。

夢子、今からでも運動部入ったらどうだ。基礎からやりゃあ、いい選手になるぜ」

提案を受けた花道が真顔で「ジュードー部はやめとけ」と夢子へアドバイスを送る。

「やんないよ、スポーツ嫌いだし。……でも、花道がバスケしてるとこ、見るのは好き、かな」

「お、そうかね。やはり天才の妙技は万人を引き付けてしまう……」

フフンと謎の笑みを浮かべ、花道が満足気に頷いた。洋平と夢子は顔を見合わせて互いに苦笑を漏らす。

「花道、部活行くとこだったんでしょ。こんなとこで遊んでていいの?」

「イカン……!キミたち、ケンカもほどほどにな!」

「おまえが言うなよ」

「がんばって」

「おう!サンキュ、夢子!」

体育館へと突っ走る花道を見送る夢子の横顔が、幾分翳っているように洋平には思えた。口を開きかけて逡巡し、零れそうになった言葉を飲み込む。それに気付いたのか、夢子は「なに」と洋平へ無遠慮な視線を突き刺した。


「花道に言わねーの?」


洋平からの問いを受けた夢子が咄嗟に「言うわけない」と吐き捨てる。何を、と訊き返すことはなかった。洋平の言わんとしている〈こと〉は夢子にも充分解っていたから。

中学生の頃。夢子が花道への想いを認識した時とそう変わりない時期に、洋平も夢子の想いに気付いたのだろう。少しばかり迷った後、「晴子ちゃん」と夢子が呟く。

「……みたいな女の子らしいコが、花道には合ってんだよ。……私なんか、男みたいだしさ」

「オレは、そう思わねーけど」

夢子の言葉を遮り、洋平がきっぱりと断言した。夢子は少なからず驚き、返答に迷ってぐるぐる視線を彷徨わせる。

「……えーと……ありがと、で、いいのかな。こーいう場合」

「ああ。じゃ、行こうぜ」

「……どこに」

「体育館。あいつがバスケしてるとこ見んの、好きなんだろ」

「そんなの覚えてなくていいって」

呆れたように息を吐く夢子を視界の端に捉え、洋平が歩を進める。それから間も無く、傍らの夢子へ「なあ」と声を投げた。

「ホントに言わねーの?」

「洋平しつこい。言わないったら言わないっての」

「んじゃオレも言わねー」

「……何を」

「言わねーって言ってんだろ」

「……意味が分からないけど……」

「わかんなくていい。そんなことよりおまえ、顔コワイぞ」

からかうように鼻先へ人差し指を突き付けると、夢子は慌てて頬や眉間へ手を当てる。

「笑っとけ、夢子

ニッと唇を引いてみせると、つられるように夢子も頬を緩めた。それを見た洋平は少し安堵したように頷く。

「花道のやつ、今日は何回怒られっかな」

「ゼロ。ラーメン賭ける」

「じゃあオレは3回」

「……マジで?」

「マジで」

考え込むように唇を結ぶ夢子に気付かないフリをして「高宮達も来っかな」と呟いてみる。

「負けたら何人分オゴることになんの……!」

予想通り、悲愴めいた声が隣で上がった。

「精々頑張ってもらわねーとなぁ、花道には」

「うう……こっそりと念を……送る……」

夢子が応援すりゃ大丈夫だろ」

「やだ洋平、そーいうコト言う?フツー」

どんと拳で背中を突かれた。照れ隠しのつもりだろうか、変に力が入ってけっこう痛い。

足取り軽く走り出した夢子が振り返った。主人が犬でも呼ぶように「ついて来い!」と笑顔で大きく洋平を手招いている。身体を翻した夢子の後を、洋平が生返事を連れて追いかける。


体育館から聞こえてくるのは、いつの間にか日常に馴染んだ音。バッシュが駆ける音。ボールが弾む音。部員達の掛け声。彩子さんが吹くホイッスル。

期待を込めて顔を覗かせた夢子と洋平の目に最初に映ったものは、赤木キャプテンから強烈なゲンコツを喰らう花道の姿だった。





[100年初恋] END.

2014/12/15 up.


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