What A Girl Wants
クールだけど優しいひと。そんな誰か。それは――あなた。


夕陽が射し込む教室の片隅で、分厚い本を広げ舟をこぐ生徒がひとり。

図書室で借りたばかりの本を夢中で読んでいたが、先程からあくびが零れてくる。涙が滲む目元をごしごし擦った。

昨夜も遅くまで活字を追っていたせいで、一日眠くてたまらなかった。幸い、授業中に居眠りするようなことはなかったけれど。

学校から自宅まではさほど遠くない。少し寝て、頭をスッキリさせてから帰ろう。そう決意した夢子は本を閉じ、潔く机へ突っ伏した。


数時間後、すっかり日の落ちた廊下を歩く長身の影。彼は自分のクラスに灯りが点いていることに少々驚きながらドアを開けた。

彼の隣の席では、分厚い本を枕代わりにした夢子が規則正しい寝息を立てている。何故、こんな時間にこんな場所で。

「……おい」

困惑したまま肩を揺すり呼び掛けるが、起きる気配をまったく感じない。

「おい、田中

「……んな、食べらんな……」

「…………」


ちゅ。


夢子が目を覚ましたとき、はじめに視界に入ったのは流川の瞳だった。至近距離でも揺るがない、鋭い光をたたえた瞳。

「る、流川くん!?」

勢い良く上体を起こすと、彼は呆れたように「やっと起きた」と呟いた。

「……本気で寝ちゃってた。でも流川くんに起こされるなんて、ちょっとショック。いつも私が起こしてるのに」

気持ちを悟られないよう、夢子は明るく笑った。それでも、顔がどんどん熱くなっていくのがはっきり解る。

「部活、終わったの?」

夢子の問い掛けに、こくりと彼が頷く。

「お疲れ様。見に行きたかったな」

窓の外の暗さにやや面食らいながら、本を鞄へとしまった。

「送ってく」

「へ?」

「外、暗れーから送ってく。早く来い」

そう言った彼は、夢子と自分の鞄を手に早足で教室を出ていく。

慌てて後を追った夢子が靴を履き替えると、彼が自転車を玄関前に停めたところだった。前のカゴには二人分の鞄が入っている。


「後ろ乗れ」

「お、重たいからダメだよ」

「んなちっせー体のどこが重い。いーから乗れ」

口の中で反論を転がしている夢子へポツリ「乗んねーと鞄返さねぇ」と発し、サドルへ腰を下ろす。夢子が乗るのを待っているようだ。

「流川くん、ずるい!」

「……ずるくねぇ」

観念したように荷台へ座った夢子が、目の前に在るシャツの脇腹あたりを遠慮がちに抓む。直後、その手をひょいと握られた。

「ちゃんと掴まれ」

彼は夢子の腕を自分の腹部へ回した。自然と抱き付くような格好になり、夢子はまた顔を熱くする。シャツ越しに、無駄のない筋肉の感触。背中に当てた頬から伝わる彼の鼓動。

彼がゆっくりとペダルを漕ぎ始め、自転車はスムーズに走り出した。風を受けて膨らむスカートとなびく髪をやや気にしながら、夢子は前方へ声をかける。

「ねえ、流川くん」

「……楓」

「え……」

「俺、夢子って呼ぶから。……楓」

「……楓、くんは、いつもああいうこと……するの?」

優しいキスで起こされたこと。頬に触れた唇の感触をありありと思い出し夢子は俯いた。……返事はない。

随分長く感じた沈黙の後、前から「どあほう」と声が飛んできた。むっと眉をしかめた夢子が、異を唱えようと息を吸い込んだ瞬間。


「…………夢子だけだ」


呆気に取られ、口を半分程開けたままの夢子はその言葉を噛み締め、回した腕に少しだけ力を込めた。

触れたところから伝わる熱が、微かに高くなったように思う。きっと、自分の熱も同じように。

知らず知らずのうちに、夢子の唇から笑みが零れる。楓くんの赤い耳に免じて、許してあげよう。

ここにいてくれて、ありがとう。どうか、私をはなさないで。あなたを近くに感じていたい。あなたのそばにいられれば、私はそれだけで。





[What A Girl Wants] END.

2004/10/30 up.


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