チョコミントフレーバータイム (1/2)
『俺が誰とヤろーがオマエに関係ねえだろ。彼女ヅラ、うぜえんだよ』
飛び起きて、嫌な夢だと判る。心を潰した、忘れた筈の昔の男。最低最悪の目覚めのせいで、胸にずしんと異物感。
恋人や彼氏といった甘い関係で括れなかった、あんなやつが自分の〈初めての男〉だという事実。それは人生最大の汚点だと夢子は思っている。
こんな事、考えたって無駄だ。講義が終わったら、体育館のトレーニングルームでひたすら筋トレしよう。ヘッドボードで鳴り出した目覚まし時計を強めに叩く。
温かいベッドから抜け出し、寝癖のついた髪をかき上げる。今日は、真里くん来るかな。気まぐれな野良猫にも似た、年下の〈友達〉のことをふと考えた。
それから、今日の荷物。着替えのトレーニングウェアにタオル。シャンプーはシャワールームの備品で済まそう。借りてたCD、昨日鞄に入れたっけ。
――夕刻。玄関でインターホンが鳴り、ドアスコープを覗く。ドアを開けると、学ラン姿の真里が「おっじゃましまーす」と飛び込んできた。
「夢子ちゃん、コレおみやげっ」
「ありがと……。手、洗っといで」
手渡されたものは、謎のソフビ人形。テレビ台に置いておくとしよう。
「スーパー行くけど、留守番してる?」
洗面所へ声を掛けると、真里はうがいの途中だったらしい。返答は辛うじて「待ってえ」と聞き取れた。
「オレも行く!荷物持ったげる」
「お、頼もしーい」
「アイス買ってね♪」
「まだ買い置きあるから、ちょっとだけだよ」
「はぁーい」
コートを羽織った夢子が真里を促す。スーパーまでは徒歩数分。二人で話しながら歩いていくと、あっと言う間。
買物を終え、用事を思い出した夢子が「切手買ってくるから、ちょっと待ってて」とサービスカウンター傍のベンチを指差した。
「お待たせー」
コートのポケットへ財布を仕舞いながらベンチへ戻ると、真里の姿が無い。どこへ行ったのかと辺りを見回すと……小さなフードコートに在るアイスクリームショップの前で、メニューをじっと見つめていた。
小走りで駆け寄り、背後から「真里くん」と声を掛ける。
「さっきアイス買ったのに。食べたいの?」
「ダメ?」
真里はしょんぼりと肩を落とし、夢子の目を真っ直ぐ見つめている。
嬉しいこと、悲しいこと。真里くんはいつもメーターを振り切るような感情表現をする。私、これに弱いんだよなあ。可愛いし。
「……まあ、暖房あったかいし、荷物持ってくれてるから……。小さいの、シングルコーンでね」
「エェー……こん中からいっこだけ選ぶなんてムリだよォ〜……」
「無理でも選ぶの。んーと……私、チョコミントにしようかな。真里くんは?」
「……ラムレーズンと、ストロベリー……」
「シングルって言ったでしょ。ラムレーズンでいい?」
「うん……。夢子ちゃんの、ちょっとちょーだいね……?」
「はいはい。あげるから、そんな泣きそうな顔しないで待っててね」
ポンと真里の頭を撫でてレジへ向かった。
アイス片手に店外へ出ると、だいぶ暗くなっている。歩きながら細く息を吐いてみた。白く立ち昇る吐息を眺め、夢子は「もー」と溜息を零す。
「12月だし、寒いに決まってるよねえ……」
「食べたげよっか」
「あれ、もう食べちゃったの?一口あげる」
少し先を歩いていた真里が戻ってきた。コーンを差し向けると、嬉しそうに齧り付く。ほんと、おいしそうに食べるなあ。
「あ、スーパーホーク!」
電柱の傍に停めてある一台のバイクを指差し、真里がそわそわ落ち着き無く「見てきてもいい?」と夢子へ問うた。
「あんまり長居しないでね」
「わかってるー!ちょっとだけ!」
駐車場のフェンスにもたれ掛かった夢子は一口分残されたアイスを食べきり、指先に残るコーンの欠片を軽く払う。
じっとしてると寒いな、そろそろ帰ろう。夢子が一歩、踏み出したその時。
「夢子?」
夢で聞いた声に名前を呼ばれ、足を止める。声を掛けてきた人物は――〈付き合っている〉と思っていたのは自分だけだった――高校の、同級生。
こんな時に、こんなところで遭うなんて。まるで今朝の夢が、予兆にでもなったかのような。
「やっぱ夢子じゃん。何してんだよ」
「買物……」
「あん?なんだあのガキ」
「……あのバイク……」
「かっけーだろ、こないだ親に買ってもらって……っつーか会うの2年ぶりくれー?俺今ヒマなんだけど、どーせオマエ、俺のことまだ好きだろ」
ぐいと肩を抱かれ、革のジャケットから煙草とコロンが漂う。知らない香り。だけど自分勝手で強引なところは〈あの頃〉と変わらない。
懐かしむ間も無く、嫌悪感が喉元へせり上がり眩暈さえ覚える。昔好きだった人なのに、どうしてだろう。
「手ェ離せよ、このヤロウ……!」
憎悪が視認出来そうな程、敵対意識を剥き出しにした真里の声。はっと我に返るように夢子が目を見張った。
「さっきのガキじゃん。ナニ、弟?」
「……つ、きあってるの」
不意に口から出た、その場しのぎの嘘。肩の手に力が入り、明らかな嘲笑が頭上から墜ちてきた。
「こんなガキとヤってんのかよオマエ。そーいう趣味だったんかぁ?」
真里が奥歯を噛み締める音が耳へ届き、夢子は自分の過去と決別する意思を固めた。
「年下だけど頼りになるし、一途だし……あんたなんかより、ずっとかっこいいんだから!サヨナラッ!」
肩の手を払い、男へ背を向けた。振り向きもせず「行こ、真里くん」と彼の左手を取る。
「アイツほっとくの?オレが“くしゃくしゃ”に――」
「いいから。アイス溶けちゃうよ」
右手に在る真里の温もりだけが今、辛うじて夢子を支えているような気がした。急かされ歩き出した真里の右手で、ビニール袋がガサガサ音を立てている。
とっくに飲み込んだ筈のミントアイスが、ヒリヒリと喉奥に焼き付いているみたいだ。夢子は固く握り締めた拳でぐいと唇を拭う。
→チョコミントフレーバータイム (2/2) #
倉庫|夢|0:top