fate
「コレ、白黒のトレノに乗ってるあの人に渡してくれませんか?」
「……はい、わかりました」
「黄色いセブンの人に渡してほしいんですケド……」
「はい。渡しておきます」
「あ、すいませーん」
「ちょっとお願いしたいんですけどぉ」
「よかったらコレお願いしますー」
上目遣いでおずおずと、でもしたたかに。恋する乙女達と意中の王子様との橋渡し役。
あの2人ならファンが居て当然――と自分を納得させて笑顔で受け取る。
打算を計算し尽くした彼女達の想い。夜の峠、両手に袋やら箱やらを抱え、松本は小さな溜息を吐いた。
「――あの、」
彼女は一人、遠くから真っ直ぐに俺を見ていた。数人でワイワイと声を掛けてくる女性が多い中、彼女はたった一人で。
「はい、何か?」
「あの、ハチロクの……」
そこまで言うと言葉を止め、俯いてしまう。藤原への告白を俺にされても――と思いつつ、彼女との距離を少しだけ詰める。
彼女の肩は微かに震えていた。
「それ、受け取りますよ」
松本の言葉に顔を上げた彼女が、おずおずと差し出した紙袋。
「藤原に渡しておきます。ありがとう」
受け取って微笑んだつもりが、彼女は「あ……」と声を漏らした。
それはまるで、全てを拒絶するような切ない音色。
「松本」
「――今行きます」
涼介に呼ばれて踵を返す。思い出したように振り返り彼女に軽く頭を下げると、両手に溢れる幾つもの想いが小さく音を立てた。
「こっちは啓介さん。これと……これは藤原に」
「はぁ、どうも……」
「あぁ?誰から?」
「名前は聞けなかったんですが……」
「どーせ"手作り"チョコか何かだろ?正体不明のモンなんかホイホイ食えっかよ」
啓介は受け取った箱を開けもせず、ゴミ袋へと放り込む。
「食べ物粗末にすると、バチが当たりますよ」
「何だよ藤原。お前髪の毛入りの"手作り"食ったことあんのか?」
「……ないですけど……」
「ホント勘弁してほしいぜ。食ったら中から長っげー髪の毛出てきてよ」
苦虫を噛み潰したような表情で悶える啓介と賢太を尻目に、拓海は紙袋の中を覗き込んだ。
「……あ」
「お、何だ?怪しいモンでも入ってたか?」
「これ、オレ宛じゃないです」
「あ?じゃあオレか?」
「いや……松本さんにみたいです」
「へー」
拓海と啓介が覗き込んだそこには、"松本さんへ"と控え目に書かれた小さな封筒が入っていた。
「俺に……?」
「はい。名前、書いてありましたから」
「ああ……ありがとう」
拓海に渡した筈のその袋は、再び松本の手に戻ってきた。肩を震わせていた"彼女"の想いを受け取る。
[ Happy Valentine's Day. ]
封を開けると華々しい文字の下、名前と携帯番号が控え目に記されているカード。松本はツナギのポケットから携帯を取り出した。
「すみません、勘違いしてて――」
「わ、私の方こそ、すみません。緊張して、何も言えなくて……」
松本が駆け付けた時、彼女はガードレールにもたれて俯いていた。彼女の声は電話で聞くより、幾分和らいでいる。沈黙が落ちて、白い息だけが2人の間を支配する。
「「あの、」」
ようやく発した言葉は見事にシンクロした。
「……あ、ど、どうぞ」
「いや、田中さんからどうぞ……」
つい先程知った彼女の苗字を口にするだけで、ひどく気恥ずかしい。また落ちる沈黙に、松本は焦った。
「「好きです」」
シンプルな告白。互いに互いの言葉を反芻する。
「え……?」
「……その……よく、バトル観に来てましたよね」
「あ……はい……」
「何度か見掛けるうちに気になって――」
俯いた彼女の頬は薄っすらと赤味を帯びていて。
「気付いたら……夢子さんのこと、好きになってました」
顔を覆ってへたり込んでしまった彼女を、愛しいと思った。
「大丈夫ですか?」
「ごめんなさ、今、顔真っ赤で……っ」
膝を付いた松本が、自分に言い聞かせるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「夢子さん。良かったら、俺と――付き合って貰えませんか?」
俯いたままこくりと頷いた夢子がそっと顔を上げると、思ったよりも近くに松本が居て。あたふたと視線を泳がせる夢子を微笑いながら見つめている。
「家まで送ります。大分冷えてきましたね」
「あ……でも松本さんはまだ終わってないんですよね?」
「ええ。でも少し抜けるくらいなら……」
「終わるまで待ってたら、ダメですか?」
「……何時に終わるか分からないんですが……」
「私、松本さんがお仕事してるとこ好きなんです。ずっと見ていたいって思ってました」
何気ない夢子の言葉に、返す言葉が出てこなかった。口をつぐんだ松本を見上げ、彼女はしゅんと眉を下げる。
「すみません。お邪魔でしたら、帰ります」
「いえ。そんなこと言われたの初めてで、驚いてしまって――」
参ったな、と呟いて松本は頭を掻く。
「……それじゃあ、終わるまで待ってて貰えますか?」
「はい」
立ち上がった松本が夢子の手を取る。冷え切った峠の中、そこだけが熱を持っていた。
「アニキ!松本がオンナ連れてる!」
「……ほう……珍しいな」
「終わるまで見学させて貰えますか?」
「ああ、構わない。ここに掛けるといい」
椅子を指して涼介が微笑った。松本に促され、そこへ夢子が浅く腰を下ろす。
「ケンタ、コーヒー!」
「あ、はい!」
「……お邪魔、します……」
「なぁなぁ、名前何つーの?」
「田中……夢子、です」
「オレ高橋啓介!ヨロシクな」
「……よろしくお願いします」
屈託なく笑う啓介につられ、緊張していた夢子もようやく笑顔を見せた。差し出された右手をそっと握る。力強い、握手。
「啓介さん」
「あ?」
「彼女は俺のなんで、手出さないでくださいね」
(松本怖ぇー!目、マジじゃねぇか……)
「……わぁってるよ」
微笑う松本と俯いてしまった夢子を交互に見遣り、啓介は呟いた。
「随分愛されてるんだな」
「……え?」
「コーヒーどうぞ!」
「あ、ありがとうございます」
「ケンタ、そいつに手出すなよ」
「?何がすか?」
「松本に殺されるぞ」
「……怖っ」
赤面した夢子が、涼介と話す松本に目を遣る。視線に気付いた彼は笑って手を振る。夢子はますます顔を赤くして、そっと右手を振った。
真っ直ぐ、でも遠慮がちに向けられる視線にはすぐ気付いた。ただ、それが誰からのものかは判らなかった。俺はいつからか、それを愛しく思うようになっていた。
"彼女"と目が合ったのはたった一度きり。すぐに逸らされたが、視線は彼女からのものだとはっきり判った。それからは俺の方が、彼女を探すようになっていた。
ただ自分の隣にはいつも藤原が居たから――彼への視線だろうと、自分を納得させていた。
そうでもしないと、彼女にのめり込んでしまいそうだったから。いや――その時はもう既に、引き返せない処まで来ていたのだろう。
今俺は、切ない程に夢子を想っている。夢子――。君だけが愛しくて堪らない。
[fate] END.
2005/02/08 up.
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