お寺生まれの池田さん (2/2)
だだっ広い駐車場の隅に停めた車から降りた夢子は、普段よりも深い呼吸を繰り返した。

お寺や神社の空気って、なんだかよくわからないけど気持ち良く感じる……ような気がする。

手ぶらで来てしまったけれど、なにか持ってきたほうがよかったかな。しかもアポなし。居るかどうかわからないけど、会えたらラッキー?

やや後悔しながら階段を上り始めると、門の辺りでこちらへ手を上げる作務衣姿の池田さんを見つけた。慌てて会釈を返しながら、運動部のランニングみたいな速さで階段を駆け上がる。

作務衣がすごく似合ってるなあ、と感心したことは黙っておこう。


縁側に促され腰を下ろすと、既にお茶が二人分用意されていた。まるで、この時間に夢子が来ることを知っていたみたいに。

「先月の走行会以来か。元気そうだな、田中

「はい、池田さんも。……あの、昨日はありがとうございました。池田さんのおかげで助かりました」

「助けたのは俺じゃない。お前のご先祖様、ってやつだ」

茶を差出しながら彼が述べた、夢子の〈ご先祖様〉の特徴は――特別変わったところのない、どこにでもいそうな〈おばあちゃん〉のものだった。

「うーん……ちょっとわからない、です。あとで、母にでも聞いてみます」

頷いた彼が一瞬、自分の背後へ視線を遣ったことに夢子は気付いた。湯呑みを持つ手に、僅かに力が入る。

「最近、墓参り行ったか?」

「……いえ、全然ですね。前にいつ行ったかも覚えてないくらいで……」

「近いうちに行ってこい。きちんと礼を言うんだぞ。ところで、来月の予定はもう聞いたか?」

「ええ。メールで回ってきてますから」

走行会やミーティングのこと、メンバーのこと、車のこと、大学のこと。池田さんと話すのは楽しいし、勉強にもなるから好きだな。


「長居しちゃってすみません。ごちそうさまでした」

立ち上がると「頂きものだ。遠慮するな」とお菓子を沢山持たされた。

どれもこれもやけに高級そうな、自分じゃ買わない(買えない)レベルのお菓子たち。遠慮なく受け取り、頭を下げる。

小洒落たゼリーは日持ちするみたいだし、部室の冷蔵庫に入れておこうかな。夏休みの間も、きっとみんな集まるだろうから。

「気をつけてな。またいつでも来いよ」

彼の手が軽く背中へ触れた。はい、と頷きながら、優しい掌だと夢子は思った。




夏期休暇中の学内掲示板は、いつもより閑散としている。対照的に、サークル・部活動用掲示板は合宿や大会の告知で溢れていた。

キャンパス内を歩くと、ほとんど人影を見ないことに気付く。この時間帯は暑いから、エアコンが快適な図書館にでも居るのだろうか。

部室棟へ近付くと、ギターやベースの散らかった音が聞こえ始めた。一階、軽音楽部の仕業だろう。開け放たれた窓から室内を覗き込むと、アンプを調整していた友人が夢子を見つけて手招く。

ライブが近いらしく、チケットを数枚無料でくれると言うが――近々帰省の予定があるからまたの機会に、と断った。軽い世間話の後お菓子をお裾分けして、目的階まで軽快に階段を上がっていく。


四階の端、〈史学部〉部室前。二度のノックには誰も答えない。ドアは施錠されているようだ。鞄からキーリングを取り出し、部室の鍵を選り分けてシリンダーへ挿す。

数日は閉め切っていたらしく、ドアを開けた途端に熱気を肌で感じた。窓を開けると温い風が入ってくる。身体にほんの少し風を感じるだけで、暑さがずいぶんマシになる気がして息を吐く。

冷蔵庫を開けると――未開封のペットボトル飲料が数本、それから各自専用の名前入り調味料。併せて冷凍庫内もチェックするが、期限切れのものは入っていないようだ。

リサイクルショップで買ったコンパクト冷蔵庫には不釣り合いなゼリー達を取り出し、うやうやしく庫内の棚へ収める。

コピー機横の裏紙を使い、書置きを残していくことにした。差し入れがあること。一人一個食べて良いこと。今日の日付と、自分の苗字。その辺に転がっていた養生テープで、冷蔵庫のドア前面に貼っておく。



回転椅子へ腰を下ろすと携帯電話を取り出し、発信履歴から実家の番号を表示した。この時間なら、たぶん母が居るだろう。

母の〈ケータイ〉はきっと鞄に入れっぱなしで、電源が入っているかどうかすら怪しい。実家の固定電話の方が確実に思えた。

家族の携帯番号は電話機に登録済で、着信音の鳴り分け設定もカンペキ。誰からの電話か、実家ではすぐにわかるはずだ。

『もしもし。ひさしぶりね、夢子

お墓参りに行きたいんだけど。挨拶もせずに開口一番そう告げると、母は電話の向こうで驚いたようだった。

『帰ってくるの、お正月以来ねえ。でもどうしたの、急に。去年はお盆も帰らなかったじゃない、県内に居るのに』

「いや、まあ……たまにはね。でさ、ちょっと聞きたいんだけど」

池田さんから聞いていた〈ご先祖様〉の特徴を話した。結い上げられた白髪、眼鏡の形、着物の模様、扇子の色。

「親戚とか、どっかに心当たりないかなと思って」

『たぶん、ひいばあちゃんだね』

「ひーばーちゃん?」

『私のひいばあちゃんだから、夢子のひいひいばあちゃんよ。写真で見たことあったかねえ。私が小さい頃に亡くなったから……』

「どんな人だったか、知ってる?」

『聞いた話では、少し変わった人だったみたいだけど。災害を予知したり、行方不明の人を見つけたことがあった、って』

「へー……。帰ったときに詳しく聞かせてよ」

『それなら、ばあちゃんに聞いた方がいいね。一緒に行こうか、きっと喜ぶよ。運転には気を付けて、早く帰っておいで』

通話を終了し、ひとつ息を吐く。池田さんにはちゃんと〈見えて〉いたんだ。お寺生まれってすごい。夢子は純粋にそう思った。


ふと――誰かの気配を感じたような気がして、背後をそっと振り返る。当たり前だけど、誰も居ない。へんなの、と息を吐きつつ椅子を回す。

感じたそれは、いやなものじゃなかった。もし、その存在が自分を見守ってくれているのだとしたら。

夢子は鞄を手に立ち上がり、ホワイトボードへ個人予定を書き込む。


田中:しばらく実家へ帰らせていただきます。〉


黒色マーカーを置いて窓を閉め、ついでに各所の施錠を一通り確認してからブラインドを下ろした。

練習を続ける軽音楽部からの騒音をBGM代わりに部室棟を後にし、灼熱のアスファルトから青色の夏空を仰ぐ。

Tシャツの襟元を幾度か引っ張り「あちぃねえ」とぼやきながら、学生用駐車場へと歩いていく夢子が池田姓になるのは――まだ、先のこと。





[お寺生まれの池田さん] END.

お寺生まれの池田さん (1/2) *

タイトル:寺生まれのTさん

お題:着信メロディ

2013/05/18 up.


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