サタデーグラフティ
2005年8月現在、東京都の人口総数は約1253万人。なのにあたしは部屋でひとり。

今日は待ちに待った土曜日。なのに昨夜からしとしと降り続く雨。


[ごめん、仕事入った。予定わかったらまたメールする]


それだけの素っ気無いメールで、今日の予定が丸々パー。

「……延彦め〜」

むくれて返信したメールは"彼氏を気遣うイイ彼女"を気取った。


[そっか…わかった。仕事頑張ってね!!]


本当の気持ちはこっそり下の方に入れてみる。



    _,,_  パーン!!
 ( ゚д゚)
  ⊂彡☆))Д`)・∵、



何のリアクションもないってのがまたムカつく……。

携帯電話の電源を落とし、夢子は小さく溜息を零した。


延彦とはいわゆる遠距離恋愛。あたしが東京、延彦が埼玉。

お互い関東圏内、しかも隣接しているから"遠距離"と言うには近すぎるかも知れないけど。気持ち的には十分遠い。

平日は週末の為に乗り切っている。特にこの時季、世間は夏休みで浮かれているのが若干腹立たしい。

あと何日で延彦に会える――それを楽しみにして働いている……のに。夢子は遅々として進まない時計を睨みつける。

秒針が半周したところで肩を落として、のろのろとベッドに倒れ込んだ。


寂しいよ。会いたいって思ってるの、あたしだけなのかな。


「っあー!」

沈んでいたベッドから跳ね起きて、完璧にセットした髪をぐしゃぐしゃとかき回す。

メイク落としシートで乱暴に顔をこすって、昨夜入念に選んだ服を脱ぎ捨てた。

「延彦なんかキライ!」

部屋の真ん中、スッピン&下着姿で叫んでみる。

「……大っキライ!」

収まらないからもう一度。ほんの少しスッキリしたけれど、どこかに何かが引っ掛かっているみたいにもやもやが収まらない。



「……掃除でも、しよっかな」

髪をまとめて部屋着に着替える。高校の頃着ていたアズキ色のジャージ(可愛く言ったら"リラックスウェア")。

早速掃除に取り掛かる。隅に積んでおいた雑誌、そろそろ処分しなきゃ雪崩が起きるかも。

フローリングの床に座り込んだまま分厚い雑誌をパラパラとめくる。普段ならここで掃除は挫折。あとアルバムとか。……でも今日は平気。時間はたっぷりある。



一人で食べるごはんってどうして味気ないのかな。感想を言ってくれる人が居るなら作り甲斐もあるんだけど。一人で適当に作ったパスタを一人で適当に食べる。さっき見ていた記事がふと頭をよぎった。

[ひとりの時間を楽しむ女になる―おひとりさまのススメ―]

……うん……まぁ……そうは言っても……ねぇ。


再開した掃除は手早く終わらせた。誰も来ないのにピカピカに磨き上げられた部屋。夢子は満足気に見渡して窓辺にもたれる。

「カンパイ」

シャンパンの代わりに掲げたグラスには、レモンを搾った炭酸水。

窓の外はまだ止まない雨。いくつもの雨粒を指先でなぞる。雨と同じように止まらないのは溜息。

「……あんたとじゃ会話になんないねぇ」

植木鉢の葉っぱをつつく。頷くように揺れたミントは鮮やかな黄緑色。

「ま、いっか。あたしの独り言、聞いててよ」

微笑うようにグラスを傾けて、今度はミントの葉に乾杯。時計は夢子の心を見透かしたようにゆっくり進んでいく。



まるで、廻る地球にひとりきりで取り残されているみたい。



窓越しに見える電柱と雨粒をなぞっていたら眠ってしまった。

夜は更けている――雨雲で月は見えないけれど。すっかり暗くなった部屋の中、夢子は大きな欠伸を零す。

「……お風呂、入ろ」

普段ちびちび使っている入浴剤を勢い良くバスタブへ流し込んだ。

誰に会うわけでもないのに自分をキレイに磨き上げる。誰も来ないのにピカピカの部屋みたいに。

資源ゴミとして出すためにまとめた雑誌が視界に入った。


[私は私の為だけにキレイになる]


凛とした女性が表紙を飾っている。彼女の横に大きく書かれている特集タイトル。きっとあたしは――そこまで強くなれない。



半乾きの髪をドライヤーで煽りながら夢子は溜息を漏らした。もう何度目になるかもわからない、細い溜息。

自分は今世界で一番不幸だと思い込んでいた夢子は、インターホンが鳴ったことに暫く気付かなかった。

ドライヤーの手を止めるとはっきりと聞こえる、軽やかな音。どこか忙しない押し方、何度も何度も。時計は9時を少し回ったところ。宅配便か何かだろう、と疑うこともなくドアを開けた。


「……延彦……」

夢子……何で携帯切ってるんだよ。家のも留守電だし……」


スーツからぽたぽたと雨を滴らせて、彼はそこに立っていた。まるで全力疾走してきたような荒い呼吸で。

「走ってきたの?」

「エレベーターが、なかなか来なくて――」

「ここ、7階だよ?」

「わかってる。だけど……早く夢子に会いたかったんだ」

曇った眼鏡をそっと外すと夢子は笑んだ。

「上がって。そのままだと風邪引いちゃう」

夢子、あれやって」

「アレ?」

延彦の眼鏡を持ったままの夢子が思案顔で見つめる。やがて苦笑するように呟いた。


「……お風呂にする?ごはんにする?それとも、」


濡れたスーツが触れて冷たいと、感じたのは一瞬。あれ、このネクタイあたしが選んだやつだ。きつく抱き締められて吐息が零れる。

「勿論、夢子

悪びれもせず耳元で言ってのける延彦をしっかりと抱き締め返した。

「あ……風呂、上がったばっか?」

「うん。濡れちゃったけど」

ぐっしょりと雨を吸った白いTシャツを見下ろして笑う。

「とりあえず、スーツ脱いで」

「?」

「お風呂入ったら?」

「嫌だ。夢子が先」


普段の延彦とは違う、子供みたいな我儘。それを嬉しいと感じてしまうあたしは――きっと相当、やられてるんだろう。


「いいけど、手ぇ抜いたら承知しないからね」

「俺が手抜いたことあった?」

「……ない」

濡れたスーツを玄関先に脱ぎ捨て、延彦は夢子を抱き上げた。

気付けば夢子のもやもやはどこかへ行っていて。

カーテンだけが揺れる夢子の部屋。明日もきっと、いい日になるね。





[サタデーグラフティ] END.

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お題:寂しさ

2005/09/06 up.


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