恋スル乙女(と石と鋏と紙と。)
石は鋏を砕く。

鋏は紙を裂く。

紙は石を包む。

それは明確な終着点を持てずにぐるぐると回る、あたしの気持ちに似ているように思えてならない。




「じゃんけん」

掛け声の後、二人がほぼ同時に「ポン」と声を上げる。

やや遅出しとなった上に負けている自分が信じられないままで掌をまじまじと見つめ、夢子は深く大きく溜息を吐いた。小雪がちらつき、吐いた息は白く染まる。

右手のチョキをふらふらと揺らしながら、慎一が口を開いた。

「何だこれ。先手必勝ってやつ?」

「違うと思う」

「まぁいいや。約束どーり、夢子のオゴりな」

「…………(チッ)」

「おい、今舌打ちしたろ」

「してない。コーヒーでいいよね。微糖のやつ」

慎一の返事を待たず、煌々と明るい自販機へと向かう夢子。雪上に薄く描かれる彼女の足跡を追うように、慎一も足を踏み出した。



さっきのじゃんけんは、あたしの遅出しじゃなくて慎一の早出しに違いない。でもやっぱり『先手必勝』とは違うんじゃないかな。

……まあ、いいか。適当に自分を納得させた夢子は、整然と並ぶ飲料を見上げた。あったかいコーヒー、紅茶、ココア。……慎一はコレが好きだったな。あたしは何にしよう。

コートのポケットに手を突っ込むと数枚の硬貨に触れ、チャリチャリと軽やかな音が鳴る。



夢子



取り出し口を覗くようにしゃがみ込んだところで背後から名前を呼ばれた。熱々の缶コーヒーを手に立ち上がり、のんびりと振り向いた途端。

「お前結構バカだろ」

「ちょっと、なにそれどういう――」

「バカだから、オレがお前のこと好きだって知らねえんだろ」

「…………は?」

「やっぱりな」

フンと鼻を鳴らしてむくれた慎一を眺め――直前の言葉を二、三度反芻し――夢子は表情を強張らせると早足で彼との距離を詰めた。胸倉を掴む準備は既にできている。

「……慎一。今の、もう一回言って」

「ヤだね。バカは相手にしてらんね」

「そ……そのバカを好きなのは誰よ!」

「オレだよ!悪いかバーカ!」

「な、誰も悪いとか言ってないでしょ!バッカじゃないの!」

「バカバカうるせーよ!」

はじめにバカとか言ったのそっちでしょ、そう言いかけて開いた唇に衝撃が走る。無意識のうちに缶を握り締めていた。

唇と唇を合わせるだけのキス――そんな甘いモノじゃない。温かな粘性の液体が少量、ぬるりと口腔を掻き回す。


そろりと身体を離し視線を合わせた慎一が目を見張った。

「……夢子、血……」

「勢い良過ぎ」

「わ、悪い、そんなつもりじゃ……」

「次から優しくしてよ」

ぽつりと呟いた夢子は乱暴に口元を拭う。正面に居る慎一の目が泳いでいるのを、至って冷静に見つめる自分に決意を固めた。

「あたしさ。トオルさんにフラれてから、慎一と居るのがすごくラクで。慎一のこと好きなんだって気づいたんだ。でも慎一、あたしがトオルさんのこと好きだったの全部知ってるし。カンタンに乗り換えんのかよ、とか思われたくなかった」

一気にまくしたてた夢子は深呼吸をし「だから」と慎一を見つめる。その眼差しは毅然として、どんな道よりもずっとストレートだ。

「好きとか絶対言えなかったし、言うつもりもなくて……友達でもなんでも、一緒に居られるだけで、じゅーぶん嬉しかったの」



夢子はとても上手に笑っているけれど――頬が、唇が、引き攣るように震えている。それを慎一は見逃せなかった。

どうか泣かないで。きみに泣かれたらオレはとても無力で。なんにも、できやしないんだ。



「ごめん。あたし、慎一が好き」

「……なんで夢子が謝るんだよ」

こんな刺々しいことを言いたいわけじゃないのに――言葉がでてこない。夢子が好きで、好きで。この気持ちを、どうやって伝えたらいいのかわからないくらい。



夢子がトオルさんに告白……したときからオレ、お前のこと……好きになったっていうか、意識するようになって――」

あの時、夢子が流した涙と、零れた言葉と、触れ合う指先と。それらが持つ意味の重さに気付いた。


「だめだ……うまく言えねえ。かっこわりぃ」

俯く慎一へ、何と言葉を掛けたら良いのか夢子が逡巡する。

そんなことない、かっこいいよ、慎一。そんな慎一が、あたしは好きだよ。

どこかでうやむやにしておきたかった自分の気持ちを明らかにしてしまえば、こんなに単純なことだった。


「慎一」


穏やかな声で名を呼ばれ、はっと慎一が顔を上げた。

「ありがとね」

夢子からのたった5文字を受けただけで、体温が急上昇していくのを感じている。寒いのに全身じんわりと汗まで滲んできた。

「なんだこれ!すげえテレる!」

髪をぐしゃぐしゃ掻き回し「うおお」と吠える慎一を、夢子が微笑って見つめている。





ER34から降りた淳郎が見つけたのは――薄く積もった雪の上、愛車の陰で窮屈そうに背中を丸めて自販機の様子を窺っている後ろ姿。

「……何やってんだ、トオル」

「うお、淳郎か。……あいつら、初々しすぎて近付けねーんだよ」

立ち上がったトオルに促され目を遣った先。自販機の前の慎一と、夢子。二人の表情までは読み取れないが――雰囲気から察すると、おそらく。

「やっと、か。良かったな」

知らずに安堵の吐息が漏れた。その隣では重苦しい溜息。どちらも束の間、白く揺れた。

「あーあ。オレも夢子ちゃんのこと好きなのにな。妹みたいに可愛がってたのになぁ……」

「おい、奈保ちゃんに言い付けるぞ」

「何だよ淳郎、意地悪すんな」

「俺らが居ても邪魔なだけだろ」

「ちぇ。慎一のやつ……」

ぶつぶつと不満を漏らすトオルの肩を叩き、二人でできるだけ静かにそこを後にした。



今度夢子に会ったら、何と声を掛けようか。

彼女はきっと、はにかみながらもとびきりの笑顔を見せてくれるに違いない。それは恋する乙女を彩る最高の表情。





「行こうぜ、夢子

「行こうか、慎一」

差し伸べられた手を、躊躇うことなくしっかりと握る。慎一の掌が夢子を包んだ。まるで心ごと包み込まれたように温かい。包まれた手と反対に、握ったままの缶コーヒー。

「これ。冷めちゃったかも」

突き出した缶ごと掌を包まれた直後、ぐいと身体を抱き寄せられて。

「優しくするように、今から気ぃつける」

少し掠れた声の後に触れたのは、冷めることをまるで知らない灼けるような慎一の唇。

白雪の上で幾度も触れ合う、頬と睫毛と唇と心。





[恋スル乙女(と石と鋏と紙と。)] END.

お題:先手必勝(+恋する乙女)

2011/04/22 up.


S.S.R||0:top