LiMited-giRL
深夜と言うには正しくないであろう時刻、空は薄っすら白み始めている。日光いろは坂・明智平駐車場。

ロングカーディガンを羽織るだけでは少し肌寒く感じる。リボンベルトをきつめに結ぶと、掌を擦り合わせて白い息を吐いた。

自販機の前、大きなあくびの後で乱暴に涙を拭った夢子が音を捉えて振り返る。誰とも似ていないEVO3の、己の存在を誇示するかのような音が確かに夢子へ届く。

近付いてくるその音に耳を澄ませると、程無くして"皇帝"が姿を現した。気だるい眠気の代わりに、呼吸さえ躊躇うような緊張感が夢子の背筋を駆け上がる。



こんなに苦しくなる理由はひとつ。好きなひと、だから。



猛ったエンジン音が止み、冷えたアスファルトへ悠然と降り立ったのは皇帝――須藤京一。夢子は躊躇うことなく"彼"を真っ直ぐ見た。

煌々と明るい自販機の灯りを背にした夢子を視界に捉え、京一は幾度か眩しそうに瞬きを繰り返す。

「珍しいな、夢子。一人か」

「えと、清次たちは先帰りました。あたし眠くなっちゃって、ちょっと仮眠取ってこうと思ったんです」

「……あれで、か」

京一が呆れ顔で指したのは、夢子の愛車・MR2――AW11。

「はい。さすがに狭いんですけど、ココよりはマシかなーと」

夢子は自販機横に設置されたベンチを指して肩をすくめる。眉をしかめた京一が大袈裟に溜息を吐いた。

「あれじゃ流石に夢子でも厳しいだろう。助手席取っ払ってるしな。――俺の車で良いなら貸すぞ」

「え、でも、そしたら興奮して寝られないですって」

「……どういう意味だ」

「だって……京一さんも、京一さんの車も、あたしの憧れですよ?」

「憧れ……?」

京一は驚いたように目を見張った。

「そうです、って……うわぁ!! いいいい今あたしが言ったこと忘れてください!」

「忘れろってどういう――」

「こんな告白、ありえないじゃないですか!!」

「……告白……」


考え込むような表情で腕組みをする京一を、夢子は瞬きを忘れたように見つめている。やがて京一が、ひどく穏やかな声で夢子の名を呼んだ。

「――夢子

「は、はいっ」

夢子は俺が好きだと、そういうことか」

「…………」

「違うのか」

「いえ、あの、す、好きですッ!!」

「そうか。俺もだ」

事も無げに放たれた言葉を頭の中で何度も繰り返し、夢子はその意味を探った。


「……それは……あの……自己愛、ってことですか?」

京一は苦笑して首を振る。

「そうじゃない。俺は夢子が好きだ」

「え、え!? ううう嘘ですよそんなの!」

「何故そう思う」

「だ、だって、京一さんがあたしなんか好きになるわけないです!あたし全然女らしくないし魅力とかないですし!」

「自分なんか、ってのは聞き捨てならないな」

「あ……」

夢子はもっと自分に自信を持っていい。胸張って生きろ、夢子

「きょ、京一さん……」

「俺がお前に決めたんだ。最高の女に決まってる」


これ以上ない賛美の言葉に胸が詰まった。


「そ、そんなこと、初めて言われました……」

夢子はぎこちなく苦笑を浮かべ、視線を泳がせた。

「あたし、あの……あの、なんて言ったらいいのか、わかんないんですけど、」

続きを急かすことなく、京一は黙って唇を結んでいる。ほんの少しだけ口角が上がっているところを見れば、彼の心情を察するのは容易い。



「京一さん、を、好きで……良かったって、思います」

震えそうになる膝を隠すように、カーディガンの裾を握り締めた夢子が精一杯の笑顔を浮かべる。



京一がそっと距離を詰めて抱き締めると、夢子は一瞬途惑うように身体を強張らせた。

夢子は指先で躊躇った後、おずおずと京一の広い背中に腕を回す。京一が微笑いながら、耳元で低く囁いた。

「無理するな。立ってるのがやっとだろう」

「な、んで……わかるんですか……」

「分かるさ。夢子のことならな」

「それじゃあ全部、わかるんですか?あたしのこと……」

「いや――夢子を全部把握するには時間が掛かりそうだな」

「途中で……飽きたり、しませんか?」

「何の心配をしている」

笑った吐息が耳朶をくすぐる。思わず身を捩ると、京一の腕に力が込められた。


「きょ――いちさ、あの、離――」

「やっと捕まえたんだ。離すわけないだろう」

「……そ、ですよね……」

何故か妙に納得のいく言葉だった。素直に頷いた夢子を慈しむように、武骨な掌が髪を撫でる。

左腕は夢子を抱き寄せたまま、右手でそっと俯き加減の顎に触れる。視線がぶつかると夢子は困ったように目を瞑り、再び身体を強張らせた。



唇が触れても夢子の緊張は解けることはなく、尚も強張る身体に劣情を誘われる。その途惑いはやがて極上の蜜となるだろう――

京一は唇の端だけで薄く笑んだ。





[LiMited-giRL] END.

お題:とまどい

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2007/10/06 up.


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