僕らの煩悩
「カイ、お父さん良かったの?」

大晦日の夜、夢子の部屋。炬燵で背中を丸めるカイにマグカップを手渡して夢子が問うた。


「おやじなら朝から出掛けてったよ。クルマ取られちまった」

「取られたって……MR2はもともとお父さんのでしょ」

「だって夢子の運転怖えーから乗りたくなかったもん」

「意地悪……。自分では安全運転のつもりなんだけど」

「今度いろはで練習しような」

「やだぁ、怖いってば」

「MR2運転させてやるよ」

「うぐ……もっと怖いよ」

「せっかく限定解除したんだから、マニュアルにも乗ってみりゃいいのに」

「うーん。春になったらね」

雪が溶けたら乗ってみる、と呟いて夢子が微笑う。

「ま、いつでもいいから。気が向いたら言えよな」

「うん。ありがと」

ふわふわと甘い匂いがする夢子の髪を撫でた。



夢子と付き合って1年近く。先日夢子を父に会わせたところ、彼女をいたく気に入ったらしい。また連れて来いと上機嫌だった。

『初詣、夢子ちゃん誘って3人で行こうじゃないか』

『ダメ。年越しは夢子んちで過ごすって決めてんだよ』

『何?のけものにするのか』

『……少しは気ぃ遣ってくれてもいいんじゃね?』

『仕方ないな。じゃあこれを持っていけ』

『リンゴ?』

夢子ちゃんが好きだって言ってたから沢山買ったんだ』

『……おやじ……』

父に強引に持たされたリンゴは程良く冷やされ、炬燵の天板に置かれた果物カゴを占拠している。炬燵といえばミカン、じゃないだろうか。

そのミカンはというと、申し訳程度に1個添えてあるだけ。せっせとリンゴの皮をむく夢子の横でカイは溜息を吐いた。

「こんなにいらねぇよな……」

「?リンゴのこと?」

「ああ。ごめんな」

「どして?嬉しいよ」

夢子一人じゃ食い切れねぇだろ」

「ジャムとかパイとか作れるから、たくさんあって困るってことはないでしょ」

お父さんにしっかりお礼言わなきゃね、と果物ナイフを滑らせて夢子が笑う。

「はい、ウサギにしたよ」

「お、サンキュ」

「それに、カイも居るから一人じゃないし」

「え?」

「なんでもなーい」

「……そっか」

本当は――夢子の言葉、しっかり聞こえていたけれど。カイは急に熱くなった顔を冷やすかのようにリンゴを齧った。


テレビはどこの局も特番で賑やか。今年も残すところ、あと30分を切ったようだ。こうして"彼女"と新年を迎えるのは初めてだな。カイは息を吐いた。


「あ、今映ってたのあたしと同じ車!」

「どれ?」

「あ〜もう見えなくなっちゃったぁ」

「ホントにラパンだったのか?」

「うん。色は違うけど、あの形は間違えるはずないよ」

「ふぅん」

ラパンは夢子の愛車。「青がいいな。カイの青より明るい色」――そうして選んだボディカラーはレイクブルーメタリック。

小柄な夢子にも扱いやすく、とにかく気に入っているようだ。ただ、なかなか右折できなかったり慎重すぎたり……まだまだ危なっかしい。だから助手席で肝を冷やすこともしばしば。

「練習あるのみ、か。要は慣れろってこと……」

「車のことはもぉいいよぅ」

カイが零した小さな呟きに、夢子が苦笑するように腕に触れる。その些細な仕草がカイの心を掴んで離さない。

「それにしても……炬燵ってホントいいよな。オレ日本人に生まれて良かった」

「うん。あたしはカイに会えて良かった」

夢子がさらりと放った言葉は本当に何気ないもので。だからこそオレの胸をきつく締め付けた。



『20XX年まで、あと20秒となりました!カウントダウンいきまーす!』

「もうすぐだね!」

「ああ」

並べた肩が軽く触れる。テレビに合わせて数字を刻む夢子の横顔。

「……10……9……8……7……」

夢子

「え、」

夢子がテレビからこちらを向いたその瞬間、軽く開いた唇を奪った。



『新年!あけましておめでとうございまーす!』



「……ベタ……かな?」

「年越しの瞬間のキス、が?」

「いや……つい……」

目を泳がせるカイを眺め、ふ、と夢子が笑みを零した。

「今年もよろしくね。ベタでもなんでも、あたしはカイが好きだよ」

いつの間にかカイの首に回された両腕に少し力が入ったかと思うと、唇に柔らかい感触。夢子の唇は熱く熟れていた。


煩悩で窓が曇るほど温め合おう――

あるがままの二人の姿が闇に沈む。





[僕らの煩悩] END.

お題:カウントダウン

2006/01/22 up.


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