dogi-magi
「もっといっぱい『愛してる』って言ってくれなきゃ不安になっちゃうよ」
「もっと優しくしてよ。……ねぇ智幸、ちゃんと聞いてるの?」
「ちょっと独りにして。でもあたしが淋しくなったら、すぐに逢いに来てよね」
俺の恋人は――我儘だ。
12月24日、いわゆるクリスマスイヴ。夢子の希望で台場までドライブデート。予想通りカップルや家族連れで溢れ、皆幸せそうに歩いている。
人込みは余り好きではないが――夢子が嬉しそうにしているのを見て――まぁいいか、と頬が緩む。
「ねぇ智幸、MR-Sってどうかな?あたしに似合うかな」
パレットタウン内に在るトヨタのショールーム、MEGA WEBを散策していると夢子がふと立ち止まる。
ZZW30――2シーターのオープンカー、SW20の後継車。ノーマル6MTで1tを切る軽量ボディ、後輪駆動のミッドシップ。
そういうことを抜きにしても、印象に残るオープンスタイルは子供に人気があるようだ。嬉々として運転席に座ってはステアを握り、親に写真を撮って貰う姿が微笑ましい。
照明を受けて煌めく黒いボディに、目を見張る程鮮やかな赤い内装。
「この色、派手じゃないか?」
「可愛いじゃん。でもコレ大輝が乗ったらいかにもナンパしに行きます!って感じだよね」
「……そうだな」
易々と想像出来てしまい、思わず苦笑が漏れる。
「やっぱ塾とかショップの皆ってホンダ党なの?」
「そうだな。社長がホンダ好きだからホンダ乗りが多いな。大輝はEK9で酒井がDC2だろ」
「んー。コレ買ったらフルチューンお願いしようかなぁ。トヨタ車じゃダメかな」
「いや……スープラとかセリカもやってるし、別にホンダだけってわけじゃないだろう」
「そっか。じゃあがっつりターボとかつけちゃうよ?インタークーラーどこに置こ〜」
真剣な眼差しでエンジンルームを覗き込む夢子。見た目からは想像がつかない程の車好きで、親に反対されなければ整備士になりたかったと言っていた。
「お化粧室、行ってくる」
「ああ」
白いコートを俺に預けた夢子が消えてから間もなく、マナーモードにしておいた携帯が震える。新着メールが1件。
[超混んでるよー!待っててね☆]
苦笑して携帯を閉じ、自販機前のベンチに腰掛けた。外は既に暗い。冬至を過ぎ、日が暮れるのが早くなってきている。
「すみません。あの……舘智幸さんですか?」
不意に目の前を人影が遮った。顔を上げると女性が2人、少し上気した頬で俺を見つめている。
「――はい」
「やっぱり……!私、ファンなんです。握手してもらってもいいですか?」
「あたしも!」
勢いに圧倒されながらも立ち上がり、余所行きの笑顔で対応する。ファンは大事にするよう、夢子にも言われているからだ。
「この間のレース、観に行きました。おめでとうございます」
「超カッコ良かったです!」
「ありがとう」
周囲がざわめき出す。プロのレーサーとはいえ、一般人の間での知名度は低い筈――そう思い、顔を隠すようなことはしていなかった。
(夢子……早く来てくれ……)
「舘さんは今日、お一人なんですか?」
「やだ、こんなとこ一人で来る人いないでしょ。……カノジョさんと一緒ですよね?」
彼女は緩いウェーブのかかった髪を弄りながら、俺の左手のコートを指差した。女は鋭い。曖昧に笑っていた俺をじっと見つめている。
「……まぁ、そんなところです」
「えー彼女いるんですかー。残念ですー」
「あの、写真とかって大丈夫ですか?」
「はい」
答えるや否や、携帯のカメラを向けられる。こればかりは何度経験しても慣れない。
「一緒に撮ってください」
俺の横でにこにこと笑う彼女に腕を組まれた。
「撮りまーす」
フラッシュが光る。――俺の顔、引き攣っていないだろうか。心配した直後、携帯が震えた。助かった、と取り出すと夢子からの電話。
「すみません、失礼します」
背中に「頑張ってくださーい!」という声援を受けながら俺は駆け出していた。
「もしもし、夢子。今どこだ」
『ゲーセン』
「……ゲーセン?」
『だって智幸ってば女の子に囲まれてデレデレしてんだもん』
「あれは――」
『もーいい。帰る』
通話は突然切れた。――否、切られた。俺は小さく溜息を吐いて携帯をポケットに突っ込み、左手のコートに視線を移す。帰るって言ったって――
MEGA WEBからいちばん近いゲームセンターは、東京レジャーランド。広い。闇雲に探しても恐らく無駄だろう。この中で夢子が行きそうな所といえば――レースゲームだろうか。
数十台ある筐体を一つ一つ覗き込んでいくと、ある一角に人だかりが出来ているのに気付いた。
「……まさか……」
バケットシートを模した硬いシートに体を埋めているのは小柄な、俺の恋人。画面を見る限り、夢子が乱入していったようだ。
ブレーキが嫌いで、いつもアクセルを開けていたい――実車では到底誉められない夢子の運転スタイルは、それでもゲームの中でやけに速い。
ゴール直前で夢子の180SXが相手を抜いた。ギャラリーから大きな歓声が上がる。後ろにぴったりと張り付いて、ゴール直前で抜くのが夢子のやり方。
苦い溜息を吐いて人込みを掻き分ける。夢子の隣の筐体に腰を下ろし、コインを入れた。
「何してるんだ、こんなとこで」
ステアで車種を選択しながら夢子に尋ねるが、プイとそっぽを向き、数回空吹かすようにアクセルを踏み込んだ。……確実に、怒っている。
「手抜いたらマジぶっ殺すからね」
夢子がスタート直前に呟いた。夜の雨が得意な夢子相手に選んだのは、夜・晴れ・右回りの――夢子が苦手とする――コース。少々大人気ないが、こうでもしないと連れて行けないだろう。
鼻差でS2000をゴールに捻じ込むと俺は立ち上がった。
「あの、まだプレイできますけど……」
ギャラリーがおずおずと話し掛けてくる。
「適当に消化してくれて構わない」
素っ気無くそう言い、夢子の手を取った。
「まだ怒ってるのか」
向かい合って座った観覧車。夢子は俺の方を見ようともしない。眼下に広がる夜景はさながら、宝石箱を引っくり返したような輝き。
「悪かった」
夢子を最優先にしているつもりなのに――どうしていつも先に謝るのは俺なんだ。
「ホントに悪いと思ってる?」
ようやく夢子が口を開いた。
「ああ」
「じゃあキスして」
「……ここでか?」
「うん。もうすぐてっぺんだよ」
夢子が隣に移動してきて、ゴンドラが少し揺れた。細い腰を抱き寄せて、柔らかな唇にそっと触れる。目を開けてみると夢子はふわりと微笑った。
「智幸がキスするときの顔、好きだよ」
急に恥ずかしくなり、また唇を塞いだ。結局景色を楽しむどころではなかったが、夢子の機嫌が直ったから良しとしよう。
突然強がってみせたり、泣いたり甘えたり拗ねたり――無邪気なのか、ただの我儘か。大人びた表情を見せたかと思ったら子供のように全身で愛情表現。
ドギマギさせられてひどく忙しい。それでも俺は、夢子が好きだ。恋は素直になった者の勝ち。
渋滞する深夜の首都高。CR-Xのナビですやすやと寝息をたてる夢子の横顔に、智幸は小さくキスをした。
A Merry Christmas to you.
[dogi-magi] END.
2004/12/24 up.
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