DramatiC? DrastiC! (2/2)
「なんか緊張するね。ヘンなの」

ローテーブルに置かれたノートパソコンをやや見下ろすように、シングルベッドに並んで腰掛けている。

烏龍茶の入ったグラスを弄ぶ夢子を視界に捉え、酒井は一枚のDVDをセットする。単体女優のデビュー作だ。

「……じゃあ、再生します」

リモコンを握る酒井の歯切れ悪い言葉に夢子は頷き、グラスをテーブルへ乗せた。

公園を散歩したり、ベッドで寝転がったり……視聴者を恋人に見立てた、アイドルのイメージビデオのようなオープニング。

タイトル画面の後、インタビューが始まる。夢子は画面の〈彼女〉をじっと見つめたまま、酒井へ「似てる?」と問うた。

「……いえ。俺は似てないと思います」

「んー……自分の顔って、あんまり客観視したことないかも。よくわかんないな」

彼女は自分より、鼻がスッキリして高そうに見える。メイクや照明のせいだろうか。夢子は人差し指で二、三度鼻筋をなぞり細い溜息を吐く。


夢子に気付かれないよう小さく舌を打った酒井が「パケ写詐欺」と吐き捨てる。修正し過ぎたパッケージ写真とはまるで別人だ。

腿へ頬杖をついて画面を眺めている彼女は、一体何を考えているのだろうか。

付き合い始めたばかりの恋人が、自分の部屋で初のふたりきり。そして何故か、並んでAVを鑑賞している。

彼女の一連の行動に、何らかの〈意味〉があるのだとしたら。俺はそれを察するべきだろう。恋人、なのだから。

ぐるぐると逡巡していた酒井は何かを吹っ切り覚悟するように、夢子をベッドへ組み敷いた。

互いの吐息を感じる程の距離に居ることで、昂る心と身体を抑えられなくなりそうだ。

夢子の唇へ、唇を押し付ける。暫くそのままで居ると、鼻での呼吸を忘れていたかのように、空気を求めて彼女の唇が開いた。

すかさず滑り込ませた舌に触れた歯列の先、少し冷たい、彼女の舌の感触。その舌が、怯えたように引っ込められる。

身体を離した酒井は脳細胞を絞るように考えを巡らせる。ここから先へ――進んでいいものかどうか。


真上からの直視に我慢できなくなった夢子は両腕で顔を覆い「そんなに、見ないで」と呟いた。

くぐもってはいたが、夢子の声は確かに震えていた。彼女を気遣うことさえ忘れていた自分自身に失望しかける。

「……すみません、夢子さん」

顔を覆っていた両腕がそっと、脇へ落とされる。

「やだもー、謝ることないって」

困ったように笑い、頭を左右に軽く振る。やがて真顔で酒井を見上げて。

「帰る、ね。酒井も明日仕事でしょ」

「あの……泊まっていっても、」

職場でもプライベートでも、狼狽する酒井を見るのは初めてだった。少し驚いた夢子は躊躇いがちに息を吐く。

「付き合うってのが初めてじゃないなら、察してほしいなーなんて」

「……はあ……」

「ま、あたしは初めてだけどね」

彼は面食らったように目を見開き、微動だにしない。その反応は、夢子の想像と違わなかった。めんどくさい女につかまった、とでも思われているのかもしれない。

「…………いい年して全然経験ないのって、やっぱり重い、よね」

自嘲気味の笑みを浮かべ、夢子が額へ手を当てる。それを見つめていた酒井は幾度か首を振った。

夢子さん……夢子さんから俺に、キスしてくれますよね」

「あたしのほうが年上だから、がんばらなきゃって思って」

「頑張るって……」

「ちなみに、ガレージでしたのが初めてのちゅうでしたー」

再び酒井の動きが止まる。ああ、言わなくてもいいことまで言ってしまっただろうか。でも本当のことだから。

「あー……ごめん、引くよね。忘れて」

「送ります、夢子さん」

「うん。ありがと」

両手を伸ばし、酒井の顔を引き寄せる。穏やかなキスを交わした後、夢子は彼の背中へ腕を回し「好き」と囁いた。





もうすぐ到着だ。夢子はメーター類をちらと見遣る。今、この沈黙は嫌いじゃないな。もっと長く、続いてもいいくらい。もちろん、きちんと話はしたいけど。

シートベルトを外した夢子は助手席から、唇で酒井の頬へ一瞬、触れる。

「おやすみ。また明日ね」

柔らかく艶めいた声の後――助手席のドアが閉められる音が、酒井の鼓膜を震わせる。

ドラマチックなキスとは程遠い、軽い挨拶程度の行為である筈だ。それなら――この、心臓の高鳴りはどう説明すればいいだろう。

運転席から飛び降りた酒井は、玄関ポーチを踏んだ彼女の背中へ吠えた。



「俺、夢子さんのこと好きです!あ――愛してますから、引いたりしません!これから先、何があっても同じです!」



突然上がった大声に反応したらしい、けたたましい犬の鳴き声が夜更けの住宅街に響いていく。

勢い良く振り返り、全速力と思しき速度で酒井へ駆け寄った夢子は、振り上げた右手で彼の唇を塞ぎ小声で叱りつける。

「なんなのもう、ばかじゃないの!何時だと思ってんのよ!」

ぎゅうぎゅうと押し付けられる温かな掌をどうにか引き剥がした酒井は、しっかりと指先を絡めて一度、口付けた。

夢子さんの全部。自分でも抑えられないくらい、好きなんです」

真っ直ぐ見つめられた夢子は毒気を抜かれたように「あたしも」と呟き、酒井の胸部へぐりぐりと頭を擦り付けて笑う。

「明日からどんな顔して会えばいいんだか……もーだめかも」

苦笑混じりの吐息が夢子の唇から零れ落ちていく。酒井はそれをすくい取るように彼女の顔を上向かせ、本日五度目のくちづけを。

夢子さんは大丈夫ですよ」

「……なんで」

「俺が、夢子さんを愛してますから」

はっと夢子が目を見張る。以前ガレージで交わした会話を、酒井は覚えていたのだ。

「それ、答えになってないよね」

「いいんです」

繋いだ手、絡めた指先の熱さが心地良く伝わる。あたしはずっとここに、酒井の傍に居たい。

「酒井。さっきの、も一回言ってよ」

「何ですか」

「愛してる、って」

あからさまに視線を逸らされ、思わず忍び笑いが漏れる。もちろん言ってくれたら嬉しいけど、ちょっと意地悪したくなっただけ。

酒井にとってそれは、ほぼ無意識のうちに発した言葉――改めて真正面から乞われると、恥ずかしくて居た堪れない気持ちになった。

「……それはまた、今度にしましょう」

むくれて地団駄を踏む様子は、年上とはいえ可愛らしい。それでいて「このひとには敵わない」と思わせる魅力めいたものが匂う。

「勘弁してください、夢子さん」

やがて溜息と共に「しかたないなぁ」と呟きが聞こえた。

シャツの胸元を夢子に掴まれた途端、スマイリーフェイスがぐんと迫る。爪先立っているのだろう、彼女との身長差は小さくない。

唇が重ねられた時間はやや長かった筈だが、味わう余裕さえ酒井には無かった。このまま抱き締めたい、と思った時にはもう、彼女は自分から離れていて。


「送ってくれてありがと。また明日ね、酒井」


手を振り、軽やかなステップを踏むように遠ざかっていく後姿をDC2にもたれて見送りながら、酒井は指先を唇へと乗せる。

玄関のドアが開閉され、何分経っても。彼女の柔らかく温かな唇の感触はまだ、濃く深く鮮やかに残っていた。





[DramatiC? DrastiC!] END.

DramatiC? DrastiC! (1/2) *

お題:レンタルビデオ

2012/07/07 up.


酒井||0:top