mid-Night Knight
"走り屋"のあたしが普段走ってるのは、群馬県・秋名山。たまには違う場所も走ってみたい――と、一人妙義山まで足を伸ばしたのが"失敗"だった。


「だからァ、お前レッドサンズなんだろ?」

「……違います」


ものすごい近距離であたしにガンくれてるのが、妙義ナイトキッズのダウンヒラー・庄司慎吾。なぜか深夜の駐車場で2人きり、になってしまったわけで。


「じゃぁなンでロータリーなんか乗ってんだよ」

「……ロータリー乗ってたら全員レッドサンズなわけ?」

「るせェ!どーせバトルでもしようってんだろ。上りでも下りでも受けて立つぜ」

「そんなつもりありませんってば……」

走り屋の端くれとして、売られた喧嘩――バトル――は全て買ってきた。だけど今まであたしから吹っ掛けたことはない。

それに何より、こんな勘違いをされたままのバトルでは"燃えない"――



その時、不意に聞こえたエンジン音に目を向ける。駐車場に入ってきたのは、深い闇の色をまとったGT-R――BNR32。

ドライバーは間違いなく妙義ナイトキッズのリーダー・中里毅。日産が誇るサラブレッドから降り立つその人は、今夜の闇と同じ色の瞳をしていた。



「どうしたんだ、慎吾」

「おい毅、こいつレッドサンズのスパイだぜ」

「……だから違いますってば!」

「彼女、そのRX-8の?」

「ああ。オレがアオったら道譲ったくせにアオり返してきやがった」

「ち、違うんです……。その、テールに吸い寄せられたって言うか、」

「アオっただろッ!!」

「落ち着け慎吾。彼女が違うって言ってるんだ」

「……さすが中里さん。大人ですね……」


感心したような夢子の呟きに、毅が驚いたように目を見張る。


「俺のこと知ってるのか?」

「もちろん!あたし32大好きですし、拓海とのバトルも見せてもらいました」

「拓海?もしかして……藤原拓海、か?」

「はい」

慎吾が思い付いたように口を開いた。

「あン?お前、ハチロクの女か」

「うわ、ヤな言い方……。彼女、ですよ」

「つーかお前、毅とオレと態度違くねェ?」

「だってあたし、あなたのこと大っ嫌いだもん」



夢子の素直な言葉に毅が吹き出した。慎吾と夢子が同時に毅を見つめる。



「毅……なに笑ってンだよ……」

「いや……正直だなぁと思って。多分、あれだろ。ガムテープデスマッチ」

「ンな昔のことどーでもイイじゃねぇか。おいお前、名前何つーんだ?」

「……夢子、ですけど」

夢子が小さく名前を告げて唇を尖らせた。その仕草に少しだけグラついた慎吾が、それを押し殺して言い放つ。

「秋名のハチロク、ドラテクあっても女のセンス悪ィんじゃな」

「ちょっと、それどういう意味?」

「どーもこーもねェ。そのまンまの意味だよ」

「む――っかついたッ!」

「お、ヤるか?」

「上等!EGなんかチギってやるわよ!!」

「言ったな!? 今の聞いたよな毅ッ!!」



2人から距離を置いていた毅がやれやれと肩をすくめる。直後、けたたましく着メロが流れ出し、夢子が慌てて携帯を取り出した。



「もしもしッ!! ……あ、拓海〜」

急に変わった声のトーンに、慎吾と毅が顔を見合わせている。

「今ねぇ、妙義にいるの。……うん、ものすごくカラまれてる」

「お前……調子こいてんじゃねぇぞ、夢子ッ!」

「きゃー、拓海助けてぇ」

明らかな棒読みで夢子が電源ボタンを押した。



「拓海配達終わったんだって。今からこっち来ると思う」

夢子はニッコリ笑うと慎吾の横をすり抜けて毅の元へ向かった。



「中里さん、32見せてもらっていいですか?」

「……あ、ああ」

夢子!無視してンなよ!」

夢子は毅と楽しそうに話し込んでいる。慎吾は舌打ちをして、傍に落ちていた空き缶を蹴飛ばした。



深夜の騎士は、白馬……ではなく、白と黒のツートンカラーのハチロクに乗ってやってきた。



「どうも、ご迷惑をおかけしました」

夢子の頭に手を置いて、拓海が深々と頭を下げる。

「いや……まぁ別に迷惑ってわけじゃ、」

「おい、バトルの約束忘れンなよ夢子!!」

慎吾の怒鳴り声に小首をかしげる夢子を見遣り、拓海が低く呟いた。

「……夢子、そんな約束したのか?」

「まさかー。するわけないじゃない」

「ウソつけ!」

「バトルなら、オレが受けます」

「るせェな……お前じゃねぇっつの。オレは夢子に言ってンだよ」

夢子に手を出すつもりですか?それなら、相当の覚悟ができてるんでしょうね」


拓海の低い声に慎吾が一瞬息を飲んで後ずさり、奥歯を噛み締める。軋んだ音が夢子へ届いた。


「ほら、帰るぞ夢子

拓海が促すように夢子の背中に触れた。

「うん……。ちょっと待ってて?」

「ああ」

夢子は愛車に駆け寄ると、すぐに戻ってきた。そして慎吾に笑顔を向け、掌を差し出す。訝しげに手を伸ばすと、アスファルトに何かが転がった。



一粒の、苺キャンディ。



それを拾おうと屈んだ次の瞬間。

「バトルの約束、ちゃんと守りますから。拓海には内緒で」

耳元で囁かれたその言葉に慎吾が目を見張る。慌てて顔を上げると、夢子は既に背を向けていた。

「中里さん。良かったらコレ、どうぞ」

「ありがとう。気を付けて」

「はぁい」

ひらりと手を振って、夢子が拓海の元へ駆け寄る。夢子はとても素直な"恋する乙女"の表情を浮かべている。

「それじゃ、失礼します」

「おやすみなさーい」



2台をしかめっ面で見送った慎吾が小さな包み紙を開けると、薄桃色のキャンディが姿を現した。それを口に放り込み、間髪入れずに噛み砕く。

甘い筈の苺キャンディに微かな苦味を感じた気がした。嫉妬?後悔?不満?――そのどれでもなく、それらを全てひっくるめた感情。

砕け散った欠片を苦いコーヒーで流し込んで、毅に詰め寄った。

「毅、それ寄越せ」

「これは俺のだ」

「お前甘いモン嫌いだろ」

「……特別、嫌いなわけじゃない」



慎吾に背を向けて包み紙を丁寧に開ける。夢子の体温で少し溶けかかったそれを、壊れ物を扱うようにそっとつまんだ。

小さくて甘くて、どこか夢子に似ている。――慎吾に言ったらバカにされるだろうから黙っておくか。



「クッソ……オレが行ったら夢子のヤツ、ブチ切れっかな」

「何だ慎吾。秋名に行くのか」

「まぁアレだ、障害があった方が燃えるってヤツ」

「障害……あり過ぎるんじゃないか?」

「うるせェな。ほっとけよ」

空き缶を放り投げて響いた甲高い音。それは夢子に届かない宣戦布告。



ハチロクのテールランプをなぞるように、後ろからRX-8が追う。深夜から早朝にかけてのこの時間帯が夢子は好きだ。変わっていく雲の色、空気の動き。

「おもしろいコトになりそーじゃん」

愛車の運転席で、あくびを噛み殺しながら夢子は微笑った。

群馬の夜が明けるまで、あともう少し。





[mid-Night Knight] END.

40000hitリクエスト

2006/12/01 up.


妙義||0:top