北北西に舵を取れ!
「お願いします!」

とあるファミレス。半月――上弦の月――が照らす窓際の禁煙席。真向かいで"彼女"が深々と頭を下げている。

オレは基本的に、女の頼みは断らない主義だ。ただ、それが"鬼の格好をして子供たちから豆をぶつけられろ"というような突拍子もない用件である場合、話は別だろう。


彼女が勤務する保育園には現在男性保育士が一名しか在籍していないという。

例年、節分の行事には鬼の役として保護者のボランティアを募っているが、今年は応募がなかったらしい。そして彼女は兄の友人である毅へ連絡を取り、なぜかこうしてオレも呼ばれているわけで。

"保育園のお手伝い"なんて、我ながら適しているとは到底思えない。

「毅よォ、オレがガキ嫌いなの知ってて言ってンのか?」

この話を持ってきた張本人を睨む。

「もう試験終わったんだよな。3日は土曜だし、どうせ暇だろ?学生さん」

毅は彼女の隣でいけしゃあしゃあとコーヒーカップを傾けている。

「当日は勿論俺も行くから。鬼は多い方がいいだろ」

「いいとか悪いとか、そーいう問題じゃねェだろ」

「俺が黒で、お前が赤な」

「……勝手に色の話してんじゃねェよ。ったく、ギャラ弾んで貰わねェと割に合わねっつの」


「あの、」

「あ、ごめん夢子。どうした?」

「お礼としては、恵方巻くらいしか差し上げられないんですが……」

「しょぼッ」

「そんな気遣わなくていいよ。俺達はボランティアのつもりだし」

「……すみません。ありがとうございます、毅さん」

「なんかオレもやる方向になってねェ?」

「何言ってんだ。当然やるんだろ?」

「やンねェよ。誰がガキのお守りなんかすっか」


「――あの、ですね!」

夢子が突然立ち上がって大声を上げる。


「園児達は……衣装作ったり、豆の代わりに新聞紙いっぱい丸めたり、すごく楽しみにしてるんです。お願いします!」

真っ直ぐに突き刺さる、真剣な眼差しだった。それと同時に感じるのは、驚いたような客の視線。

慌てて飛んできたウェイトレスにたしなめられ、夢子は少し赤くなって腰を下ろす。なんだこいつ。こういう女も嫌いじゃないが。

「あんた、名前何てったっけ」

田中夢子、です」

夢子。引き受けてやってもいいぜ」

「本当ですか?」

「ただし条件が一つある」

「……条件?」

「終わったらドライブ付き合え」

「え?」

「コラ慎吾、何言ってんだ」

「ダメならいーぜ。他当たンな」

「気にすることないぜ、夢子。こいつは俺が連れてくから」


マジメそうな夢子のことだ、きっと真に受けて頷くに違いない。そう踏んだ慎吾の予想は、外れなかった。ただ、少し違った形で受け入れられることになる。


「庄司さんの車の、助手席ですか?」

「当たり前だろ。オレのEG運転する気かよ」

「それでも構いませんけど。私、今はエスニ乗ってるんで」

「へェ……S2000か」

「はい。でも庄司さん、自分の車を他人に運転されるの、嫌ですよね」

「あ?何でわかンだよ」

「そんなの見てたらわかりますよ」


夢子がオレの前で初めて笑った。見惚れそうになった自分を、心の中でぶん殴る。


「……で、どーなンだ?」

「その程度でしたら喜んで」

悠然と夢子が微笑んだ。これで一気に、形勢逆転。



「すみません。眠くて死にそうなんで帰らせていただきます。詳しいことは毅さんにメールってことでいいですか?」

「ああ。明日も早いのに遅くまでごめんな」

「いえ。庄司さんも、ありがとうございます。これからよろしくお願いしますね」

「ん、またな〜夢子

手を振る慎吾に、ぺこりと頭を下げて夢子が席を立つ。

程無くして駐車場から出ていったのは――足回りの挙動が明らかにノーマルではない――オレンジ色のS2000。

派手目な後ろ姿が消えるのを見届けると、斜向かいの毅を見遣る。

「なァ、衣装ってどーすンだ?ドンキ調達?」

「いや……衣装も小道具も、保育士さんの手作りみたいだぞ」

「マジかよ、すげーな」

「基本は全身タイツらしいけど」

「あ?」

「だから、全身タイツ。で、お面じゃなくてメイク」

「……辞退してもいいスか……」

「何を今更」

ニヤリと毅が笑って、オレはテーブルに突っ伏するしかなかった。



普段の土曜は寝倒している。金曜の夕方から土曜の朝方まで走りまくって、帰って起きたら夕方、なんてこともザラだ。


[ 3日は午前9時半に現地集合。遅れるなよ ]


いつものように妙義山に向かう途中。コンビニで立ち読みをしていると、地図が添付されたメールを受信した。つい"無理"と即レスしそうになったが、店の外に出て毅に電話してみる。

「バッカじゃねェの?ンな時間、完全に爆睡してるっつーの」

『ちゃんと起きろよ。それとも俺が起こしてやろうか』

「お前の声で目覚めるなんてありえねェ」

『失敬な。それじゃあ……夢子のモーニングコールなら起きるか?』

一瞬ドキリとして、間が空いた。

『ん、そうか。じゃあ言っとく』

「……まだ何も言ってねェだろ!」

『言ったのと同じだ。お前はわかりやすいからな』

「うるせェ」

チッ、と舌を鳴らして通話を切る。夢子からのモーニングコールなんて――そんなことされたら、緊張して前の晩眠れないだろ。



2月2日、22時。部屋の窓から、ひどく明るい満月を眺める。一応寝る準備はしてみたものの、眠くなる気配は全くない。ベッドの上で寝返りを打ちながら溜息を吐く。

「日付変わる前に寝んの久しぶりだな……」

目を閉じて、羊を数えて。白い羊が柵を飛び越えていく。時々黒い羊も交ぜて――



眠りに落ちる瞬間、浮かんだのは夢子の――愛車のテールランプだった。



翌朝。大音量の着メロに驚いて飛び起き、慌てて枕元を探る。

「も、もしもしッ」

『あ……おはようございます。夢子です』

「……はよ」

『起きてましたか?』

「ああ、今起きたとこ」

『朝ごはん、ちゃんと食べてきてくださいね。体力勝負ですよ』

「わかった」

『それじゃ。準備して待ってますね』

「おう」

たった20秒の会話。それだけで、頬が緩んでしまうのは何故だろう。今回ばかりは、毅に感謝しなきゃいけないかもな。

「でもなんかシャクだよな」

呟いて頭を掻いた。



「おう慎吾。早かったな」

午前9時25分。保育園に到着した慎吾を迎えたのは毅だった。既に黒の全身タイツと、虎柄のパンツを身につけている。

「……お前……自分が今どんな格好か分かってんのか?」

「虎柄のパンツ穿いたモジモ●くんみたいだと思ってる」

「いや間違ってないけど、なんか違くね?」

不幸中の幸いだったことは、全身タイツが思ったよりもピッチリしていないこと、くらいだろうか。

「……夢子は?」

「今は4歳児クラスで朝の会。ホームルームみたいなもんか」

毅に連れられて職員室へ向かう途中、教室の前を通り掛かる。こっそり覗くと、夢子がオルガンを弾きながら歌っていた。その周りに園児が集まって、楽しそうに踊っている。



「ちゃんとセンセーしてンだな。つーかガキ共は朝っぱらから元気だなオイ」

「お前と違って皆朝型だからな。……失礼します」

職員室のドアを開けると、待ち構えていたのは完璧な"青鬼"だった。

「ほら慎吾、挨拶」

「……おはようございます。庄司慎吾です」

毅に促され、ジーンズのポケットに突っ込んでいた手を出して青鬼に頭を下げる。


「おはようございます、田中です。引き受けてくれてありがとう。ほんと、助かります。よろしくお願いします」

爽やかに会釈を返す青鬼は、夢子と同じ苗字。単なる偶然か――訝しむように眉をひそめると、彼は察したように笑った。

夢子の兄です」

「……そうなンすか」

「庄司君は毅のチームの仲間なんだってね。何乗ってるの?」

「シビックです」

「EK?」

「いや、EGっス」

「そっか、僕も昔乗ってたよEG。事故ってツブしちゃったけど」


あははと軽く笑った青鬼が、慎吾に紙袋を手渡した。


「それじゃ、更衣室でコレに着替えてください。メイクは僕がやるから。あ、先にトイレ済ましておいてね」

素直に紙袋を受け取った。職員用トイレに立ち寄った後、男性更衣室のドアを開ける。

紙袋の中の真っ赤な全身タイツは、多分最初で最後だろう。小さく溜息を漏らし、覚悟を決めて服を脱いだ。



職員室へ戻ると、そこに居たのは青鬼と――変身を遂げた黒鬼。顔が真っ黒に塗られて、目の上から血走った目玉メイク。唇から牙が覗いて、アフロなカツラにツノが生えてる。

「どうだ、慎吾?」

「……お前……怖ェ、つーかキメェ、マジ引くわ」

「よく出来てるだろ。こいつ昔から器用でな」

「いや、確かにそうだけど……子供達泣くんじゃね?」

「鬼は毎年テーマ決めてるんだけど、今年は毅が手伝ってくれるから"極悪"にしてみたんだ」

悪びれもせず青鬼が笑う。

「俺が手伝うと何で"極悪"がテーマなんだよ」

「去年は可愛すぎて、園児にナメられちゃってさ。次、庄司君ね」

こちらを向いて笑顔で手招きをする青鬼の元へ、恐る恐る近付いた。


「……毅、撮ってンじゃねェ」

「記念にな」

黒鬼はオレの顔ばかり狙って携帯のシャッターを押している。心の中で舌を打ち、何の記念だよ、と呟いた。

「はい、じゃあこの牙はめて出来上がり」

青鬼から手渡された白いマウスピース。くわえてみるとしっくりと馴染み、思っていたよりも楽だった。

「よし、完成だな。こっち向け」

「……失せろ黒鬼」

「ま、記念撮影は最後にでも。そろそろ体育館に行こうか」



慎吾が小さく手を挙げる。

「あのー、いっこ質問なンすけど」

「はい、庄司君どうぞ」

「豆まき大会なのに、新聞紙まくンすか?豆は?」

「いい質問だね。庄司君は食物アレルギーある?」

「……いや、ないっス」

「それじゃあ穀物アレルギーがあることを知ってるかな?」

「?アレルギーって卵とか牛乳じゃないンすか」

「代表的なのが卵・乳製品。それに小麦、そば、落花生は食品衛生法で"特定原材料"とされ、表示が義務づけられています」

「へぇ」

「表示が望ましい、とされているものには肉類、魚介類、果物があります。その他、表示云々に関わらず、アレルギーを起こしやすい食品も多数存在します」


「落花生は症状が強く出るアレルゲンだ。殻の微粉を吸い込んだだけで、アナフィラキシーショックを引き起こすこともある」

毅が呟く。


「そう。最悪の場合、死に至ります」

青鬼の静かな声に背筋が凍った。



「乳幼児の身体は成長途上にあって、体の中で食物を十分に受けいれにくい……免疫機能が充分働いていないことが原因の一つと言えるでしょう」

「それじゃ、年取ったら治るんスか?」

「多くの場合症状は緩和しますが、全員のアレルギーが完治するとは限りません」

「…………」

「心配し過ぎることはありませんが、治療を続けていくことが必要と言えます」

「そうなんスか……すいません、オレ、全然知らなくて……」

「知らないことは悪いことではありませんよ。気付いただけでも大きな進歩だと思います」

「何ヘコんでんだよ慎吾。お前らしくない。あと田中、慎吾には敬語必要ないぜ」

「……説明する時はどうしても丁寧に、って思っちゃうんだよな」

「ま、そういうことだから、豆まきって言ってもココじゃ豆は使わない。大豆アレルギーの子も居るしな」

「それに新聞紙や広告で出来た豆だと、片付けが楽で助かりますよ」

俯いていた慎吾が顔を上げると、青鬼と黒鬼が笑っていた。

「ほら、行こうぜ。思いっ切り暴れてやれよ」

「……おう」

黒鬼に背中を叩かれ、青鬼から金棒を渡された。金棒つってもプラスチックで出来た柔らかいヤツだけど。



体育館裏に移動し、見つからないように舞台の袖へ移動する。大人しく体育座りをした園児達の前で、エプロン姿の夢子が喋っているようだ。

「みんなはどんな鬼を退治したいかな?」

端まで届くように大きな声で、夢子が問い掛けた。それに答えようと園児達が我先に声を張り上げる。

「ねぼすけオニ!」

「にんじんキライオニ!」

「おこりんぼオニー!」

「ぐずぐずオニ!」

「いっぱいいるね〜。よーし、みんなで豆まきの歌を歌おう!」

夢子の声に園児達が一斉に立ち上がると、傍らのピアノから伴奏が流れる。弾いているのは背の高い保育士。


「……田中さん、オレこの歌知らないンすけど。有名なンすか」

「どうだろうね。ちなみに僕も弾けるよ」

「サビはやっぱり"ぱらっ ぱらっ ぱらっ ぱらっ"てトコか?田中

「うーん、童謡だしサビとか考えたことないなぁ」

含み綿をした青鬼が、少しくぐもった声で答える。

「歌の後に園長が挨拶するから、それ終わったら突撃してね。終わりの合図は僕が出すから……それまでは各自、自由に暴れてください」

「了解」

「わかりました」

「最終的には鬼が負けるんだからね、庄司君」

「何でオレを名指しっスか」

「なんか暴走しそうだから」

黒鬼が吹き出し、小さく咳払いをした。



「では園長先生のご挨拶です」

「みんな、豆の用意はいいですね?今日はみんなの心の中にいる、悪い鬼を退治しましょう」

「はーい!」

年老いた園長の挨拶を大人しく聞いていた、園児達の小さい手が挙がる。



「よし、突撃!」

青鬼の合図で、赤鬼が舞台に踊り出た。




「悪い子はいねーがー!!!!」




ワイワイと賑わっていた体育館の中は、水を打ったように静まり返った。園長も保育士達も、呆気に取られたようにポカンと口を開けている。

「慎吾……それはナマハゲだ……」

舞台袖から聞こえた呆れたような毅の声に、赤鬼が一瞬怯む。だがもう後には引けないので、そのままのキャラを通すことにした。

「……言う事きかねェ悪い子はいねーがー!」

悲鳴とも歓声ともつかない声があちこちで上がる。青鬼と黒鬼も、苦笑しながら袖から飛び出す。

「悪い子はいねーがー!」

にわかに騒がしくなり、園児達のテンションは一気に上昇した。軽い混乱状態。

「みんな、豆を投げるんだよ!」

夢子が率先して豆(新聞紙や広告をちぎって丸めたもの)をぶつけてくる。痛くはないが、割と本気だ。

「鬼はー外!福はー内!」

それを見た園児達が思い出したように、腰にくくりつけた豆入れ(牛乳パックをベースに千代紙で飾りつける)から豆を取り出した。

「オニはーそと!フクはーうち!」

「そとー!そとー!」

「せんせー、オニこわいよー」

「赤オニあっち行けー!夢子せんせいをいじめるなー!」



いじめてねェよ!つーかオレがいじめられてるじゃねェか!



「オニはそとー!」

「いたいよー」

「フクはうちー!」

「うわぁこりゃたまらん〜」

ふと見ると、青鬼と黒鬼の方には園児達がほとんど寄って行かず、2/3くらいがオレを目掛けて豆をぶつけてくる。……集中砲火……!

「悪い子は食っちまうぞー!」

開き直って吠えると、キャー!!と耳をつんざくような悲鳴が上がり、女児が泣き出した。つられて何人かが号泣。……こういう場合はどうすりゃいいんだ……。

チラリと青鬼を見ると、満面の笑みでOKサインを作っている。いいのか。放置プレイでいいのか。

困ったまま小走りでその場を離れると、園児達がわらわらと後を追ってくる。

「オニまてー!」

「フクはうち〜!」

「赤オニまてまてー!」


ふくらはぎ蹴られた!……地味に痛ェんだけど……!なんでコイツらこんなテンション高ェんだ!目輝かせやがって!クソ、金棒邪魔くせェ!


「おまえ、オレのけらいになれ!」

「おにがしまにかえれー!」

……桃太郎と勘違いしてねェか?あれ、コイツらが着てるの、桃太郎が羽織ってたアレに似てる。紙で出来てるけど。

腰にぶら下げてるのはきび団子の袋のつもりか?そうか、両手が空くように腰につけてんのか。そういう設定があるなら先に言ってくれねェとなァ。



「オ、オニはそと〜」

「フクはうちー!」

とっくに数十分経っただろう――しかし園児達のテンションは一向に衰えない。"体力勝負"の意味がようやく分かった。

走っている途中、夢子を含めた保育士が、泣いている園児をあやしているのが見えた。

少し安堵したのも束の間、タックルを食らった。脚がもつれてよろめいたが何とか持ち直し、犯人と思しき男児を捕まえて抱き上げる。

「お前かー!ガオー!」

彼は一瞬泣きベソを見せたが、唇を噛み締めて豆をぶつけてきた。

「オニはそとー!」

この至近距離だと"ぶつける"って言うより"殴る"の方が圧倒的に正しい。

「フクはうち!」

しかも遠慮がない。全力だ。

「いてて、参ったー」

男児を下ろしてまた走る……否、逃げる。どうやら皆、手持ちの豆は全部使ってしまったらしい。それでも後ろから嬉々として追い掛けてくる。もう悪魔にしか見えなかった。



「うわー、降参だー!」

青鬼の悲痛な声が上がる。豆まき終わりの合図は神の声に聞こえた。

「オニさんもういっちゃうの?」

「おにがしまにかえるの?」

「ねえ、またくる?」

集まってくる園児達に捕まって身動きが取れない。疲れが脚にキてる。お前ら、鬼怖いんじゃなかったのかよ。



「みんな、鬼さんと握手しよっか」

夢子の提案にわらわらと手が差し出され、即席握手会となった。こんな大人数に囲まれるなんて初めてだ。

少し途惑いながらもそれに応えていくうち――自分でも知らないうちに笑みが零れる。

「鬼さんとお写真撮りましょう」

背の高い保育士が声を掛ける。いつの間にか舞台の前にひな壇が組まれ、カメラマンもスタンバっていた。園児達に囲まれてカメラを向くと、フラッシュに目が眩んだ。



「二人ともお疲れ!いやー盛り上がったね。来年から鬼のセリフ"悪い子はいねーがー"にしようかなぁ」

「それじゃ趣旨が違うだろ。ま、今回の一番の功労者は慎吾だな」

「保育士って、すげェ大変な仕事んスね」

ぽつりと漏れた赤鬼の言葉に、青鬼と黒鬼が顔を見合わせる。

「うーん……どんな仕事も大変なんだろうけどね。僕は子供が好きだから」

「好きだから続けられるんだろうな」

「そうだね。庄司君、いつでも遊びにおいでよ。ボランティアは年中募集してるからさ」

「……はい」

考え込んでしまったような表情の慎吾の肩を叩いて毅が笑った。

「よくやったって。お疲れ」

「……なんかお前に誉められンの気持ち悪ィ」

「まったく……」

「さ、着替えよっか」


職員室でメイクを落とし私服に着替えると、昼食(給食)に誘われた。


「えっと……オレはこれで失礼します」

「何だ、帰るのか」

「こんなハードだと思わなかったンだよ。お前はメシ食ってくのか?」

「俺は5歳児クラスで一緒に豆食べる約束をしてる」

「……豆か」

「ああ。アレルギーの子達にはボーロとかの代用品があるからな」

「つか、年の数だけっつったら時間内に食い切れンのかよ」

「……余計なお世話だ」


「庄司君、これお礼の恵方巻です。今日は本当にありがとう」

「あ、すいません。いただきます」

「あと園長先生が作ったドーナツと、クッキーとマフィンと……とにかく色々入ってるから」

「……園長って……あの爺さんスか」

「園長は管理栄養士の資格持ってるし、料理の腕は確かだよ。味は僕が保証する」

「美味くて腰抜かすぞ」

「……マジかよ……すげェな、園長」


夢子に声掛けてくるから、待ってて」

「あ、いいっス。仕事の邪魔しちゃ悪いスから」

「そう?」

「はい。それじゃ失礼します」


駐車場に停めた愛車に乗り込もうとした時、小走りで駆けてくる夢子に目を留めた。ポニーテールにエプロン、保育士の"夢子先生"。


「慎吾くん、もう帰っちゃうの?ドライブは?」

いつの間にか変わっていた呼び名に、嬉しさが込み上げてきて――それを隠すように笑った。

「マジで脚ヤバいンだって。明日起きらンねェかも。悪ィな、オレから吹っ掛けといて」

「ううん、今日じゃなくてもいいよ。ホント走り回ってたもんね。みんなパワフルでしょー」

「毎日あんなの相手してンだよな、夢子は。すげーな」

「でもね、毎日すっごく楽しいよ。みんなにいっぱい元気貰ってるから。今日は慎吾くんにも元気貰ったよ」

夢子の口元から白い歯が覗いて、それから少し途惑うように唇を結んだ。



「ねぇ。ドライブ、私が誘ってもいい?」

「……ああ。サンキュ」

「気をつけてね」

手を振る夢子がミラーの中で段々小さくなっていく。

北北西ってどっちだっけ――

助手席に置いた袋――恵方巻その他――を見遣り、慎吾が小さく微笑った。




翌日の朝刊『地域の話題』コーナーに、赤鬼の写真が大きく載ることを彼はまだ知らない。





[北北西に舵を取れ!] END.

北北西:2007年の恵方

2007/02/04 up.


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