笑顔のゲンキ (2/2)
夢子と俺達は"本当"の――血の繋がった――兄妹じゃない。

そのことを知っているのは両親と俺だけで、啓介も夢子自身も知らない。

生後半年も経たないであろう乳児が家の前に"居た"――つまり"遺棄"されていたと。段ボール箱の中でバスタオルにくるまれ、すやすやと眠るその子が、夢子だった。

両親は引き取り育てる決意をし、夢子は"特別養子"として高橋家の人間になった。戸籍には[長女・夢子]と記載されている。"養子"の文字はどこにもない。


全てを両親から聞かされたとき、俺は中学生になろうとしていた。


「啓介には言わないの?」

「そうね……啓介にはまだ難しいからね。涼介、あなたがお兄ちゃんとして2人を守っていくのよ」

「……はい」

「いい子だ、涼介。お前も啓介も夢子も皆、私達の大切な子供だよ」

両親に抱き締められたぬくもりは、今でもハッキリと覚えている。




「わ、結構混んでるね」

妙義山駐車場の隅に停めたFCから夢子が降りる。そこにあるのは、祭特有の賑やかな空気。

「迷子になんなよ、夢子

からかうような啓介の口調に、夢子がむくれて反論した。

「携帯があるから大丈夫だよ」

夢子ちっちぇーから探すの難しいだろうな〜」

「……啓兄キライ!涼兄、早く行こっ」

唇を尖らせた夢子が涼介の手を取って歩き出す。

「おい夢子、置いてくなよ!」

そこには下駄の軽やかな音と涼介の苦笑だけが残った。



「啓兄、それ絶対買い過ぎ」

屋台で買ったものを両手いっぱいに抱えた啓介を、呆れるように夢子が見つめる。

「うるせーな夢子。食いたいならそう言えよ」

「違うもん。僕はリンゴ飴が食べたいの!涼兄、リンゴ飴〜」

甘えるように涼介に腕を絡めた。

夢子の目当てはそれだったな。探すか」

涼介が柔らかく言ったその直後。



「ふざけンな!オレのだ!」

賑やかな屋台に負けない、大きな怒鳴り声が響いた。その声に聞き覚えのあった夢子が、涼介の腕を解いて"彼"に声を掛ける。



「……慎吾くん?」

「ああッ!?」

射的屋の前のその人は、妙義のダウンヒラー・庄司慎吾。

夢子!すげー久しぶりじゃん」

「どうしたの?大っきい声出して」

「景品。オレが落としたンだけどよ」

「いや、俺だ」

慎吾の隣、低い声で呟いたのは中里毅。


「うるせェ毅。オレだって言ってンだろ!」

「当たったのは俺の弾だ」

「いーや!オレのだッ!」

「……景品、何ですか?」

毅が慎吾を無視して射的屋の店主に声を掛ける。


「ぬいぐるみ。兄ちゃん達で分けるか?」


店主が差し出したそれは、恐らく一番の"大物"らしきクマのぬいぐるみ。つぶらなその瞳に、2人が言葉を失う。

「オレは隣のジッポが欲しかったンだ……」

「……俺も……」

「何だ、いらねぇのかい。そしたらそこの嬢ちゃんにやったらどうだ」

呆れ顔の店主が指差した先には、きょとんとした夢子が居る。


「……そっか。夢子、要るか?」

「え……でも慎吾くん、ホントに僕が貰ってもいいの?」

「ああ。オレらには必要ねェし。なぁ、毅」

「確かに、夢子ちゃんが貰ってくれるなら丸く収まるな」

「毅さん。……それじゃあ、遠慮なく……」

夢子がおずおずとぬいぐるみを受け取って、ぺこりと頭を下げた。アップにした髪の毛がハラリと揺れる。

「大切にしますね」

しっかりとぬいぐるみを抱き締めて夢子が笑う。向日葵のようなその笑顔に妙義の――いや、兄も含めその場に居た――走り屋がヤラれた。

涼介が店主から袋を受け取り、ぬいぐるみを仕舞う。



ヨーヨー釣り。金魚すくい。三角くじ。綿飴。ベビーカステラ。チョコバナナ。



目移りするほどカラフルな屋台を冷やかしていると、不意に夢子が声を上げる。

「京一さんだ!」

「何!?」


イカ焼きをくわえた啓介が振り返ると、そこに立っていたのは日光の皇帝・須藤京一。


「久し振りだな、夢子

「今日お仕事だったんじゃないの?」

「終わらせてきた。夢子に会いたかったからな。……浴衣、似合ってるじゃないか」

「えへへ。ありがと」

照れたような夢子の微笑に、京一の頬が緩む。


夢子、オレもいるぜ」

ひょこりと清次が顔を覗かせる。

「清ちゃんも来てたんだ!」

「メールくれたろ?京一が仕事だからオレ一人で来ようと思ったんだけど」

「こいつにメールする必要は無かったな、夢子

「京一、聞こえたぞ」

「そうか」


「ったく……お前らの話はどうでもイイんだよ」

「何故お前がここに居る、庄司」

「ココはオレのホームだッ!そりゃオレのセリフだろーが!」

些細な言い争いの横、涼介がふと口を開く。

「啓介……夢子はどうした?」

「そういや……。夢子のヤツ、本気で迷子になりやがった……!」



「あれ……涼兄、啓兄?」

金魚すくいの屋台の前、ひらひらと泳ぐ金魚をしゃがみ込んで眺めていた夢子。はぐれたことに気付いて心細げに声を上げる。

「……毅さん、慎吾くん……京一さん、清ちゃん……」

恐る恐る人ごみの中を歩き始めた。視点が低いため、少し上を向きながらきょろきょろと歩いているとすぐに肩が凝ってしまう。

立ち止まってうつむくと下駄の鼻緒が視界に入る。涼介が選んでくれたもの。不意に、視界が涙でぼやけて滲んだ。



こんなに沢山の人が居るのに、僕は一人きり――



夢子さん?」

名前を呼ばれた気がして、慌てて顔を上げた。

「こっちこっち」

お好み焼の屋台から拓海が手を振っている。

「拓海くん!どしたの?」

「親父の手伝い。町内会で店出すのにオレまで駆り出されちゃって」

夢子ちゃん、一つどうだい?」

文太が鉄板の上の生地を返しながら言う。

「わ、おいしそう」

「うまいぞ。特製の豆腐入りだからな」

「オレ散々試食させられたんだぜー」

もう豆腐も小麦粉も見たくない……とげんなりする拓海が疑問を口にする。


夢子さん一人で来たの?」

「えっと、涼兄と啓兄と……毅さんと慎吾くんと……京一さんと清ちゃんと、さっきまで一緒だったの」

「てことは迷子?」

「……うん……」

「親父。オレちょっと抜けていいか?」

「ああ、行ってこい」

「サンキュ」

「拓海、これ持ってけ」

文太が出来立てのお好み焼をパックに入れて手渡す。それを受け取った拓海が、白いビニール袋へ割り箸と共に収めた。

夢子ちゃん、後で感想聞かせてくれ」

「ありがとうございます、文太さん。いただきますね」

「また秋名に遊びに来な」

「はい、ゼヒ!」

「行こ。夢子さん」

拓海は右手にビニール袋を提げ、左手で夢子の手を取った。素直に頷くひとつ年上の夢子を可愛いと思いながら。



「お!夢子発見ッ!」

「何、ホントか」

「うわ!夢子、ハチロクと一緒かよ!」

成人男性6人が夢子と拓海に一斉に駆け寄り、周囲が驚いたように道を空ける。

夢子、携帯はどうした」

「あ」

涼介に問われてやっと、巾着の中にしまったままの携帯電話を思い出し――夢子が頬を染める。


「……心配かけてごめんなさい」

「兎に角、夢子が無事で良かった」

おいで――と手を差し伸べた涼介に、しゅんとしていた夢子が抱きつく。ぬいぐるみの袋を提げた右手、空いている左手を夢子の頭に回して涼介が微笑った。

「藤原、すまないな」

「いえ……オレも携帯使えば良かったんですけど、忘れてました」

「時間大丈夫なら一緒に回らないか」

「あ、はい」

夢子がニコニコと拓海を見上げる。

「ホント良かった、拓海くんに会えて」

「え……」

「だって僕、ずっと迷子だったかも知れないし」

「あの……オレも、夢子さんに会えて良かったです」

「もー、拓海くんてば敬語やめてって言ってるのに〜」

「はぁ……すいません」


夢子、リンゴ飴あったぞ」

「え、どこどこっ?」

尻尾を振るように夢子が駆け寄っていく。



恐らく言葉の意味は伝わっていないだろう――拓海が頭を掻いて小さく苦笑を零した。



間も無く花火を打ち上げる、というアナウンスが流れた。

「花火見たーい!」

「この辺じゃ混んでてよく見えねぇな」

「オレ穴場知ってるぜー」


慎吾が得意気に手を上げる。


「なんだ。案内しろ」

「毅には教えてやんね。夢子と2人で行く」

「へ?僕と?」

「……何言ってんだ慎吾」

「ホントだぜ!そんなのオレらが許さねぇ!」

噛み付かんばかりの勢いで啓介が吠えた。

「なぁ、アニキ!」

「――そうだな」

小首を傾げる夢子を除く6人が、一斉に冷たい目で慎吾を睨む。

「……ちぇ、仕方ねェな。ついて来い」

不服さを明らかにして、慎吾が背を向けて歩き出した。

「おい庄司、ホントにこっちなのかよー」

「任しとけって。オレにとって妙義は庭みてーなモンだからな」

夢子。足元、気を付けろよ」

「うん」

「――こうした方が早いか」

「わ、涼兄ってば」

涼介は手にしていたぬいぐるみを啓介に預け、夢子を抱き上げた。京一が呆れたように問う。

「涼介……何をしている」

「何って……抱っこ、だが」

「……俺がやる」

「うるさい。俺の妹に触れるな」

手を伸ばした京一にぴしゃりと言い放ち、涼介はずんずん進んでいく。

「アニキ、夢子のことになると目の色変わるからなー」

涼介の背中を眺めていた京一が苦々しく呟いた。

「……シスコンめ……」




「おし、着いたぜ」

たどり着いたそこは開けた場所。慎吾が一同を見渡した。

「どうだ」

「へえ……特等席だな。多分あの辺に上がるだろ」

毅が指差した場所、すぐに大輪の花が咲く。

「よっしゃナイスタイミング!」



夜空に咲いては散る、一瞬の儚さ。花は散るからこそ美しいと――言ったのは誰だったろう。



一口かじっただけのリンゴ飴を手にして夢子が立っている。

花火が上がる度に横顔が照らされて、そしてするりと闇に溶けていく。打ち上げられる花火と夢子の横顔と、夢子の右手のリンゴ飴。その美しさは儚さに似て。

「終わったか」

「……うん。終わっちゃった……」

薄っすらと煙が残る夜空、夢子が名残惜し気に小さく溜息を零す。

「来年も、みんなで花火見ようね」

大輪の花火にも負けない夢子の笑顔に全員が頷いた。

キミの元気は俺達の元気。やっぱり、夢子には笑顔がいちばん似合ってるよ。





[笑顔のゲンキ] END.

笑顔のゲンキ (1/2) *

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2006/04/26 up.


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