mayo
パタ、パタン。背後で冷蔵庫の開閉音がした。それから、椅子へ勢い良く腰を下ろす音。

何か足りなかったかな、と振り返った夢子は空の汁椀を手にしたまま、自分の目を疑う。

ダイニングテーブルの上、大皿に盛った温野菜サラダ。それには薄黄色のマヨネーズが遠慮なく注がれていた。

声にならない切実な悲鳴が、夢子の喉奥から上がる。



「――信ッじらんない!! 何してんの啓介っ」



啓介は満足そうにマヨネーズのフタを閉め、テーブルへ立てて置いた。

非難の矛先を向けられていることにまるで気付いていないかのように平然と、ブロッコリーを口の中へ押し込む。

それは面積の半分以上に薄黄色をまとい、緑色とのコントラストはひどく鮮やかに夢子の目に残った。


「取り皿置いたでしょ?あたしノンオイルドレッシング――」

片手に汁椀、片手にドレッシングのボトルを持ったままの夢子が肩を落とす。

「なあ夢子、これってマヨネーズ?」

背後の落胆を気にも留めず、啓介が夢子へ問う。夢子は溜息を零しながら汁椀とボトルをテーブルへ置いた。



「……そうだけど」

「なんか味違くねえ?」

啓介は眉をしかめ首を傾げながら、マヨネーズに塗れた箸先をぺろりと舐める。

「コレステロールゼロのだからかな……。味なんて、普通のと変わらないと思うけど」

「全然違うだろ。フツーのが一番うめーのに」

文句を言いながらも啓介は人参へと箸を伸ばす。普段なら「いただきます」前のつまみ食いを注意する夢子も、今日はその気力が無い。

「……いいよね、啓介は。筋肉ついててさ、代謝もいいし。食べてもちゃんと消費されちゃうしさ」

「あのな、夢子

自分の名前を呼ぶ啓介を、ひどく不満気な表情で夢子は見遣った。

「体重計の数字に惑わされてんじゃねーよ。大事なのは全体のバランスだろ」

「な――何で知ってるの」

「オレは夢子のことなら大体知ってる」

硬直している夢子を見遣った啓介は「大体な」と呟いた。



「つーか夢子結構くびれてるし、気にすることねーって」

傍らに呆然と突っ立ったままの夢子のウエストへ掌を滑らせ、啓介が微笑う。



「……いや、だって、」

「何だよ」

「……啓介のファンの子って、細くて可愛くてキレーな子ばっかりなんだもん」

「んなこと気にしてたのかよ」

「気にするよ!」

「何でだよ。ほかの誰とかどうでもいいだろ。オレは夢子が好きなんだぜ?」


夢子が啓介へ視線を送る。啓介は心底不思議そうに夢子を見つめていた。


「あ……ありがと……」

「それより夢子、オレといるときくらい好きなもん食えよ。ガマンする方が体に悪いだろ」

「……うん……」

「例えば、今食いたいものってあるか?どこでも連れてくぜ」

「……涼介さん」

「は?」

「涼介さんのミルフィーユが食べたい」

「……ウチかよ」

「だって、涼介さんが重ねる生地は芸術だよ?カスタードも生クリームも、お店のよりずっと美味しいもん」

「じゃあ今度持ってくっから」

「え、啓介んち行くよ。ていうか、涼介さんお手製のミルフィーユのためならあたしどこまでも行くよ」

「……なんか、うまく言えねーけど……こんなキラッキラした目の夢子、アニキに会わせたくねぇ」

啓介は唇を尖らせ、座ったまま傍らの夢子を抱き締めた。背中を撫でさする啓介の掌は温かく優しい。ぬくもりに身を任せるように夢子は目を閉じた。


「っ、啓介、手!」


トレーナーの上から背骨をなぞる啓介の掌は躊躇うことなく下半身や下腹部へ伸び、くたびれたジーンズのボタンを外しかけたところで夢子にぴしゃりと叩かれる。

「まったく……あんなにしといてまだ足りないの?」

啓介の手から逃れた夢子は呆れたように呟き、昼食の準備を再開させようとコンロへ向かう。




「当たり前だろ。全然足りねーよ」




腕を掴まれたかと思ったら、ふてくされたような啓介の声がすぐ上から聞こえる。大事なものを自らの手で守るように夢子を抱き締め、啓介は嘆願するように呟いた。

「ガマンしてたら体に悪いよな?」

「……知らない」

夢子

「何よ」

「オレには、夢子がイヤがってるように見えねーんだけど」

朱が挿した頬を鷲掴むように、啓介の右手は夢子を捕えた。柔らかな頬の温度は思っていたよりも高く、それにつられるように啓介の温度も上昇する。



「――夢子……お前、あんなにしといてまだ足りねえのか?」

「ッ――」

「物欲しそうな顔、してんじゃねーよ」

「……ばか」

「……んなこと言ってっと食っちまうぞ」

何か言いたそうに開かれた夢子の唇は、あっけなく啓介に塞がれる。熟した果実のように血色が良いのは先程の言葉のせいか、それとも――――

舌先で貪るように味わう夢子の唇は熱く、いつまでも離し難い甘やかな蜜のようだ。


夢子は少しでも新しい空気を求めるように、啓介の腕の中で浅く喘いでいる。


「悪い、夢子。言うの忘れてた」

「……なに?」

「いただきます」

「…………、」

「ん?」

「……めしあがれ」

顔をほころばせた啓介が再び唇を寄せてくる。夢子は小さな覚悟を持って啓介の首へ腕を回し、身体と唇を柔らかく押し付けた。



テーブルの上に置かれたドレッシングとマヨネーズも、寄り添うように佇んでいる。





[mayo] END.

お題:ドレッシング

2008/11/27 up.


高橋啓介||0:top