ロゼ
ふたりで手を繋いだなら、真冬の寒さなど知らないままだ。
並び歩く真里が不意に、右手の買物袋を高く掲げた。誰かを見付け手を振るような仕草に、夢子が隣で首を傾げる。
「おーい!リューヤァ!」
彼が声を掛けている相手はどうやら、こちらへ向かってくる一台の“バイク”らしい。ようやく夢子にも理解できた。
「真里くん、目いいねえ」
感心しながら、夢子も歩道から左手を振った。龍也は“愛機”を停車させ「何してんだ」と二人を見回す。
「オレんち行くとこォ」
「これから真里くんちに、」
「いっぺんに喋んな」
同時に上がった二つの声を遮って苦笑する。顔を見合わせ笑う二人を眺めていた龍也が「乗れよ、夢子」と彼女を手招いた。
ぱっと顔を輝かせ「いいの?」と夢子が笑う。真里と繋いでいた右手を離し、車道に居る龍也の元へ小走りで駆け寄っていく。
「いっかい乗ってみたかったんだ」
豹柄シート後部へちょこんと腰掛ける夢子へ「送ってやる。つかまっとけよ」と釘を刺した龍也が、歩道で佇む真里へは「オメーは走ってこい」と言い捨てた。
龍也がアクセルを開けると同時にGPZ400Fは咆哮のような排気音を上げ、機体の大きさからは想像出来ない程軽やかに車線へ躍り出る。
体感速度に驚いた夢子は慌てて龍也の背中を掴むが、それでは体勢が不安定過ぎることに気付く。やがて自身の上体を寄せ、龍也を抱き締めるようにしがみ付いた。
程無くして龍也の愛機は、目的地である“山の手台”のマンションへ到着した。龍也は背後を振り向き様「大丈夫か、夢子」と声を掛ける。
「うん、へーき。めいっぱい掴んじゃってごめんね」
慌てて両手を離した夢子が照れ笑いを浮かべた。
「どうってことねえよ」
「バイクって、はやいんだねえ。龍也くんが運転上手なのかな。このコ、名前なんていうの?」
「――GPZ400F」
「そっか、ありがとうね。龍也くんと、ええと、GPZくん」
地面へ降りた夢子がぺこりと頭を下げ、それからシートの端を幾度か撫でた。まるで幼子を相手にするような手付き、龍也の唇に笑みが浮かぶ。
「……じゃあな」
「あれ、帰っちゃうの?」
「寒ィんだから中入れよ。鍵持ってんだろ」
「持ってないよ。初めて来たんだから……」
少し驚いたように目を見張った龍也が「てっきり入り浸ってると思ってたぜ」と息を吐いた。
「入り浸るって、人聞き悪いなあ」
「マサトと“そういう”関係なんだろ、夢子」
エンジンを停止させ、スタンドを立ててガードレールへ腰掛ける。
「龍也くん、知ってたの?」
「さっき知った」
「……顔に、出てた?」
「幸せそーなカオしやがってよォ」
驚き、自分の頬に手を当てる夢子を見つめ苦笑する。可愛らしい年上のひとを眺める龍也の耳をつんざく「見っけたァ!」素っ頓狂な声。
「やあっと着いたー。オレだけおいてくとか、ヒドくねェ?」
真里が唇を尖らせて龍也へ抗議する。
「思ったより早かったな」
「ナニ話してたん?」
「夢子はオメーの“何”が良くて付き合ってんだ、ってな」
「うらやましーだろ!オレ夢子ちゃん好きィ♪」
熱い身体が無遠慮に夢子へぶつかってくる。頭を撫でると満面の笑みが間近で咲いた。
「夢子のコト、ちゃんと“よく”してやってんのか」
龍也の問いに、真里はきょとんとした顔で「よく、ってナニをよ」と問いを返す。
「――あの、昼間から道端でそんな話……」
「夢子はワカってるみてーだぞ」
しまった、といった表情で俯く夢子は頬を赤く染めている。夢子から身体を離した真里は左手に鍵を鳴らし「よくワカんねーけど、うちで話そ」と笑んだ。
「夢子ちゃんごめんネ、寒いのに待たして」
「ううん、平気……」
「オイ、俺は」
「あったかいの飲むでしょ?オレが作ったげるからァ、なんでもゆってネ!」
「ありがとう」
「……俺は」
三人は揃ってエレベーターへ乗り込んだ。
ガラステーブルに置かれた三客のコーヒーカップからは湯気が立ち昇る。龍也と向かい合う真里は明らかに苛立っていた。
「何も知らねぇガキのくせに、イキがってんなよ」
龍也の嘲笑を受け、真里が勢い良く立ち上がる。
「ンだとォ!ガキかどーか、見してやんよ!」
「上等だ。いいよな、夢子」
「え、あ、……はい?」
成り行きを飲み込めないままの夢子が、カップを持ったままぱちぱち瞬きを繰り返す。返答は承諾と受け取られたらしい。
「オレ、風呂いれてくっから!夢子ちゃんは風呂好きだよネ!」
いらぬ情報を置き土産に、真里は鼻息荒く風呂掃除へ向かったようだ。くつくつと笑みを漏らしながら、龍也が「見せてもらうぜ」と夢子を小突く。
(なんでこんなことに……)
着ていた服を脱衣カゴへ落とし下着へ手を掛けたところで、控え目なノックの音が聞こえた。それから一拍置き小声で「夢子ちゃん」と名を呼ばれる。
「真里くん、」
後手でドアを閉めながら、真里が「しー」と唇の前に人差し指を立ててみせる。下着姿の夢子を抱き締め「ヤだったらゆって?」と呟いた。
「夢子ちゃんのこと好きだから、もっと“よく”したげたい。……待ってんからネ」
唇が触れるだけの軽いキスと幼い笑みを残し、ドアは閉められた。
「あがりました、よ」
声を掛けると同時、二人の目がこちらに向く。バスタオルを巻いただけの夢子の身体がそわそわ疼いた。
「じゃー次、オレはいるぅ。ヌケガケすんなよ?」
「ああ?抜け駆けだあ?」
いがみ合う二人を眺め、夢子が呆れるように「一緒に入ったら?」と適当な案を放り投げる。
「「ありえねーっ!」」
ベッドの端に腰かけた夢子は二人からの猛反対に負けず「どっちか残るよりは公平でしょ」と言い返した。
「……まあ、一理あるな」
「えぇー……そんならオレ、夢子ちゃんと一緒にはいればよかったァ」
「女待たせんのは趣味じゃねえんだ。行くぞ、マサト」
ぶつぶつと文句を呟く真里を引きずり、龍也は浴室へ向かった。
「お待たせえ、夢子ちゃん!」
夢子の居るベッドへ、タオル一枚でダイブした真里の身体は濡れている。
「もう。ちゃんと拭かなきゃ風邪ひいちゃうよ」
タオルで身体を包み拭いてやると、真里が自分と同じ香りを纏っていることに気付く。ボディソープだ。
手を止めた瞬間。組み敷かれると同時に、身体に巻いていたタオルをベッド脇へ落とされた。幾度となく繰り返されるキスは、いつもより痛い。
右腿へ擦り付けられている熱の塊は、尚も熱く硬くその形を変えていく。
「ンだよ、もう始めてんのか」
「手ェ出すなよ、リューヤ」
「さァな。夢子に聞けよ」
真里に睨み付けられるも、龍也はベッド脇に座り込み、素知らぬ顔で夢子の左足を持ち上げると親指へ軽く口づけた。途端、夢子の唇から甘い吐息が零れる。
「ええ、夢子ちゃん今の“良”かったん?」
「ンな事聞くか」
龍也は苦笑しながら足への愛撫を続ける。親指を口に含み、咥内で舌を這わせ――時折、反応を窺うように夢子の顔へ視線を落とした。
自身の下で全身を震わせる夢子を否が応でも感じ、真里が指先を口に含み唾液に塗らす。
濡れた指先は夢子の太腿を割り、潤んだ中心部をそっと撫でさする。そこから内部へ進むまでもなく、蜜が溢れていることは明白だ。
「夢子ちゃんのかわいー声、リューヤに聞かせてやんなよ」
切なげに眉根を寄せた夢子が首を振る。
「嫌われてやんのォ」
「うるせー」
含み笑いの真里は、夢子の内腿まで滴る蜜を指先へ擦り付けそのまま“後ろ”へ滑らせた。窄まりを突くと、夢子の身体が大きく跳ねる。
「真里く、そこ、……っ」
狼狽える夢子へ、真里は事も無げに「コッチでしたことないの?」と問うた。
「あ、あるわけないでしょ……」
「オレと“初めて”のコトしたらさァ、夢子ちゃんはオレのこと、ずっと忘れないよネ?」
真里は“昔の男”に嫉妬しているのだと解った。押し黙る夢子の硬い表情を汲んだ龍也が舌を打ち「マサト」と名を呼ぶ。
「そこは色々と“準備”が要るんだ。今すぐにはできねーぞ」
「んー……じゃあまた今度。約束ネ、夢子ちゃん」
「オイ、夢子怯えてんじゃねーか。やめろ」
「なんでよ?リューヤに関係ねーじゃん」
「夢子が断れねーのにつけ込んでんな?いつもこうなのか」
弱弱しく首を振る夢子を叱り付けるように、龍也が視線を合わせる。
「ハッキ言わねーと、コイツ調子に乗るぞ」
「……真里くんがしたいなら、」
「俺はオマエの気持ちを聞いてんだ、夢子」
「……ちょっと怖いから、あんまり、無理しないでほしい、けど……」
「ヤじゃないよネ、夢子ちゃん」
こくりと頷いた夢子を褒めるように真里が笑い、口づける。
「甘やかすなよ」
「もー、リューヤうるさい」
べえと龍也へ舌を出し、真里は夢子へ向き直った。
「夢子ちゃんにはァ、オレを“全部”あげるって決めてんの。夢子ちゃんのぜーんぶオレのもんだから、ネ?だあいすきだよ、夢子ちゃん」
笑んでいる筈の真里の表情は、どこか虚ろにも思える。彼女に対する――異常とも言える真里の執着は、どこから来るのだろう。薄ら寒い思いに龍也が眉を顰めた。
「グチャグチャになってんし、もーダイジョブかな」
手早く避妊具を着け、自身の屹立を夢子へ突き立てた。夢子の中心は真里自身をすんなり受け容れ、痛みもそれ程感じない。
「いれてんときココいじると、夢子ちゃんすぐイっちゃうよネ」
浅い抽送の傍ら、小粒の膨らみに親指の腹を触れさせる。そこを刺激すると――真里の言葉通り――夢子は間も無く達した。
ぐったりと力の抜けた夢子を引き起こし、身体の中心を繋げたままで四つ這いを促す。床に座る龍也と視線を合わせることとなり、夢子が顔を伏せる。
「ダーメ。顔上げて」
耳元に真里の声。髪をかき上げ、耳朶を舐る。夢子の弱いところは充分に知られているようだ。
「夢子ちゃんのきもちー顔、リューヤに見してやんなきゃネ。とろっとろにトケちゃう、かわいー顔ォ」
愉し気に微笑い、抽送を再開させる。大きな水音が上がるたび、シーツを掴む夢子の指先が震える。
不意に伸ばされた夢子の小さな右手を思わず掴み、掌で包み込んだ。薄っすら汗ばんだ額、紅潮した頬。見ないで、とも、見て、とも取れるその煽情的な表情から龍也は視線を外せない。
腰を撃ち付けるような深い挿入に、夢子は膝から崩れた。夢子の腰を鷲掴む真里の指先にはひどく力が入っている。――彼も、達したのだ。
「うでまくら、したげる」
真里に抱き寄せられ、まだ収まらない互いの鼓動を共有する。うとうとと瞼を閉じかけている真里へ「眠い?」と問うた。
「んー……ちょっと寝る、からぁ……夢子ちゃん、ココにいてよォ……?」
返事のかわりに頬を撫でる。掌と頬の熱が溶け合う温かさに心底安堵したように、真里は間も無く眠りについた。
カップを片付け終えタオルで手を拭いているところを背後から抱きすくめられ、悲鳴が喉奥からせり上がる。
「俺だ、夢子」
「龍也くん、」
どきどきと暴れる心臓をなだめるように、夢子はゆっくりと呼吸を繰り返す。
「……はなして、って言ったら、はなしてくれる?」
小声で問うも腕に力が入ったように感じ、それが彼の返答なのだと夢子は理解した。
「真里くんが、」
「寝てる」
身体を捩ろうとするが、きつく抱き締められ全く動けない。
「今だけ、俺に愛されてくれ」
夢子の耳元で低く囁き、返答など待たずにスカートをたくし上げた。下着をずらし指を滑り込ませると、柔らかな肉と潤んだ蜜に迎えられ僅かばかり吃驚する。
「オマエいつも濡れてんのか」
「し、らない……」
「“知らない”ワケねーだろ、こんな濡らして」
下着を剥ぎ取られ、太い指が出し入れされるたび、夢子の唇からは甘い吐息が零れる。
冷たいシンクの淵を掴んでいると、ピリピリと“音”が耳元で聞こえた。首を捻ると、歯で包装を噛み切ったようだ。
そのまま片手で避妊具を装着する様を眺めていた夢子が感心したように「器用だね」と呟けば「余裕」ニヤリと龍也が笑んでみせる。
身体の向きを変えた夢子が龍也を床へ突き倒し、濡れそぼつ自身の中心部を屹立へ擦り付ける。
脚を広げると、あてがった先端で襞を掻き分け、ゆっくり“奥”へと誘うように腰を落としていく。やがて龍也の全てを飲み込んだ。
窮屈な収まりを味わう間も無く乱暴にスカートごと尻を突き上げられ、髪が揺れて顎が上向いた。零れそうになる嬌声を噛み締める。
「龍也くんの“愛”ってやつ、ぜんぶ私の“中”に出して」
独り言のように囁いた夢子の指先が、龍也の左頬へ羽毛のような軽やかさで触れた。
「……男の傷にさわんじゃねェ」
咎められたことなど気にも留めず、夢子は薄く笑いながら上体を屈め彼の頬へ唇を寄せる。控え目な口づけに、龍也がフンと鼻を鳴らした。
彼は――龍也は“最後”まで、夢子の唇に触れようとはしなかった。
龍也を見送り、シャワーを浴びた夢子が薄暗い部屋を覗く。寝ているのなら、起こさないで行こう。電気を点けないままベッドへ近付くと、うつ伏せの真里が居る。
毛布を引き上げる手が掴まれた。驚く間もなく「リューヤと、したの?」くぐもった真里の声が飛んでくる。答えられずに黙り込むが、彼はそれを肯定と捉えた。
「……ヤだ。夢子ちゃん、オレ以外のヤツと、したらヤだよ……」
腕を引かれ、ベッドに倒れ込んだ身体をきつく抱き締められて胸が痛んだ。勝手なものだ。自分のせいで二人ともこんなにも傷ついてしまうなんて、自傷行為と変わらない。
一文字に結ばれた真里の唇へ、おずおずと唇を重ねる。そこは強張るように一度震えたかと思えば「ぜんぜん足りねー。もっと」掠れた声で真里がねだる。
乞われるまま再度口づけると唇を噛まれ、怯んでいるうちに舌を捩じ込まれた。温かく濡れた舌が絡み、夢子は確信する。この部屋からはまだ帰れない。
玄関のインターホンが連打され、ドアも繰り返しノックされている。世間的には入学式だが、夢子にとってはまだ春休みの最中だ。
セールスや勧誘の類でないことを祈りながらベッドから這い出し寝ぼけ眼でドアを開けると、学ラン姿の真里が「夢子ちゃん、オハヨ!」と爽やかな笑顔を咲かせていた。
「寝てたァ?」
「……おはよ、真里くん。今日、入学式じゃなかったっけ?」
「そんなんいーから、コレ!」
玄関に飛び込んできた真里が、手にしていたビニール袋を夢子へ突き付けた。中身を覗くと『ブリーチ剤』のようだ。
「一人でうまくできっか不安でー」
「これ……髪、脱色するってこと……?」
「だってオレ、きょーから“高校生”だよ!」
真里は得意気に胸を張るが、理由になっているかどうか夢子には判らない。返答に迷っているらしい夢子を見つめ、真里は「夢子ちゃんは今日ガッコ行くん?」と問うた。
「ううん。うちも入学式だけど、今日行くのは自治会とか……サークル勧誘の人たちくらいじゃないかな」
「じゃあ休みでしょ?お願いしてもいーい?」
「いいけど……私がダメだったら、どうするつもりだったの」
「そんとき考える!」
あっけらかんと笑う真里につられ、夢子もようやく笑んだ。
パッチテストに問題は無いようだ。真里を椅子に座らせ、カバー代わりのゴミ袋を被せる。箱に同梱されていた説明書を読み返しながら夢子が溜息を吐いた。
「脱色して金髪ってことかあ……ずいぶん思い切ったねえ……」
「夢子ちゃんて地毛?」
ガサガサとゴミ袋が擦れる音と共に飛んできた問いに短く頷く。
「そっかぁ。髪の色、夢子ちゃんに似合っててカワイーと思うよ。オレ好き♪」
「ありがとう。でも真里くん、金髪にしたらもっと可愛くなるね」
「もー。オレに“カワイイ”なんて言っていーの、夢子ちゃんだけだかんネ!」
「そうなの……?」
「そーなの!」
両手にビニール手袋を装着し、髪へ薬剤を塗っていく。ハケを持つ手が緊張でじわりと汗ばむ。
「“聖蘭高校”ってさ」
「んー?」
「龍也くんと同じとこだよね」
「……ん」
「じゃあ真里くん、後輩になるんだ」
真里は視線を合わせるべく顔をこちらへ向け「リューヤの話すんなよォ」と、ひどく不満気な声を上げた。
「こら、動かないの。危ないでしょ」
「……夢子ちゃん、リューヤのことスキなん?」
「え?なに、いきなり……」
正面へ向き直って俯き、唇を尖らせた真里は理由を答えようとしない。思いがけず訪れた沈黙を振り払うように「それは、」と夢子が口を開く。
「好き、だよ。でも真里くんを“好き“っていうのとは、なんかこう、違うと言うか……」
「じゃあさ、またリューヤに迫られたら夢子ちゃんどーすんの」
「龍也くんは、そんなことしないと思うよ」
「なんでえ?」
「……わかんないけど、たぶん」
曖昧な言葉を受けた真里は一度短く息を吐き、なにかを“理解”したように夢子には思えた。
ドライヤーを停止させ「乾いたよ」と髪を払う。不器用な自分にしては、仕上がりは上々だと言えるだろう。
「思ったより時間かかっちゃったね、早く行かなきゃ」
学ラン片手に玄関へ向かう真里が背中で「ヘーキ」と答えた。
「これからアッちゃんちー」
「秋生くんと一緒に行くの?」
「フォア、直すんだ」
振り向き様返ってきた言葉に、夢子がぴたりと足を止める。あの日、事故に遭った“誠さん”の愛機・CB400FOUR。真紅のフォアを愛した彼は、もう、“居ない”。
息を飲む夢子の硬く張り詰めた表情、途惑う指先に気付いた真里が柔らかな微笑を浮かべてみせた。
「だいじょーぶ。夢子ちゃんは、なんも心配いらねーよ?……オレが“爆音”の“七代目”だから……」
哀しみを色濃く滲ませた笑顔のまま――恐らく彼自身それに気付かないまま――真里は夢子を抱き寄せる。熱い身体。背中に回された腕。唇に馴染んだ、いつものキス。
「ありがと。またネ、夢子ちゃん」
眼前でドアが閉じ、溶剤の僅かな臭気と熱を帯びた身体だけが部屋に残される。かくんと膝が落ち、冷たい床へ座り込んだ。項垂れたまま瞼を閉じると遠くに紅が視えた。
[ロゼ]END.
title.Laputa
up date.2015/04/01