Go Steady Go!
「羽根がほしいな」



窓辺のソファから満月を見上げていた彼女――夢子が言い放った。
夢子が突然、突拍子もない発言をするのはいつものこと。史浩は隣に腰掛け雑誌のページをめくりながら、別段驚いた様子もなく問いを返す。
「どうして?」
「空、飛びたいから」
あっけらかんと答えた夢子。思わず苦笑が漏れる。
「オレは、背中にそんなのついてたら邪魔だと思うぞ」
「そうかなぁ」
「仰向けに寝られないだろうし、何より――夢子のこと、後ろから抱きしめられないだろ」
「……それは困るね」
「な?」
「うん。すごーく困る」
神妙な面持ちで夢子が何度か頷いた。それを見遣り、史浩が雑誌を閉じてぽつりと呟く。
「それに、夢子がオレのところから飛んでいくかも知れないし」
「どこにも行かないよ」
夢子が微笑って、史浩をふわりと抱き締める。史浩の腕の中に収まると、夢子は満足気に言葉を紡いだ。




「あたしの居場所、ココだもん」
あなたの腕の温かさがあれば、ほかに何もいらないから。




「あ、でも、」
「ん?」
「会えないとき史浩のとこに飛んでいきたいから、やっぱりほしい!」
「参ったな……」
夢子は微笑って、テーブルに放られていた鍵を手にした。
「行こ、史浩」
差し出されたそれを受け取ると、史浩は夢子を抱き締める両腕に少し力を入れた。




愛車のロックを解除すると、夢子を助手席へ促し手早くソフトトップを開ける。
夜のドライブは、雨や雪が降らない限りオープンで――それが夢子との約束。

運転席のシートに腰を下ろすと、助手席でベルトを締めていた夢子が思い付いたように声を上げた。
「もし、あたしに羽根があったらさ」
「ああ」
「こうやって、シートにぴったり背中つけて座れないのかな?」
「……多分、そうだろうな」
「じゃあ……やっぱり、羽根いらない」
「そうか。それがいいな」
満天の星空の下、ロードスターは赤城山を目指す。月は先程から少し位置を変え、ツンと高く澄ましている。




夏の夜風に髪を遊ばせ、夢子は流れていく景色を眺めている。
史浩はふと思い立って――ほんの一瞬躊躇した後、言葉を唇に乗せた。
夢子がオレに会いたくなったら、こいつで飛んでくよ」
指先でステアリングを叩くと、夢子が不思議そうに後ろを振り向いた。
「これウィングついてないよ?」
「……夢子、比喩って知ってるか?」
助手席を見遣ると、夢子はむくれてそっぽを向いていた。左肘を窓枠に乗せて頬杖をつき、ラフに脚を組んでいる。

夢子、ごめん」
ホットパンツから伸びている太腿から膝頭へのラインを、左手でそっと撫でた。
瞬間、夢子が身体を強張らせるが――それが嫌悪や拒絶の類ではないことを、史浩は知っている。

「まだ怒ってる?」
「……はじめから怒ってない」
夢子は微かに掠れた声で呟くと、シフトノブに置かれた史浩の手の甲に浮き出ている血管をなぞる。
「くすぐったいよ、夢子
「あたし、羽根はいらないって……さっき言ったでしょ?」
「ああ」
「史浩がほしい」

不意を突かれたように史浩が言葉を失くす。夢子が沈んだように呟いた。
「……だめ?」
夢子――本気か?」
「もちろん、本気」
「それじゃ帰――」
「だめ。今ここで」
鬱蒼とした山道、助手席の夢子が艶やかな声で微笑う。



エンジン音が止んだ途端、木々の擦れる音を大きく感じる。
唇と、全力で駆けるような心臓の高鳴りを重ねた直後――夢子が柔らかく乱れていく。



「史浩が好き。大好きだよ」
心を揺さぶったのは、蕩けるように甘い夢子の声だった。





[Go Steady Go!]END.