「失恋したら髪を切る」って誰が言い出したことなんだろう。そんなことをぼんやりと思いながら、夢子はハサミを動かした。
散らかった床にパラパラと落ちていく。それはかつて自分の一部だったもの。
不揃いの前髪は我ながらひどくおかしくて、鏡の前で笑っていたら涙がボロボロと溢れてきた。
気分転換にドライブでもしようか――
勢い良く頭を振った夢子は、愛車の鍵を手にして玄関のドアを開けた。夜空は少し曇っているけれど、きっと雨は降らないだろう。
「あれ?夢子、珍しいな」
「ホントだ。久しぶりじゃん」
秋名山で迎えてくれたのは池谷と健二。同い年で腐れ縁の2人。
ここに来た理由は、フラれた直後の泣き腫らした顔でも、彼等になら気を遣わなくていいから――だなんて。
2人が知ったらイジけちゃうかも知れないから黙っとくか。
「あんた達、胸貸しなさい!」
「うわ、夢子鼻水っ」
「夢子。その髪……自分で切ったのか?」
「お。健二、気付いちゃった?」
「えーと……何つーか、斬新な髪型、だよな」
「おでこ出したの久々だよ。スッキリしちゃった」
どこか痛々しい笑顔に、夢子の頭を撫でて池谷が言う。
「夢子、泣いてもいいぞ。オレらしかいねぇし」
「ナマイキー!泣いてるヒマなんかないんだから」
「?」
「あのね、あたし車に生きることにしたの」
2人が顔を見合わせている。
「つーまーり。あんた達と同じ、ロンリードライバーってワケ」
「……いいのか、それで」
「うん。今はとりあえず、サビついた腕を磨いとこーと思ってね」
これでも一応、走り屋なんだし――と夢子が呟いた。
白いボディに、赤いラインがアクセントの15インチホイール。夢子の愛車・スターレットは夢子によく似て、小さいけれどとてもパワフルだ。
「ま、そんなワケであんた達。走り込むから付き合いなさい」
「命令かよ」
「当然従うよね?」
「ったく、仕方ないな夢子は。行くだろ?池谷」
「行くも行かないも、姫の仰せなら行くしかないだろ」
「オッケ。そーこなきゃ」
夢子が踵を返して、足取り軽く愛車に向かった。
「ちゃんとついてきなさいよー」
振り返って声を上げた夢子に、2人が苦笑を漏らす。
「言うようになったな夢子のヤツ……」
「オレらも気抜けないな。本気で行くぞ、健二」
あの人が好きだった。今までずっと。だけど、これからは――
嫌いになれたら楽だけど、出逢わなければ良かったとは思わない。思えない。
夢子は全てを忘れるようにアクセルを踏み込んだ。180度ターンを決めた愛車の中、随分短くなった髪がなびく。
自分でも気付かないうちに笑みが零れてくる。涙はもう、出てこなかった。
[あなたのキスを数えましょう]END.