「だるぅ……」
起きたら熱っぽくて、体温を測ってみたら37度2分。あまりに微熱過ぎて親を説得する理由にはならなかった。
一応学校には来たけど、早退しちゃおうか――
「そんな潤んだ目で見んなよ夢子。チワワみてえ」
「……うるさいなヤリチン」
休み時間、机でぼんやりしていたら前の席から御木が声を掛けてきた。
「それ、色目ってやつだろ?」
「100パー違うッつの」
しっし、と追い払うも彼は顔を近づけてくる。キツい香水の匂いが鼻をつく。
「教室でサカんないでよ。ったく……年中発情期か」
「何だよー、冷たいな夢子」
「あんたに名前呼ばれると寒気するわ」
脚を組んで無視を決め込んだ。
校内一女たらしの御木から、妙に好かれている。こっちの迷惑なんてお構いなし。
今はサッカー部のマネージャーと〈付き合っている〉らしい。どうやら他にも何人かセフレが居るみたいだけど。
好きな人には好かれないけれど、こーいうのに限って気に入られてしまう。なんか、うまくいかないな。
「おーい田中、呼んでんぞ」
「はいよー」
教室のドアから顔を覗かせると、2年の藤原拓海が立っていた。確か、御木と同じサッカー部だったはず。珍しい訪問者。
「藤原くん。どしたの?」
「あの……この前の、委員会のプリントです」
「そっか、ありがとー」
「田中先輩、熱あるんじゃないですか?」
「んー。微熱なんだけど」
「大丈夫ですか?」
「心配してくれるんだ?優しいね」
「……そりゃ、田中先輩ですから」
目を逸らして呟く彼に、夢子が微笑った。
「藤原くんて、案外可愛いこと言うんだ。ねぇ、次サボんない?」
「え……」
「御木。コレあたしの机ん中入れといて」
手早く折った紙飛行機を彼に向けて飛ばす。慌てて立ち上がった彼がそれを受け取って、ぽかんと夢子を見つめた。
「よろしくー」
「おい、夢子っ!」
「保健室行ったって、言っといてよ」
釘を刺すようにひらひらと手を振った。
3限開始のチャイムが鳴り、ざわついた空気が引いていく。
「あの、田中先輩、」
「ん?次の授業ヤバかった?」
「いえ……別に……」
「そっか。ウチ物理でねー、すんごいつまんないんだ」
彼の手を引いて屋上へと続く階段を上る。ドアには鍵がかかっていた。
「あれ、おかしいな。いつも開いてんのに」
夢子が小さく舌打ちをし腕を組む。
「鍵だったら職員室から借りてくれば……」
「そんなコトしたらバレちゃうでしょ。ちょっと待ってて」
夢子が苦笑しながら、髪を留めていたヘアピンの一つを外す。
U字のそれを真っ直ぐにして、鍵穴に突っ込むと――早々に手ごたえアリ。
「わ、初めてなのに出来ちゃった」
重いドアを開けると、そこは抜けるような青空で。
「結構何でも、やってみるモンだねぇ」
振り返ると途惑い顔の拓海が立っている。
「おいでよ、藤原くん」
拓海は夢子が差し出した手をそっと取って、硬いコンクリを踏んだ。
「田中先輩、よくやるんですか?こういうこと」
「んー?授業サボること?」
「はあ……」
「時々ね。いつもは結構真面目だよ」
寝転がった夢子の閉じたまぶたを風が撫でていく。
「藤原くん。膝、貸して?」
ぼーっと座っていた拓海の隣で夢子が呟いた。
「膝……?」
「あ、藤原くんはそのままでいいよ」
伸ばされた拓海の脚、太腿にころんと頭を乗せた夢子が満足気に微笑う。
目を閉じた夢子の頬に、拓海がそっと手を伸ばした。
頬にかかり胸元へ流れ落ちる髪に遠慮がちに触れて呟く。
「キスしても、いいですか?」
「だめって言ってもするんでしょ?」
拓海が苦笑して零した吐息を、夢子が唇で塞ぐ。耳元にそっと添えられた掌。
甘い香りと柔らかな感触に眩暈を憶える。
一瞬のキスは、天使のような柔らかさと悪魔のような鋭さで拓海の心臓を刺した。
「あの、田中先輩……またオレと会ってくれますか?」
「ごめんね。出来ない約束はしない主義なんだ」
にっこり笑った夢子が立ち上がり、スカートを2、3度叩いて拓海に背を向ける。
生きてると、時には素敵なこともある。本当にたまに、だけど。
熱はもう下がっただろう。夢子は重たいドアを開ける。
薄暗い階段に一瞬目が眩んで、このまま落ちていくのも悪くないかも知れない、とぼんやり思った。
[LOVE LOVE SHOW]END.