笑顔のゲンキ (page.1/2)
キミは気付いてる?周りの人を幸せにする自分に――――





「涼兄、お祭行きたい!」
長い長い大学の夏休みもそろそろ終盤。遅い昼食をとっていた夢子がリビングの涼介に声を掛けた。
「祭?」
ソファから立ち上がった涼介がダイニングの夢子の元へやってくる。
「これこれ、チラシ入ってたよ。今夜だって」
「ほう、妙義か……」
大輪の花火をバックに『妙義神社夏まつり』の文字が目に入る。露店も多く並ぶらしい。
「ねぇ涼兄、つれてって?リンゴ飴食べたいー」
「ああ。2人で行くか」
「ダメ、啓兄も一緒」
「……あいつはまだ寝てるだろう。昨日も遅くまで走ってたからな」
「僕が起こすもん!」
夢子は勢い良く立ち上がり、途中の食事を放り出して2階へと向かった。



「啓兄起きて!お祭行こ!!」
ノックもせずに飛び込んだ夢子は、そのままの勢いで啓介のベッドへダイブした。
「もー、啓兄ってばまだ寝てるの?」
「――バカ夢子、息できね…っ」
どうやら膝が、みぞおちにクリティカルヒットしたようだ。
「おはよ、啓兄」
「おはよじゃねぇだろ……。夢子、お前ちったぁ手加減しろよな!」
わしわしと頭をかき回して大きな欠伸を零した。
「二度寝すっから付き合え」
「え、ちょっと啓兄……」
啓介は夢子を腕の中へ閉じ込めて、再びベッドへ倒れ込んだ。


「そこまでだ、啓介」
凛とした声と共に薄い掛け布団が剥ぎ取られる。
そこに立っていた涼介は冷ややかに啓介を見下ろしていた。
夢子に起こして貰った上に二度寝までせがむとは――この贅沢者が」
「ぅわ、涼兄!」
不機嫌な涼介が、夢子をひょいと抱え上げた。足元に散らかっているものを蹴散らして部屋を出て行く。


夢子。浴衣、何色がいい?」
「――浴衣着んのか!?」
夢子への問いかけを聞きつけ啓介が飛び起きた。

「ん〜、どうしよう。今年は着てなかったもんね」
「とりあえず全部出してみるか」
「うん。涼兄手伝ってくれる?」
「ああ」
「ズルいぜアニキ!オレもやる!」
「お前は着付けなんかやったことないだろう」
「む……」
夢子、俺の方がいいよな?」
「涼兄がいい!上手だもん。リボン結びしてね」
「わかった。……啓介、そういうことだ。悪いな」
黒い笑みを浮かべて涼介が振り返った。寝癖頭でぽかんとする啓介を残してドアが閉まる。



「……のぞくしかねぇな……」
啓介は固い決意の声でカーテンを開けた。





「うー……やっぱうまくできない」
「去年よりは上手になったじゃないか」
とりあえず自分で締めてみた帯は歪んで、片方の羽を失ってしまった蝶のようだった。
「やっぱ涼兄やって〜」
「ああ。ほどくぞ」
「待って、あれやろうよ」
「あれ?」
「よいではないかゴッコ!」
「……俺が悪代官なんだよな?」
「お願い!」
「まったく……仕方ないな、夢子は」
苦笑しながら帯の端を握る。
「はっはっは。よいではないかよいではないか」
「あ〜れ〜、お代官様お戯れを〜」
くるくると回る夢子を片手で抱き締めた。襟元がはだけて鎖骨が露になる。


「何やってんだよ!」
部屋に飛び込んできた啓介が大声をあげる。
「やだ、啓兄のエッチ〜」
「何だよそれ。アニキはいいのかよ」
「うん。涼兄はいいよ」
「あぁ?意味わかんねぇっつーの」
「帯を結び直すから出ていけ」
「うわ、冷てえ」
「準備出来たら見せてあげるね、啓兄」
啓介は夢子の笑顔に背中を押されるように部屋を出る。

「ちぇ。……洗車でもすっか」
夢子を乗せるのだから、少しでもキレイな方がいいだろう。仕度が終わるまでの時間潰しにもなる。
啓介は小さく頷いて玄関へ向かった。




夢子、メールか?」
「うん。京一さんと清ちゃんと、真子ちゃんと……あと沙雪ちゃんに」
「どうしたんだ?」
「お祭、誘ってみようと思って」
「……そうか」


また人数が増えるのか……。平静を装いながらも内心穏やかではない。
本当は、夢子と2人きりで行きたかったのだけれど。


「……あ、沙雪ちゃんから電話だ。涼兄、出てもいい?」
「ああ」
「ありがと。もしもしー」
夢子ちゃん?沙雪だけどー、今日は遠征でお祭行けそうにないのよ』
「そうなんだ、残念……」
『近いうちに遊ぼうね。あ、真子もいるから代わるわ』
『もしもし、真子です。久し振りだね、夢子ちゃん』
「久しぶり〜。真子ちゃんと沙雪ちゃんに会いたかったよ〜」
『私も、夢子ちゃんに会いたかったな。また今度、ドライブしようね』
「うん。バトル頑張ってねー」
『ありがと……あ、もう、沙雪ってば』
『妙義なら慎吾とかいると思うから、見かけたら声かけてあげて』
「わかったぁ。またねー」
『バイバーイ☆』

「……沙雪ちゃんと真子ちゃん、遠征なんだって。会いたかったのになぁ」
「そうか、それなら仕方ないな。今度碓氷に連れてってやろう」
「うん!……あ、京一さんからメールだ」

届いたのは『残業確定』とだけ書かれた素っ気無いメール。
「土曜日なのに大変なんだ……。ねぇ涼兄、お祭の気分だけでも伝えたいよ」
「写真でも送るか?」
左右がきっかり対称に結ばれた帯を撫でて涼介が呟いた。




今日の俺は随分お人好しだな……




夢子の浴衣姿なら祭の雰囲気は充分伝わるだろう」
「そか。涼兄撮って撮ってっ」
携帯のカメラを起動して涼介に手渡した。
「俺も」
夢子の肩を抱きセルフモードでシャッターを押した。
液晶画面にはきょとんとした夢子と、夢子の肩を抱いて得意気に微笑む涼介が写っている。
「これを京一に送ってやるといい」
「ありがと、涼兄」
さて、どんな反応が返ってくるか――



黒い笑みを零しながら涼介が夢子の髪を梳く。程無くして夢子に届いたメールは予想通り『涼介が邪魔だ』。
「うむー……撮り直した方がいいかな?」
「そこまでしてやる義理は無いな。夢子の浴衣が見たいのならこっちに来ればいい」
「涼兄て京一さんに意地悪するよね」
「そう見えるか?」
「京一さんのこと嫌いなの?」
「どうかな。夢子は京一が好きか?」
「うん、好き」
「……そうか」




それなら俺は京一が嫌いだ。




浴衣は本来〈寛ぎ着〉であるから化粧は薄目に。それを思い出し薄く化粧をしてやると、夢子が「くすぐったい」と身をよじって笑う。
浴衣の色に合わせたアイカラーはアイスブルー。普段はあまり化粧をしない夢子も、涼介の手には大人しく従う。
「涼兄、できた?」
向かい合った至近距離で目を伏せた夢子が呟く。



このまま口づけてしまおうか――



ほんの一瞬頭をよぎったその考えを、喉の奥に押し込んで涼介は笑った。
「ああ、もういいぞ」
ぱちりと目を開けた夢子がそのまま何度か瞬きをして、ほっと息をつく。
「啓兄に見せに行かなきゃ」
「そろそろ出るぞ」
「あれ、涼兄は浴衣着ないの?」
「ああ。運転するのに邪魔になるからな」
「そっか。じゃあ啓兄も着ないよね」
「多分そうだろうな」
「ちぇ。啓兄ともよいではないかゴッコしたかったのに残念」
夢子が小さく呟いて立ち上がった。





「啓兄〜」
洗車を終えて玄関を開けた啓介を待っていたのは浴衣姿の夢子
「お、準備できたか夢子
「うん。……どうかな?」
玄関先でくるりと回って、はにかむように笑った。
「いいじゃん、可愛いぜ」
「ありがと、啓兄」
「もう行くのか?」
「ん、そろそろ行くって涼兄も言ってた」
「うし、FD乗れ」


「――待て」
静かに涼介が制す。


「俺のFCに乗れ、夢子
「何だよそれ、俺一人かよ。ズルくね?」
夢子、どうする」
「行きは涼兄、帰りは啓兄。これでどう?」
涼介と啓介は顔を見合わせ、渋々ながら頷いた。
「決まりだな。先に乗っていろ、夢子
「はぁい」
鍵を受け取った夢子は苦笑を浮かべ、涼介が出しておいた下駄に素足を通す。
軽やかな音を残して玄関のドアを閉める後ろ姿を、2人の義理の兄が眺めていた。