夜はお静かに
『健二、窓開けて!窓!』
「……いきなり何だよ、夢子
『いーから早くっ!』
「わかったよ……」
時刻はもうすぐ午前0時。近所迷惑を考慮してステレオのボリュームも控え目。
健二は携帯電話を充電器から引き抜き、そろそろと窓を開ける。

「お」
『ね、雪降ってる』
「ああ。ホントだ。寒いな」
『下見て』
「……下?」
シンと静まり返る住宅街。薄っすらと雪が積もり始めたアスファルト。電柱の傍に夢子が立っていた。
ミトンをはめた手をブンブンと左右に振っている。白い息が弾む。

「おッ前……何やってんだよこんな時間に!」
『てゆーか寒いぃー』
「当たり前だろバカ!ったく……。ちょっと待ってろ」
通話はぷつりと打ち切られた。
ツー、と素っ気無い音が流れる携帯を耳から離し、夢子は小首を傾げて電源ボタンを押した。



程無くして玄関から姿を見せた健二は、呆れたような顔で夢子を見つめる。
「……風邪引くぞ。入れよ」
「ありがとー」
「コーヒー淹れるから部屋上がっとけ」
「うん」
咎めるような口調とは反対に、夢子の髪についた雪を優しく払って健二が言った。
小さい頃から幾度となく遊びに来た幼馴染の家。コートの雪を払ってそろそろと階段を上がる。


ドアが開けっ放しになっている健二の部屋。久し振りの訪問だけど、雰囲気は小さい頃から変わらない。
シングルベッドに腰掛けると、夢子はおもむろにマットレスの隙間へ手を入れる。


(――ビンゴっ!)


手に触れた雑誌を引き出した。
極端に布地の少ない服を着た女性達が、挑発的にこちらを見つめているカラーグラビア。
パラパラとめくっていく。後ろの方は殆どが広告ページ。出会い系サイト。幸運のブレスレット。
「これが3万円!? うさんくさー」
「……何してんだよ夢子
「ねぇ、何で袋とじ開けてないの?」
「いーだろ別に」
「お楽しみってコトですか。相変わらずココに隠してんだね」
元あった場所にきちんと雑誌を戻して笑った。
小さなテーブルに置かれた二つのマグカップ、一つは夢子のためのカフェオレ。掌でカップを包み、ふうふうと息を吹いた。



「……何しに来たんだ?お前卒論忙しいって言ってたろ」
「昨日やっと終わってさぁ。一気にテンション上がっちゃってー。
  調子乗って沢山お菓子作ってたらもォびっくりするくらいおいしくできた!……ので持ってきた次第です」

ごそごそと紙袋からケーキボックスを取り出して手渡す。

「はい、ハッピーバレンタイン♪」
「……デカくないか?」
「大作だよー。ケーキなんて久し振りに焼いたもん」
「へぇ。サンキュー」
「今年は義理じゃないよ?」
「え?」
「まァ毎年義理じゃないけどね」
ぽかんと口を開けた健二の頭をわしわしとかき回し、夢子が立ち上がる。



「じゃ、帰るね。オヤスミ」
「……あ、おい、夢子……」
コートを手にした夢子は「なに?」と振り返った。緩いウェーブがふわりと揺れる。
「それ、告白ってことか?」
「……もー、どこまでニブいのよー!」
「そんなの……ちゃんと言ってくんなきゃわかんねぇよ」
「――健二が好きだよ。ずっと前から」
踵を返す夢子を、健二は後ろから抱き締めた。

「言い逃げする気かよ」
「あたしのこと――どうせタダの幼馴染、って思ってるんでしょ?」
「何でだよ」
「だって……ずっと素っ気無かったじゃん。秋名で会っても無視するし」
「……あれは……夢子のこと意識しちまって恥ずかしかったからだよ」
「え……それだけ?」
「ああ」
「何それー……。もっと早く言ってよォ。ついに嫌われたか、とかすっごい心配してたのにー」
「だから恥ずかしかったんだって」
「……ふぅん」
健二の腕の中で向き合う。夢子は唇に、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

「ちゃんと言ってくれなきゃわかんないよ?」
「……好きだ、夢子

額にそっと健二の唇が触れた。

「ね、もう一回」

目を閉じると、今度は唇に柔らかな感触。夢子の足元にぱさりとコートが落ちる。



ステレオから小さく流れる音楽は、閉じた目蓋をくすぐって消えた。





[夜はお静かに]END.