オムライス
いつも思うことがある。
どうして啓介は、毎週私のアパートに顔を出すのか。
決して付き合ってるわけでもないし、そんな雰囲気はまるで無い。
それでも、必ず日曜の夜にひょっこりと顔を出すんだ。
「昨日は遠征も無かったし、早くこれた」
別に、啓介を待っていたわけでもないのに。
私がでかけていたら、一体どうするつもりなんだろう?
一度でかけてみようかとも思ったけど、その実験は実行されていない。
「いつものでしょ?」
「おう!」
嬉しそうに笑う啓介は、いつものアレを待つ間、狭い1Kの中心にあるテーブルの前に座り、
そわそわと周りの小物をいぢくっている。
いつものアレとは。
「お待ちどう様」
「待ってましたー!」
ことりとテーブルに置いたのは、オムライスだ。
シンプルにケチャップで名前を書いている以外は、特に変わったところは無い。
サラダとスープも出すけど、真っ先にオムライスを平らげてしまう。
前に、どうしてオムライスを作らせるのか聞いた事があった。
「家じゃオムライスなんて食わねぇもん」
「そんだけの理由?!」
たったそれだけの理由でオムライスを作らされている私って・・・。
それならどこかカフェに行けば、大概オムライスなんてあるだろうに。
私が作るオムライスが特別美味しいということもないのだし。
(自分で作ったオムライスは、何かがたりないと思って、美味しいと思ったことは無い)
「こう、名前が書いてあるのがいいよな!」
「自分で書けばいいじゃん」
「店だと書いてくれないだろ!名前書いてくださいなんてリクエストできねーよ!」
まぁ、啓介が言うのも一理あるんだけど。
リクエストって何だ・・・。
がつがつとオムライスをかきこむ啓介を、頬に手を当てて眺める。
こんな風に美味しそうに食べてくれるのは、作り手としては嬉しいものだ。
「他に作ってほしいものとか無いの?」
「無い」
即答かよ。
あっという間に平らげ、ふわふわのオムライスは消えて無くなった。
残ったサラダとスープは、適当に食べているように見えなくも無い。
「ごちそうさん」
手を合わせ、ごちそうさまをして、食器を重ねて流しに持っていく。
そして。
「んじゃ帰るわ」
「うん」
キッチンから玄関に直。
片手を上げて少し離れてから「おやすみ」と聞こえた。
啓介は、毎週日曜の夜になると、私のアパートに来てオムライスを食べていく。
それってどんな関係? 絶対に恋人じゃないよね。
私は啓介のことを嫌いではないし、勝手に来ては食べていく、そんな彼を追い出すことはしない。
彼の気持ちも良く分からないし、今はこのままでいいとさえ思う。
『嫌いじゃない、でも、好きでも無い・・・かな』
ただ、彼がここでオムライスを食べるテリトリーなのだと思うと、
それなりに嬉しいものだ。
私の知らない場所で、あんなふうにオムライスを食べることをしないらしいし、
逆に考えれば、私はそれだけ彼に許されている、つまり、
高橋啓介という一人の男のテリトリーに、一歩だけ入っているということだ。
「オムライスだけで、ここまで妄想が広がるのも、どうなのかな」
ぽつりと一人ごちて、彼が平らげた皿を洗った。
そして今日、日曜だというのに会社に呼び出され、
夕方近くまで同僚に監禁されてしまった。
早く帰らないと啓介が腹を空かせて待ってるかもしれない。
「・・・待ってるわけ、無いよ」
もし私達の関係が恋人なら、待っているかもしれないけど。
友達というにも微妙な私達の関係は、果たしてなんと呼ぶんだろう。
もやもやとした黒いものが、私の心に浮かび、そして、弾けた。
足早にアパートに戻ると、いつも啓介が来るであろう時間を過ぎているのに、
彼はどこにも居なかった。
やっぱり、友達でもなければ恋人でもないんだ。
告白しあったわけじゃない、身体を合わせたわけじゃない。
私と彼のつながりは、オムライスしか無いんだ。
部屋に入ってずるずるとしゃがみ込む。
私だけ一人で考えて、それで何が変わるというの。
啓介は啓介、私は私じゃないか。
「じゃあ、私は・・・?」
脱げかけたパンプスを放置して、そのまま体操座りなんかしてみる。
「私は啓介のこと、好き・・・?」
啓介は、私のこと、好き・・・?
今のままでいいと思ってきた私が、ガラガラと音を立てて崩れていく気がした。
知りたいと思うし、知るのは怖いとも思う。
私の気持ちを私が分からないなんて。
なんて気持ち悪いんだろう・・・。
「おーい、
夢子?」
玄関がノックされ、その声で啓介だと分かり、慌てて立ち上がった。
「啓介、ごめん。今帰ってきたんだ」
「それはいいけど、お前どうかしたのか?」
啓介の言葉に、頭にハテナマークを飛ばしながら振り向いた。
そこには、困った顔をして笑って、でも気になる!と顔に書いてある啓介。
「泣いてたんだろ?」
「え!」
彼の表情がつかめない、その無表情は今までに見たことがなかった。
「男に振られでもしたのか? そんなら俺がもらってやるから!」
「え、違・・・」
「何も言うなって」
身長差がある啓介の頭が、徐々に降りてきて唇を塞がれた。
「・・・・・・」
これって、何?
勝手に失恋したと思われて、仕方ないから拾ってやるってこと?
啓介の胸を押して、少し空いたスペースに詰めた息を吐き出した。
「あのさ、私振られてないし。 もらってやるってどういうこと?」
「ん?俺がお前を一生幸せにしてやるっていう・・・。 どうかしたのか?」
開いた口が塞がらないという状況って、人生で一度は体験するのね。
今までに啓介が、それらしい素振りをしたことは一度も無い。
私が気づかなかっただけか、それとも彼が天然なのか。
要因は分からないけど、兎に角。
「それは、好きってこと?」
「あたりまえだろ、何のために毎週通ってると思ってたんだ」
「オムライス?」
「・・・・・・」
「変だなーとは思ってたんだよ?
毎週来てはオムライス頼んでさ、でもそれらしいことって何も無かったじゃない?
どんだけオムライス好きなんだって思ってたよ」
「・・・覚えてねーのか」
啓介の言葉は疑問系ではなく、確認だった。
「何のこと?」
「覚えてねーなら、いいよ」
「ちょっと、気になるじゃない! どんだけオムライス好きなのさ!」
あー!と頭を掻き毟り、啓介は勢いよく私の肩を掴む。
「お前が初めて、俺に作ってくれた料理!」
「・・・え? そうだったっけ?」
「かー!これだよっ!」
思わずしゃがみ込み、地団駄を踏む子供よろしく。
彼は脱げた私のパンプスを両手で持って玄関の床を叩いた。
「ご、ごめん・・・」
他になんて言えばいいのよ。
天然なんじゃなくて、ずっと待っててくれたんだね。
私が気が付くのを待って、それで何も言わなかったのね。
「兎に角! いつものよろしく」
「うん!」
急に彼が自分のテリトリーに居ることを知った。
お互いのテリトリーが重なり、二人だけの空間が存在する喜びに、
私は嬉しくて笑顔になる。
彼は今日も小さいテーブルで、オムライスが出来るのを待っている。
[オムライス]END.
writing."
drawback" 西風真那様
up date.2007/05/18