priceless
朝から降っていた雨は止んでいたが、陽が落ち始めても湿度は高いままだ。『ドライブイン大観山』掲げられた看板を一瞥し、カイは煙草を取り出す。
たた、と足音が聞こえた。多分、ウェッジソールのサンダルが駆ける音。静かとは言い難い駐車場で、何故かそれだけが耳に届く。
足音の主は何かを探すように、俯いて地面ばかり見ている。幾度か見掛けた覚えがあった。いつも皆川と一緒に居た女性。名前は確か、
夢子、といっただろうか。困り果てた、といった表現が相応しい様子の彼女へ声を掛ける。
「探し物ですか?」
彼女は少々驚いたようにカイを見上げ、やがて縋り付くように小声で喋り始めた。
「えっと……ブレスレットなんだけど」
このくらいの大きさで、シルバーの──と指先を動かす彼女の表情はひどく真剣だった。
「オレも探してみますよ」
「ありがと。あの……英雄には内緒にしてくれる?」
「……皆川さん、ですか?」
「そう。英雄に、」
思案顔で語尾を飲み込んだ彼女は「お願いね、小柏くん」と頭を下げてカイへ背を向けた。
後方で何かを叩き付けるような音が上がり、ぎくりとして振り返る。JZA80スープラのボンネットが閉められたのだと直ぐに判った。──皆川英雄。
視線をこちらへ向けているわけではないが、不愉快さは明白だった。〈彼女〉と言葉を交わしたことが、気に障ったのだろうか。これだけ離れていれば会話は届いていない筈だ。解ってはいても肝が冷える。
「小柏。どうかしたか」
「──いえ、何でもないです」
英雄の大声を受けたカイは平静を装いながら煙草を押し込み、足早にMR-Sへと向かう。全身に、ひどく鋭い視線を感じていた。
駐車場から悠然と出て行くMR-Sを見遣り、英雄は小さく舌を打った。ウロついていた
夢子に歩み寄り、取り押さえるように腕を掴む。
「
夢子。お前、何を隠してる」
「英雄、」
名前を呼んだきり言葉を続けることなく、きまり悪そうに視線を逸らした。それが、英雄の焦燥を掻き毟る。
「来い」
夢子とは歩幅が大きく異なることを承知した上で、英雄は早足で駐車場を進む。
「待って、英雄っ」
「お前、最近おかしいぞ。そこで小柏と何話してた」
「…………」
「オレに言えない事か」
苛立ちを隠そうともせず、
夢子の背中をフェンスへ押し付けた。金属が軋む派手な音に、駐車場に居る数人の目がこちらへ向く。両肩を掴む掌から
夢子の震えが伝わると同時に、惨めな思いが英雄の片隅を過ぎる。
「──ごめんなさい!! 英雄からもらった、ブレスレット、なくしたの……っ」
ややあって搾り出された言葉は、英雄の予想とは大分かけ離れたものだった。英雄は当惑し、両手の力を緩める。
「あたし、思い当たるとこ探したんだけど、」
「待て、
夢子」
「ぜんぜん見つからなくて、」
「
夢子!」
肩を揺すって怒鳴りつけるように名前を呼ぶと、
夢子は今にも泣き出しそうに瞳を潤ませて英雄を見上げた。
「……ブレスレットって……オレが
夢子に?」
「うそ……覚えてないの?」
いつ、どこで、
夢子が次々と口にした言葉を受けて視線を泳がせた後、それをやっと思い出した英雄は呆れたように呟く。
「あんな安物──」
「値段じゃなくて!」
大声に驚いた英雄は両手を離し、まじまじと
夢子を見つめた。
「英雄が、あたしにくれた、から……たいせつに、してたのに……ごめんなさい」
思い詰めたような
夢子の表情に息を呑む。彼女の心痛を解ってやれなかったことを英雄は悔いた。
「その……、オレの方こそ、悪かった」
「ううん。一緒に、探してくれる?」
「ああ。車の中は見たのか?」
「……言えなかったから、まだ」
「オレが思い当たるのはそこくらいだな」
夢子を促しスープラへ向かう。
夢子の歩幅に合わせると、この上なくゆっくりと歩くことになる。人それぞれにペースがある──至極当然のこと。そして、
夢子と居ると、自分一人では見られない景色が見られるということだ。
助手席側のドアを開け、しゃがみ込んでシート下へ手を突っ込んだ英雄が、指先に触れた何かを引っ張り出した。拍子抜けするほど容易く見付かった、
夢子の探し物。英雄自身が贈ったことすら忘れていた、銀色のブレスレット。
そのまま指に引っ掛けて目の前へ差し出すと、
夢子は安堵しきったように微笑っていた。つられて、英雄も口角を僅かに上げる。
「……よかったあ……」
「
夢子、手出せ」
「て?」
「これ、つけてやる」
素直に差し出された左手はやけに白い。繊細な金具に手こずる英雄を、
夢子が柔らかく見守っている。苦戦の末に繋がれたブレスレット──手入れされてはいるが、幾分くたびれていることに気付く。
「……結構、前になるんだな」
「英雄、目合わせてくれなかったよね」
苦笑するような
夢子の言葉でありありと思い出す。胸の底が焦げるような熱を。
まともに視線を合わせることすら出来ず、指先が触れ合っただけで昂りが収まらなかったあの日。
今は何の躊躇いもなく触れることが出来、いつの間にか、自分にしっくりと馴染んだ
夢子の存在。
「
夢子、欲しいモノあったら言えよ。何でもってわけにはいかないが、」
「いい。いらない」
英雄の言葉を遮り、左手首で揺れるブレスレットを満足気に眺めながら
夢子が笑う。直後、密着する温度。心臓の辺りにある
夢子の頭。背後で幾度か揺れ、微かな音を鳴らすブレスレット。そのどれもが、無性に愛しく思えた。
「ごめんね、英雄。もうなくさないから」
「……ああ」
髪を撫でると、
夢子は英雄のシャツを握り締め、更に身体を寄せてくる。
「
夢子?」
「なんか今、すっごい恥ずかしい」
「何言ってんだ。顔見せろ」
「やだ」
苦笑した英雄は、頑なに俯いたままの
夢子を引き剥がしにかかる。
「力でオレに敵うとでも思ってるのか」
尚も抵抗する
夢子を無理矢理こちらに向かせてみると、しっかりと目をつぶり、頬を──いや、顔を真っ赤に染めている。
英雄が微動だにしないことを不思議に思い、
夢子は恐る恐る目を開けた。自分を見下ろしている英雄は、何かを我慢するように唇を真っ直ぐ結んでいる。
「……英雄、顔、赤いよ」
「……お前のがうつった」
ぼそっと呟き、
夢子を抱き寄せる。
夢子はどこか途惑いながらも、されるがままに身を任せていた。英雄の背中を撫でる
夢子の掌は慈愛に満ちている。
ブレスレットだけが静かに揺れていた。
[priceless]END.
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up date.2009/01/09