SMILY
「……いきなり休講かー……」
掲示板の確認を終えた
夢子は、キャンパスの隅に在るベンチで文庫本を広げた。
暖かな冬の日。ページをめくる度、指先が乾燥していく気がして溜息を零す。
栞を挟んで本を閉じたとき、誰かの影が高い位置にある太陽を遮った。──ゼミ仲間の酒井。
あたしがそもそも興味のないゼミ(自動車社会と環境問題)を履修している理由は、彼が居るから。
「隣、いい?」
「あ、うん。酒井くんも休講?」
「いや、俺は3限から。ちょっと早く来ちゃって」
「そっか」
薄茶色の瞳をした彼は、あたしの心をサラリとえぐる。
「……俺さ、前から言おうと思ってたんだけど。……
田中は、無理して笑わなくていいよ」
あたしの〈仮面〉を見破った人は、彼が初めてだった。
飲み会の幹事や雑用なんかを積極的に引き受けて、いつも笑顔を絶やさないように。そうしていれば、あたしはいい人で居られるから。勿論──都合の、という言葉がつくのはわかっているけど。彼はいつもさりげなく手伝ってくれて、お礼を言うと「当然のことだから」とかわされた。
作り笑いがバレるのは予想外だった。軽蔑されるだろうか。少し震えていることを悟られないように微笑った。
「あたし、無理してるように見える?」
「少なくとも俺には。……気分悪くしたなら謝る」
否定の意味で、小さく首を振る。
「わかっちゃうんだ。結構、うまくやれたと思ってたのにな。酒井くんて鋭いんだね」
「まぁ、俺は
田中のこと見てたからな」
その意味、あたしと一緒であってほしい。
「無理してまで笑う必要はないけど、でも俺は……
田中の笑顔、好きだから」
「嬉しいこと言ってくれるー」
「
田中が笑ってるとこ見てると、俺もなんか嬉しくなるんだよ」
「うわーホント優しいんだ。モテるでしょ」
「うーん……俺は
田中にだけモテればいいと思ってるけど」
「……正直に言うと、ダントツでナンバーワンだよ」
「本当?それは光栄の至り、ってやつだな」
顔を見合わせて笑って、どちらからともなく手をつないだ。溶けかかった霜柱が、ブーツの下でしゃくしゃくと崩れていく音。
彼の前では本当の笑顔でいられる。それはとてもとても、しあわせなこと。あたしはやっと気付いたんだ。
「泣きたいときには呼んでくれる?」
彼の言葉に頷いた。あたしは明日もきっと、笑っていられる。彼の隣で。
[SMILY]END.
title.大塚愛
theme.
夢小説家に100+aのお題 no.003[笑顔]
up date.2006/12/14