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「よ、栄吉」
「……夢子
彼女との再会の時は、栄吉が思ったよりも早く訪れた。
紫色のタンクトップ、色褪せたジーンズにスニーカーというラフな格好で現れた夢子は栄吉のR32の向かい側に停めた愛車──R33──から飛び降りるように赤髪を揺らした。
「どうしたんだよ」
「え?気が向いたから来たんだけど。来ちゃいけなかった?」
「いや……歓迎する」
「そ。なら良かった」
夢子が笑って髪をかき上げた。
「ね、この辺って32以外の車も居る?」
「ウチは基本的に32だけど、近くには別のチームもあるぞ」
「へぇ……それならアレは違うのかな」
思案するような顔で夢子が呟く。
「何かあったのか」
「ん、ココ来る途中すれ違ったって言うかアオられたって言うか」
「……どんな車だった?」
「32とシビックと多分シルエイティ。アオってきたのはシビックだけど」
「そうか……。どこのチームだろうな」
「さァ。アタシはそーいうの興味ないし」
「そうだったな。行くか?一緒に」
苦笑した栄吉が道路を指す。夢子が首を傾げた。
「アタシと一緒に走りたいならそう言えばいいじゃない」
「……いや……その、」
「ったく、素直じゃないんだから栄吉は」
「…………」
バツが悪くなって煙草を一本取り出す。栄吉のざわついた心を見透かしたように夢子が微笑った。
夢子サン!これから走りに行くんすか?」
「そうだけど。栄吉と二人で行くんだから邪魔しないでよ?」
「ちぇー、わかりました」
メンバーと笑い合う彼女がやけに眩しくて背を向けた。くわえたままの煙草に火を点けようとしてライターを探す。

「島村さん、見かけない奴らが来てますけど」
ようやく取り出したライターと煙草をしまうと、3台の車が視界に入ってきた。きっと夢子がすれ違った奴らだろう。黒のR32から降りた〈彼〉は真っ直ぐ栄吉を見据えていた。

「やっと見つけたぜ。俺のこと、覚えてるか?」
「いや……。誰だっけ」
そうは言ったものの、忘れていない。──中里毅。以前群馬に遠征した時、妙義最速と聞いていた男。当時S13に乗っていた彼をR32でチギったのは……もう2年程前になるか。
彼からのリベンジバトルに応じたのは、自分がホームで負ける筈ないという自信、プライド────
そして何よりも、夢子の前で〈勝つ〉ことに大きな意味を感じたからだった。



「カウント行くぜ!」
腕を振り下ろした慎吾が2台を見送る。最初のコーナーを抜けて、先行は白のR32──
「いいよ!知らないコースで先行してもメリット少ないし!」
興奮気味の沙雪を見遣った慎吾の視界の端を赤髪が横切る。視線を向けると、それは猫のような瞳をした〈女〉だった。慎吾は彼女に吸い寄せられるように近付いた。少し警戒心を抱いたまま。
「……アンタ、あいつの彼女?」
「栄吉の?違うよ」
「じゃあチームのメンバーか」
「それも違う」
「33乗りはメンバーになれねェのか」
「んー……誘われたんだけど断った。チームの名前ダサいんだもん」
一瞬呆気に取られた慎吾が吹き出して相好を崩す。
「アンタ、おもしれェ奴だな」
「そう?」
「なんでココにいるンだ」
「居心地いいから」
紫煙を燻らせながら夢子が答えた。どうやらその言葉に嘘はないようだ。
「島村の応援してンだろ?」
「別に──どっちが勝ってもアタシには関係ないし」
「薄情だな」
彼はひとしきり笑うと踵を返して〈仲間〉の所へ戻って行った。夢子はその背中を見送ると、満天の星空を見上げた。


『栄吉がやられた!コーナーの立ち上がりでブレた所を一気に……!』
そこかしこで罵声が上がり舌打ちが響く。


駐車場に戻ってきた栄吉の白いR32へ、夢子は臆することなく近付いていく。運転席から降りた栄吉は、自分から視線を外そうとしない夢子を見遣り──目を逸らした。
「栄吉負けたんだ?」
「……笑うなら笑え」
「ふぅん。じゃ、罰ゲームね」
「そんなの聞いてない──」
Tシャツの襟首を夢子に掴まれて引き寄せられ、気付けば唇を奪われていた。微かな煙草の匂いと艶めいたグロス。それらは刹那、栄吉に触れた。
夢子……」
「ん?」
「これじゃ罰になんねぇだろ」
苦笑した栄吉が夢子の髪に触れて、そして躊躇うことなく抱き締めた。涙を流さず泣いているような彼を、夢子はしっかりと抱き締め返して微笑った。


猫の瞳の彼女は今、栄吉の腕の中で喉を鳴らしている。



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request.もずく様(31523HIT)
title.布袋寅泰
theme.夢小説家に100+aのお題 no.096[気分次第]
up date.2006/08/25